第482話 フィロスさん、置いてきちゃった…
「…で、どういう事なんですか?」
広場でアリスちゃんとのひとときを終え家まで送った後、僕たちは再び広場へと戻った。少し離れて後ろをついてきていたフィロスさんとミミさんに話を聞いてみる事にした。
「あ、あの…私は…ギルドに依頼達成の報告をしに行った帰りにゲンタさんを見かけて…。小さな子と一緒に歩いていたから…、手…手とかつないじゃったり楽しそうだったり…。わ、私…デートとかした事ないから気になっちゃったりして…。だから、今後の参考に…と思って見学をしてたら声と…な、涙が抑えられなくなって…」
「ふむふむ…」
ハンカチを噛みながらフィロスさんが涙ながらに経緯を語っている、そこから語られる317年間に渡る恋とか結婚に憧れる一人の女性の半生譚。恋に恋する若い頃、年頃になり次々と先に結婚く知人たち、さらには歳下の子まで次々と…。その悲しい話の数々を語るうちにフィロスさんは感極まって最後の方は嗚咽で声にならず…、一方でミミさんは…。
「私は仕事前に買い物しようと出かけたらゲンタがいたいけな少女を広場に連れ込んでたから何が起こるかこの目で見ようと…」
「ミミさん、それは違う」
僕はしっかりと否定する、さもなければなんだかとんでもない性癖持ちみたいに思われそうだったから…。
「むむう…。シルフィとかにもまだ手を出した様子も無し、私にも何もしてこないからてっきりゲンタは低めがストライクゾーンかと思ったのに…。しかし、だとすればどうすればゲンタの食指は動くのか…ハッ!!?」
普段はジト目のような細い目のミミさんが急に目をカッと見開きその身を雷に打たれたかのようにビクリと硬直させた。
「もしや、男同士…?考えてみれば男性冒険者とつながりも多いし…、イッフォーにピースギー…ミカワーケンにメラヨーシ、カルーセたちどもよろしくヤッて…」
「いやいやいやいやっ!!そんな事はない!色々とお仕事でお世話になってるけど!」
「だとすると…ゲンタは…」
「何もない!別に特別な事はないです、ただこういうのはゆっくり互いの事を知ってですねぇ…」
「ゆっくり互いを…?」
「ええ、まあ…。僕は恋愛慣れしてる訳じゃないし…、それにまだ知り合ってそこまで長い時間が経った訳でもないですから…。モテた事ないからそういうのがよく分からないってのもあるけど」
「…分かった。なら、こうする」
ぎゅっ。
ミミさんが僕の腕を取り両手で抱えるようにした、同時に頭を僕の体に預けてくる。その長い兎の耳が僕の首元や頬をくすぐっている、それはとても柔らかく温かい。
「えっ?ちょっと、ミミさん」
「このまま少し歩く、そうしたらその分だけ私の事を知れる」
「え…あ、はい…」
「そう、知る事ができる。私の感触とか、体温とか…」
「なんか生々しいんですが…。でも、まあ…イヤじゃ…ないです。ミミさん、その…お綺麗ですし…」
「…ゲンタ」
ぎゅっ。
元から腕を組んでいた僕たちだけどミミさんはさらに僕の手を握ってきた。腕よりも手のひらの方が神経がたくさん通っている分だけよりハッキリとその感触が伝わってくる。少し前までアリスちゃんと手をつないでいた時とは違うなんだか不思議な気分だ。
「あ、あの…このまま歩きましょうか…。そう言えばミミさん、社交場に行くトコだったんですよね。送っていきますよ」
「ん…」
それからのミミさんは妙に口数が少なくなった。だけど、姿勢だけはそのままで僕たちは社交場に向かった。何事もなくその入り口に到着する。
「ありがとう、ゲンタ」
「いえ、ミミさん…こちらこそ」
「寄ってく?」
ミミさんが入り口の中を指差して言った。
「あ、そうですね。ちょっとご無沙汰してましたし…寄っていこうかな。…あれ?何か…忘れているような…」
僕は何か心に引っ掛かるものがあり『はて…?』と首を捻った。
「えっと…、広場でアリスちゃんとパン食べてたところにミミさんとフィロスさんが…あっ!!?」
やばい!!大事な事、忘れてた!!
「フィロスさん…放置いてきちゃった…」
気付いた僕が大急ぎでフィロスさんの元に走ったのは言うまでもない。ちなみに広場に放置していたフィロスさんの涙ながらの失恋譚はまだ終わってはいなかった…、それだけ(結婚を)見送ってきた人々が多かったのだろう…。
「な、泣かないで下さいよ、フィロスさん。それだけたくさんの人の幸せを見守ってきたんですから…」
「う…うぐう…。い、嫌だぁ…。私も幸せになりたいよぉ…、お嫁に行きたいよぉ…」
「フィロスさん…。と、とりあえずこんな所じゃなんですから場所を変えましょう」
そう言ってフィロスさんを立たせると僕はこの場所を離れる事にした。
第483話の予告。
とりあえず場所を移す事にしたゲンタは社交場で話を聞く事にしたのだが…。フィロスはすっかり悲しい酒に走ってしまう。しかし、だんだんと悲しみは薄れていき元気を取り戻しつつあったのだが…。
次回、異世界産物記
『歌姫の一撃』
また、ミーンに名物が出来てしまった…。