第481話 お絵描きの味
日本の…というか地球の感覚で言えば今の時間は午後3時30分くらいだろうか、僕はミーンの町を歩いている。隣にはアリスちゃん、その小さな手が僕の手を握っている。
「むふふ〜、ゲンタ」
先程までと打って変わってアリスちゃんは現在上機嫌である。
屋敷に戻るモネ様と入れ代わるようにしてマオンさん宅にやってきたアリスちゃんだが初めて顔合わせしたフォルジュを見て何やらその機嫌があやしくなった。今までも例えば…シルフィさんがそばにいたりすると『くっつぎ過ぎ』と言ったりしていた。今回はそこまでそばにいた訳ではないが背丈も小さく自分と年恰好が似ているフォルジュを見てアリスちゃんはいつもより勢いがあった。
そこでまず僕はアリスちゃんとフォルジュ、それぞれを紹介した。アリスちゃんにはフォルジュはガントンさんたちの姪で様々な事を学んだり鍛治の経験を積む為にここで働いている事、同時に学んでいる立場から僕を先生と呼んでいるという事を…。一方でフォルジュには…。
「フォルジュ、こちらはアリスちゃん。ウォズマさんの娘さんで…」
「おお!かの『双剣』の二つ名を持つウォズマ殿が父御(父親を丁寧に言った言葉)でございましたか!なるほど、その髪の色に顔立ち…かの御方を彷彿とさせまするな!」
「私はゲンタのお嫁さんになるの!」
アリスちゃんが僕の足にしがみつくようにして言った。
「ははははっ!!ウォズマんトコの娘ッコ、相変わらず元気そうで何よりだべ!」
親戚の子がやって来たのを見たようにしてゴントンさんが笑っている。
「ほほう…、先生の嫁御に…。さすが先生の御威徳はよく伝わっておりまするな!」
…なんてフォルジュは持ち上げてくるのだが日本だったら下手すると妙な噂が立ちそうだ、『あんな小さな子を…』とか…。ともあれ僕の懸念をよそにアリスちゃんは楽しそうに歩いているので僕はそんな考えを一旦棚上げしておいて散歩を続ける事にする。目的地は町の中ほどにある広場、火事の延焼を防ぐ意味で設けられた火除け地も兼ねたそこは建物などがない場所だ。時折、自由市なと開かれるそこは僕もよく参加している。
「そう言えば最近は自由市に出店してなかったなあ…、次は何をやろうかなあ…」
「んー、ゲンタ。それ、広場でお店をやるやつ?」
「そうだよ、アリスちゃん」
「何するか楽しみ…。でも、今日は私と遊ぶの!」
「あ、うん。じゃあ、今日は商売の事は考えない、アリスちゃんの事だけ考える」
「うん!」
僕の返答に満足したのかアリスちゃんはとても嬉しそうだ。そしてそんなやりとりをしながら広場に到着すると僕たちは広場中央の少し高い場所に向かった。座るのに丁度良い芝生みたいな草が生えていたので二人横並びに座る事にした。するとアリスちゃんは僕にピッタリとくっついてきた、僕はそんな彼女とやりとりしながらタイミングを見計らって切り出した。
「ねえ、アリスちゃん。夕飯前だからお腹いっぱいは駄目だけど軽く甘い物を食べようか?」
そう言って僕は八枚切りの食パンとジャム各種を取り出した。
……………。
………。
…。
「ゲンタと私ぃ〜………ふふふっ」
「ああ、僕の髪の色とか輪郭をチョコペーストで…アリスちゃんの髪をレモンのジャムで…」
アリスちゃんが食パンをキャンバスに、そして各種のジャムなどを絵の具代わりにして絵を描いている。それを隣に座って僕はアリスちゃんを見守っていた。胴体…というか服という事なのだろうか、その部分にはいちごジャムであったりピーナッツバターであったりとなかなかにカラフルに描かれている。
「できた!」
そう言って僕に見せてくれるアリスちゃんはさらに続ける。
「ゲンタ、半分こしよう。あ〜ん!」
満面の笑みで食パンを差し出してくる。
「え?せっかくアリスちゃんが描いたんだしお先にどうぞ」
「だめ、ゲンタが先!」
うーん、何やら恥ずかしいけど…。とりあえず先に食べないとアリスちゃんが納得しなさそうなので先に一口いただく事にした。するとアリスちゃんが今度は僕にパンを手渡してくる。
「あ…、はい、アリスちゃん」
「ん!!」
ぱくっ!!
アリスちゃん、さらに満面の笑みになる。『まさに笑顔の限界突破やぁ〜』とか考えながら僕もつられて笑顔になる。
「むふふ〜、美味しい。はい、ゲンタ…お返し」
「ありがと、アリスちゃん」
そんなやりとりをしているとなにやら嗚咽の声が聞こえてきた。
「…うう。私なんて…私なんて…まだデートした事もないのに…。もう、十七歳なのに…もう十七歳なのに…あんな小さな子が…あんか小さな子がもうすでに…。ううう…」
あ、この声…そして十七歳…、フィロスさんだな…。きっとその辺で見ているんだろうか…とりあえず乱入してくる様子はないようなのでいったん放置しよう。
がさ…。
フィロスさんとはまた別の方向…、近くの茂みがかすかに揺れ、さらにこれまた聞いた事がある声がしてきた。
「最近、社交場に来てくれないと思ったらこんな所にいるなんて…。しかも、他の女と…」
よく見れば茂みから兎の長い耳が見えている、間違いない…兎獣人のミミさんだ。うーん、覗きというヤツだろうか?まあ、こちらも実害はないし放置しておいて…。
「もしかして…ゲンタ、ああいう小さな子が好み…?まさかゲンタの性癖はロr…」
「違うからねっ!!」
思わず近くの茂みに否定の声を上げる僕であった。