第480話 宿屋始めまひょ(今章の導入)
日本での呼び方は超々ジュラルミン。こちら異世界ではミスリルを超えるミスリル…、ガントンさんの命名で『真聖銀』の地金を使った短剣を成人の祝いの品としていただいてから数日が経過した。
新たにガントンさんたち一党に加わったフォルジュさんは日々新たな事を学んでいる。昨日は錆びない鋼ことステンレス…ここ異世界では魔鉄を精錬し、さらには自分用の武具を新調していた。
「これでより万全に先生の御身をお守りする事ができます!!」
新しく鍛えたハルバード…自らの身長の倍近くある長さの竿状武器を手にそう意気込んでいるのは件のドワーフ女性である。
「フォルジュ、ほどほどにね。なんたってそれだけ大きな武器なんだから町中でむやみに振り回したりしたら駄目だよ」
念を押すように話しかける。そうそう、僕はフォルジュを正式に弟子とする事にした。白刃を振り回してくる相手に立ち向かって僕を守ってくれたのもあるし、何より腕の確かな鍛治職人でもある。さすがに体を張って守ってくれた人を無下にはできない。そんな経緯もあり僕は彼女を弟子として受け入れた。もっとも、師弟の関係にあるからと言ってああしろ、こうしろと言う事はない。実際に鍛治をするのは彼女であるし、そもそも僕には鍛治の技術どころか経験も無い。たまたま得られた合金の情報をガントンさんに知らせただけである。
そんなある日の事…。
「先生、馬車が見えました!!」
鍛治作業の合間の休憩時間にマオンさんやドワーフのみなさんと共に石木のテーブルでくつろいでいたところ、馬の嗎や蹄の音が遠くに聞こえてきた事から敷地の外に様子を見に行ったフォルジュが知らせてきた。
「んじゃ、お迎えしようかね」
マオンさんがどっこらしょと立ち上がり、僕もそれに続く。
「先生、お越しになられるのは…」
「うん。前に話した通り、僕がお仕えしている…フォルジュにとっては…」
「姉弟子…という事にございまするな!!」
「そうなるね」
妙に張り切っているフォルジュにそう返事をして僕たちは黒塗りの質実剛健といった感じの馬車の到着を待った。
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「この一月余りの間にそのような事が…。そしてゴクキョウ・マンタウロ氏がこのミーンで…」
今日に関しては特に講義というような事はせずもっぱら雑談が中心となった。それというのも先日の子爵邸内でのパーティで目立ち過ぎたのでしばらくほとぼりを冷ますといった意味で姫様との接触をしていなかった。その間の出来事や今後の事などを話している。
「はい、姫様。先日連絡がありまして…」
以前にこの辺りで一番の商業都市である商都カミガタ、そこに本拠を構えるエルフの大商人ゴクキョウさん、その彼が今まで誰もやった事がないような夢の宿屋を開いてみたいという。その為に一度は商都カミガタに一緒に来ないかと誘われた僕だがミーンを離れる事を良しとしなかった僕は丁重にお断りした。そこでゴクキョウさんはその夢の宿屋を商都ではなく、ここミーンに建てる事にしたのである。
「ここならゲンタはんもおるからな。是非、ワイの夢の為…力を貸して欲しいんや」
商人としての大先輩であり、沢山の品物を買ってくれる太客でもあるゴクキョウさんだ。その頼みとあらば僕としてもなんらかの形で関わっていきたいと思っている。それに町が発展するならミーンにとっても有意義ではないかと思っている。
「…して、師父様…その宿屋というのはどちらに?ミーンの町中でございますか?それとも…?」
「町中です。ブド・ライアー商会が広い倉庫と一体化した店舗を新たに建設しようとした…」
「まあ…、あのずっと手付かずになっていると噂の…」
町の中心部近く、ガントンさんたちドワーフ一行がやってきた頃に建設がスタートするはずだったブド・ライアー商会の新店舗…。ただ、その少し前に振った大雨のせいで必要な建設資材の一部が到着するのが数日遅れる事となった。しかし、職人を呼び寄せている以上は何もしていなくても日当は発生するし宿泊や食事の費用も必要となる。
ましてやガントンさんたちはそこらへんの職人ではない、腕は確かで棟梁であるガントンさんに力も強く手先も器用なドワーフの弟子たち…その報酬は割高である。その報酬をブド・ライアーは惜しみ呼び寄せたにも関わらず契約を解除して工事が始まる日にやってこいと言った。その間に泊まる宿の手配もしないし、むしろ新たに雇用関係を結ぶ際にはより悪い条件を提示する気配さえあった。そんな時にガントンさんと僕は出会ったのだ、それ以降は僕とガントンさんたち一行はずっと行動を共にしている。さらに言えばあんな仕打ちをされてはブド・ライアーの為に仕事をしようなんて思う訳はない。その証拠にガントンさんはブド・ライアー商会とは一切の関わりを持っていない、時々冒険者ギルドにもドワーフの職人募集の依頼が来ていたが完全無視である。
すると困るのは当のブド・ライアーだ。元々三階建てくらいの立派なものにしようとしていたのだがそんなものを建てるには基礎から上に建つものまでしっかりした技術が必要となる。それを持っているのはガントンさんたちドワーフの職人ぐらいなもの、ブド・ライアーはたちどころに手詰まりとなった。そうなるとガントンさんたち以外にも多くの職人を抱えていたブド・ライアーは日が経てば経つほど支出だけが増えていく。さらに言えば本業の塩をはじめとする商売も僕が日本から持ち込んだ真っ白な塩がこの町を席巻している。ジリ貧となりつつあるブド・ライアーは例の土地を手放すハメとなった、そこをゴクキョウさんが買い夢の宿屋建築…という話になったのだ。
「…そこでミーンではいよいよ大規模な建設に伴う雇用とその人たちが食べる物や着る物などの消費が生まれます。生きていく以上、必要ですからね。そして人が入るとなればその時には町に入る為のお金が必要となります、人が入るには白銅貨五枚、商人ならば持ち込む品の量に比例してさらに必要となりまする。それ即ち、領に入る金となりまする」
「はい」
うーん、偉そうに講釈たれてるけど…僕の場合、町の外からの持ち込みじゃないからその辺は払ってないのでそこは申し訳ないと思いながら言ってはいるんだけど…。だから町に活気あふれるようにする事で許して下さいと勝手に思っておく。
「また、建てた後には当然ながら客を呼ばねばなりませぬ。その人たちが町に入る為に金が落ち、中で何かを買えばそこでまた税として金が落ちまする。それを元にまた町を育てるのです。幸いな事にこの宿を建てるゴクキョウさん以外にも王都や商都で名が知られているヒョイオ・ヒョイさんもおられるので人を呼ぶ事も出来ましょう。他にも人を呼べるようなものを用意できれば…」
「ゴクキョウ・マンタウロ氏の新たな宿、そして社交界にも名が知れたヒョイオ・ヒョイ氏の社交場…師父様、それは分かります。人を呼ぶのに良いきっかけになると…。しかし、他にもとなると…」
大人びた考え方と口調のモネ様、だがこの時ばかりは年齢相応の少女が考え事をするようにコテンと首を傾げた。それが妙に可愛らしく思える。そしてその時、町衆に時刻を知らせる鐘の音が聞こえた。
「…ははは。モネ様、本日はここまでといたしましょう。新たな宿屋と王都や商都にも名が知れたヒョイさんの社交場…実は他にも人を呼べるようなものを考えておりまして…。そのうちのいくつかはすぐにでも実現可能にございまして…。次の機会にお話いたしましょう」
「分かりました、師父様。次の機会を心より楽しみにしております」
そう言うとモネ様は立ち上がり一礼した。丁度その時、ガントンさんたちも鍛治仕事を切り上げ庭に出てきた。マオンさんも加わり馬車で屋敷に帰るモネ様を見送った。
「先生!姉弟子…いえ、姫様のあの表情…、よほど充実した講義とみえまするな!さすがにございま…」
「ゲーンタ!!お姫様のお仕事終わった…た…?」
フォルジュが話しかけてきたところにかぶせるようにしてアリスちゃんが庭に小走りしながら入ってきた。…が、何やら様子がおかしい。
「アリスちゃん!もしかして仕事終わるまで待っててくれたの?」
「うん…。ねえ、ゲンタ…」
「ん、なあに?」
アリスちゃんの声が妙に低い。
「その人…だあれ?」
彼女の視線の先、そこにいたのは…。
「ん、私でござるか…?」
アリスちゃんと少ししか背格好が違わないドワーフ女性、フォルジュであった。
次回、ゲンタは…?
『お絵描きの味』
お楽しみに。