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第472話 嘆く者


「ワ、ワタシは…今日ほど口惜しい事はありませんヨ…。自分の作った物が…こんな時にさまたげになるなんて…」


 ハカセさんが扉の前でがっくりとうなだれている。


「ど、どういう意味ですか?作った物が妨げている…というのは…」


「扉のじょうですヨ…」


「錠って扉に付いているアレ…ですよね?だったら合鍵か何かで開ければ…」


「無いんですヨ…」


「え…?」


「この錠を開ける鍵は…無いんですヨ…」


「ど、どういう事…です…か?」


「言葉通り…ですヨ…。見て下さい、この扉に鍵穴は無い…でしょう?」


「は、はい。確かに…」


 扉を手前に引く為の取手とってはある、しかし開錠させる為の鍵穴が見当たらない。


「この扉はですねェ…機巧からくりの錠前なんですヨ…。中からなら簡単に解除できます、それ以外には丸一日が過ぎなけれは開く事はありません…」


「ええっ…!丸一日…」


「ええ…。丸一日…」


「他に開ける方法は…?」


「ありません…。これは鍛治を他の誰にも邪魔されないように…、そして万が一にも秘密が洩れないように工夫して作った錠ですから…」


「じゃ、じゃあ…扉を壊すとか、周りの壁を壊して中に入るとか…」


「丸一日待った方が早いでしょうね…。とにかく頑丈に…ドワーフの鍛冶場とはそうして作るものなんですヨ…、ですからたとえ破城槌はじょうづちなどの攻城兵器をもってしても簡単には壊れません…。やるならそう…町ひとつ、城ひとつを徹底的に壊滅させるような破壊の魔法でもなければ…。ですが、それらは威力も規模も大き過ぎます。それこそ町ごと壊してしまうでしょう…」


「そ、そんな…」


 打つ手がないとはこの事か…、扉や壁は破壊しようにも頑丈…それこそ堅城のような難攻不落…。時間がたてば自動的に開く機巧からくり式の錠というがそれは明日にならなければ開かない。その間にも精錬を続ける二人は精神力を吸い尽くされてしまうだろう。そうなればガントンさんとゴントンさんは…。


「し…、死んでしま…ダ、ダメだそんなのッ!!それだけは…ダメだ…」


 思わず弾かれるように声を上げた僕だったが次第にその声が弱々しいものへと変わっていく。それは時が来るまで決して開かない扉と堅牢な壁が阻む絶対の防御、ガントンさんたちドワーフ族の技術の高さを知っているだけに強い絶望感に打ちひしがれる。


「い、いくらものすごいミスリルを精錬出来るようになったって…そ、それで力尽きてしまったら…なんにも…ならないじゃ…ないですか…。ガントン…さん、ゴントン…さん…。うっ…、ううっ…」


 頭の中に浮かんでくるのは悲劇的な結末、声は詰まり涙が滲み出てくる。


師匠レーラァーッ!!でやんす!!」


「ううっ…レ…師匠レーラァ…」


 ベヤン君たちも同様に地に両手を地につき嗚咽の声を洩らす。彼らの思いが僕に伝わってきて僕の悲しみがより増していく。


 つうっ…、ぽとりっ。


 泣くまい…泣くまいと思ってずっと耐えてきたけどついに頬を伝い涙が流れ落ちた。


「……………」


 その時、僕の体から何かが抜け出て行くような感覚がした。自分の体が軽くなるような…、体の一部が離れていくような感覚…。


(ゲンタが…泣くのは…嫌…)


 そんな声が聞こえてきたような気がした、それは聞き慣れた声…。思わず僕はシャツの胸元…彼女の定位置であるポケットを探る、誰もいない…。


「カグ…ヤ…」


 小さな彼女の…、両手で抱える以上に大きな存在感が離れていった事を感じながら僕はその名を呟いていた。


 □ □


 堅城の城壁と比べ遜色ない頑丈な壁、鋼板で補強されたかのように硬い扉…マオン宅の片隅にあるその扉は中に入ると地下への階段が続く。その階段を降りた先にはガントン・ゴントン兄弟を中心に設計された鍛冶場が設けられている。


 また、異世界人である竹下元太の知識…反射炉も設けられており非常に機能的に、同時に野心的な構造つくりでもあった。


 闇精錬シャルディエであるカグヤは元太が悲しんでいるのを見て思わずお気に入りの居場所である胸ポケットから飛び出していた。ミスリルを超えるミスリルを精錬する為には多大な精神力を必要とする、それはちょっとやそっとの量ではなく心身共に頑丈なドワーフ族であっても手に余るものだ。経験豊富な職人の棟梁として…、同時に二つ名付きの凄腕冒険者でもあるガントン・ゴントン兄弟であってもそれは例外ではない。命を失うほど…、それほどまでにこの超々ジュラルミンことミスリルを超えたミスリルの精錬には必要となる精神力が多いのだ。その現実を突きつけられ元太は悲しみと無力感に打ちひしがれている。


 そんな元太の胸ポケットからカグヤは降競泳のプールに飛び込むように飛び出した。頭から地面へと向かう、そして水中に潜るように地面へと入り込む。より正確に言えばそれは地面ではなく夜となりそこかしこに広がる宵闇の中だ。


 カグヤは最初に元太が時折温め直していた甘酒の入ったピッチャーの方へと向かった。あの甘酒には消耗した者にとって減った精神力が回復する効果があったはずだと彼女は直感していたからである。日本でも甘いものは疲れた頭に効くなんていう言葉がある、それがこの魔法などがある異世界では顕著に表れる…それがカグヤの考察であった。以前、ミーンの町の南方…橋の建設の際に過労で倒れていた成年前の冒険者ダンとジュリ、そんな二人に元太が栄養ドリンクを与えたところたちどころに回復した。


「だから今回も…」


 カグヤにはそんな確信めいたものがあった。ふわあ〜…カグヤが地面を覆う闇から浮かび上がってくる。あの甘酒…あれを口にすれば二人はきっと…そんなカグヤにここで大きな障害が立ちはだかる。


 居酒屋でビールを頼むと出てくる事があるピッチャー…3リットルはゆうに入るだろうか、そんなサイズのピッチャーである。そのサイズは闇精霊の彼女の背丈せたけよりも大きい。当然ながら中身も入っている、人形ほどの体格の彼女にはとても持てる大きさと重さではない。

 

「……………」


 今度はカグヤが無力感に苛まれる番となった。ガントンとゴントン、この二人を助ける事が出来る一筋の光…それは見つけた。いくら錠で開かない扉でもその下の影や闇なら何の意味も無い、自分なら問題なく通り抜けられる…そう考えていたのに…。


 この容器さえ持ち上げられれば…あとはこれを持って地面の闇に潜るだけ…上手くいくはずだった。


「ゲンタと…ふたりの時みたいに…」


 日本の…元太とふたりで過ごす部屋での事を思い出す、この世界から向こうに行った時に自分は少女の姿になる。非力は非力だがそれでもあのくらいの器は持てる。あの姿にこの世界でもなる事ができれば…。


「ゲンタが…泣く事はない…」


 カグヤはくやしさに下唇を噛む、痛みが伝わってくる。だが、そんな事はどうでも良い事であった。ゲンタの悲しみに比べたら…、精霊は泣かない…これはカグヤが以前に元太に言った言葉だ。泣かない、それは同時に泣けない事でもあった。この気持ちをどうしたら良いのか、当の本人でもあるカグヤですらどうしようもない気持ち…それが体の中で渦を巻きはち切れそうになっている。耐えきれなくなりカグヤはぶちまけるように思いのたけを吐き出した。


「……ッッッ!!」


 声にはならない、しかしそれは慟哭どうこくであった。泣かないはずの…泣けない精霊カグヤの声なき嘆きである。その場にいる誰も気付かないそんな孤独の嘆きであった。


 そしてそこに闇が生まれる、それは新たな…同時に元からある闇でもあった…。


 




 次回、『開かない扉の向こうで』


 お楽しみに。

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