第478話 フォルジュの実力
「ああ?なんだ、その『ひっぷ』てなあ…?」
フォルジュさんの言った言葉の意味が分からなかったようで男が尋ねてきた。
「知らんのか、馬鹿者めが。そうよなあ…、卑しい人間のクズ…とでも言えばその粗末な頭でも分かるであろう」
「はぁんッ!?ガキが何言ってんだ!生意気吹いてってブッ殺すぞ!」
破落戸のうちの一人がフォルジュさんに掴みかかろうとするが彼女がその手を正面から受け止めた、手を合わせて握り合う形になる。
「くっ!?こ、このぉっ!!」
残るもう片方の手で男は再び掴みかかろうとするがそれも彼女は真っ正面から受け止めた。プロレスでいう正面から組み合ういわゆる手四つの体勢だ、破落戸の男は必死の形相でフォルジュさんを押しのけようとするが彼女の足は地面に根を張ったかのごとくビクともしない。
「口先だけか?もっと力を込めてみい!!…ホレ、どうした!動かんぞ?」
「クソガキがぁっ!!」
十歳かそこらの少女の見た目、そんなフォルジュさんの挑発に男は完全に頭に血が上っているようだ。30センチは差があるだろうか、その身長の高さと自分の体重を利用して上から下へと押さえつけにかかる。男はさらに顔を間近に近づけるようにしてさらに自重をかけていく。
「ふんっ!!」
その上から押さえつけてくる相手の力を利してグイッとフォルジュさんは相手の手を掴んだまま相手を横に投げ飛ばした。
どんっ!!ごろごろごろ…。
泥まみれになりながら大の男が道端を転がる。
「酒臭い息を吹きかけるな、不快でかなわん。生ゴミかと思うたぞ」
「あ、ああっ!!テメー、よくもダチをッ!?」
仲間がやられた事に怒りを覚えたもう一人の破落戸が殴りかかる。フォルジュさんはその拳を手のひらで受け止める。ジャンケンでいえばグーとパーの対決だ。
「私は握力にも自信があってなあ!!」
「くっ!は、離せ!離せッ!ぐ、ぐわあっ!!」
殴りかかった男は強がっていたがすぐに地面に膝をつき苦痛に呻いている。しばらくそうした後、フォルジュさんは先程の男同様に地面に転がした。
「こ、拳を…握りつぶしたでやんす!」
「さすがお嬢ですねェ…」
手こそ出してはいないがいつでも飛び出せるよう身構えているベヤン君とハカセさんがフォルジュさんの戦いぶりに舌を巻いている。
「こ、こンの…クソガキがぁ!」
「許さねえ…絶対に許さねえ…」
怒りに満ちた二人組が立ち上がる。そして隠し持っていたのだろう、刃物を抜いた。いわゆるナイフのような物だ。
「お嬢ッ!」
「あとはオイラたちがっ!!」
フォルジュさんをかばうように二人のドワーフが前に出る、しかし…。
「手出し無用ッ!!」
フォルジュさんが鋭い声で叫んだ。
「こんな匹夫の一人や二人、すぐさま蹴散らしてくれようぞ!先生へのご奉公始め、私ひとりで見事務めてご覧に入れる!」
「へっ!へ、へへ…調子コイてんじゃねえぞ!テメーがいくら馬鹿力でも刃物に素手で立ち向かうつもりかよォ!」
「刺されりゃ終わりだろうがぁ!!死ねや、クソガキィ!!」
二人組が刃物を手にフォルジュさんに襲いかかる!
「先生ッ!屋台を拝借ッ!」
そう言うとフォルジュさんは荷車の持ち手部分を取り外した。長さ1メートル弱の樫の木の棒部分がその手に握られる。檜の木で出来た棒ならぬ樫の木の棒だ。それをフォルジュさんが真横に一閃した。
ぼきいいぃっばあああんっ!!
乾いた音、さらに激しい衝突音が響いた。樫の木はたいへん硬い、それをフォルジュさんの腕力で振り抜くとフォルジュさんの目前に迫っていた男が強烈な内野ゴロのように地面を転がる、そしてようやく止まったかと思えば腕の骨がおかしな曲がり方をして折れたのが一目で分かる。振り抜いた一撃が最初に腕を、続いて胴体を捉えたのだろう。
さらにフォルジュさんは返す刀で…といった感じで反対方向にもう一閃、すると二人目の男は一人目に比べて間合いが遠かったのか吹っ飛ぶには至らない。しかし、樫の木の棒はしっかりとその片腕を捉えていた。乾いた音と共に二人目の骨折者が出来上がる。襲撃者の二人目は地面に転がりこそしなかったがあきらかに折れたのが分かる片腕を押さえて悲鳴を上げる。二人組が突き刺そうと握っていた刃物はとっくに手から離れ道端に転がっている
「ふん、酒に酔い動作の鈍くなっておるならず者など物の数ではないわ!!決して逃すな!!この二人、詰所にでも突き出してくれようぞ!」
「ハイ!!でやんす!」
「フヒィーッ!!た、助けてくれぇ!」
地面を転がった男は逃げ出そうとするが、すかさずベヤン君が遠くに転がった男の逃走経路を塞ぐ。俗に言う『◯◯は逃げ出した。しかし、回り込まれてしまった』というヤツだろう。
「つ、つ、つ…、捕まって…たまるかぁッ!!」
もう一人の男はまだ隠し持っていた刃物があったのか、それを折れていない方の手に握りでたらめに振り回す。誰かを狙うというよりも『来るな、来るな』といった感じで暴れている。
「つくづく度し難い。少し大人しくしてもらおうぞ!」
そう言うとフォルジュさんは持っていた棒を暴れる男に投げつけた。
「あがっ!!」
狙いを外す事なく棒は暴れる男に当たる、ドタッと男は地面に転んだ。手にしたナイフもその拍子に落とし、もう頼みとする武器がないのか這いずるように逃げようとする。
「往生際が悪い。人を殺そうとしておいて私が許すと思うのか!?」
そう言うとフォルジュさんはなおも逃げようとする男の両方の足を掴み両脇に抱えるとハンマー投げの要領でグルグルと回り出す。大柄な男が宙に浮き、フォルジュさんを中心にメリーゴーランドのごとく円運動を続ける。
「ぬあああっ!!!!」
ひとつ雄叫びを上げるとフォルジュさんは男を投げっ離した。男の体が放物線を描き飛んでいく。その先にあったのは…。
「ぎゃふっ!!!」
逃すまいとベヤン君が回り込んでいたもう一人の男である。破落戸二人が絡まるようにして倒れた。
「その二人、今度こそ逃げられぬよう縛っておけい!」
「ならばワタシが…」
そう言うとハカセさんが両の腕を…さらに具体的に言えば両方の袖を振った。袖口から重りの付いた縄が飛び出すと折り重なった男たちに絡み付いた。
「ふふん、コレをさらにしっかり縛り付けて…と。あとは引きずって連れていけば良いでしょう」
「うーん。ハカセさん、ずいぶんと暗器(隠し武器の事)の扱いに慣れましたねえ」
「ははは、以前聞いた事のあるゲンタ氏の故郷の御伽話…水をかぶると鳥になってしまう男が使う武芸の話…。ワタシの機巧と相性が良いと思っていましたが思った通りでしたねェ…。ベヤンを実験台にした甲斐がありましたヨ」
「そうだったんですかー、…え?実験台?」
「ハイ、そうですヨ。ベヤン君は逃げ足が速いですからネ、良い練習になりましてねェ」
「酷いんでやんす!ハカセの兄弟子は容赦なくて…」
「いや、武器を人に向けちゃ…」
「とりあえずアンタたち、早くギルドに行かないと…」
「先生っ!いかがでしたか、私めの腕前は!?私がいれば先生の安全は常に担保され…」
「そうだ、一つ思いつきましたヨ。トゲトゲの棍棒を作って…、試しにベヤン君の頭の上に落としてみますかねェ…」
「に、兄弟子!それならこの破落戸を使ってほしいでやんすー!」
わいわいがやがや、…ズルズルズル。
僕ら五人は歩き、さらには捕まえた二人を地面に引きずって僕らは冒険者ギルドに向かったのであった。
」