第471話 大賢者の片鱗(4) 余計なひとこと?
結論から言えば聖なる銀ことミスリルは完成した。それは初めて軽銀を精錬した日から三日後の事だった。僕が自宅のパソコンで検索したジュラルミンの記事をノートにまとめそれをガントンさんたちに説明した、軽銀を主成分とする合金である事…混ぜ合わせるのは銅とマグネシウムであるという事を…。
その成分表を元に用意したしっかり量を計算して準備した銅とマグネシウムを持って彼らは鍛冶場に篭った。
銅はこの異世界においても非常にポピュラーな存在だ、なんせ銅貨があるのだから。また、王都などでは大聖堂などでは屋根に用いられたりするという。いわゆる銅葺き屋根というやつだろうか。
一方、マグネシウムについてはそんな名前に心当たりはないと言う。もしかするとこの異世界には無いのかなと思ったけど念の為に金属としての特徴を伝えたらガントンさんは『おお、アレか』と手をポンと打ちなにやら荷物をガサゴソとやり始めた。出てきたものはビカビカと派手に輝く銀色の石。まるで安っぽい銀メッキのようなそれをガントンさんは僕に見せてくる。
「銀脆石じゃ。これは上物の銀…、光の当て方によっては下品に輝き過ぎるくらいじゃの…そんな色合いをしている鉱石じゃ。しかし、脆くてのう…長い間使い道が見つからなかったんじゃ。じゃか、もしかするといつか何かの役に立つかもしれんと保管しておったが…こうして日の目を見る事になるとはのう…。嬉しい誤算じゃわい」
そう言って嬉しそうにガントンさんは材料となる銀脆石を見つめた。使い道が無いとされた鉱石の用途を見つけられた事がとても嬉しいそうだ。さすが物作りに長けた種族というところだろうか。
「出来た…、出来たぞい」
出来上がった聖なる銀ことミスリルのインゴットを手にガントンさんらは鍛冶場を出てきた。疲労困憊であったが意識を失うことは無かった。これは最初の成功以来、空き缶を使っての軽銀の精錬を練習した事が功を奏したのだろう。手順を改良し精錬をより効率的にした結果が現れている。
「聖銀を…ワシらが…。この手で作る事が出来るとは…」
「うっ…うっ…兄貴ィ…」
ミスリルインゴットの完成に感動してドワーフのみなさんが泣いている。なんでもミスリルというのは神様とか精霊によって地上に遣わされたものでもなければ存在しない金属との事。その話に相応しくインゴットは銀色の塊ではあるのだが穏やかでありながら威厳ある輝きを放っている。
「僕、初めてミスリルを見るんですが…、その…ガントンさんもミスリルを見るのは初めて…ですよね?それでどうしてこれがミスリルだって分かったんですか?」
気になった事をガントンさんに尋ねてみた。
「ふたつの理由がある。軽銀のように軽く、魔鉄のごとき硬さがある…まずそれがひとつ目の理由じゃ。それと暗い所でほのかに光を発するのだ、それこそが魔力を含む金属の…聖銀の最大の特徴。ふたつ目の理由じゃ…。それにしてもこの聖銀…とんでもない値が付くぞ。同じ大きさの白金でも買う事は出来ぬ…三倍、五倍…いや十倍以上の価値があろう…」
「ジュラルミ…じゃなかった、ミスリル…そんなに凄い物だったんだ…」
少なくとも神様とか精霊が与えなければミスリルは手に入らないとか…、もしかしてとんでもない物を作ってしまったのかも知れない…。ま、まあ、今後はアルミを持ち込むのはやめといた方が良いかも知れない。僕はちょっとそんな事を考えていた。
「ま、まあ、この事は後で考えよう。それにしてもジュラルミンでこうなら超ジュラルミンとか超々(ちょうちょう)ジュラルミンとかだとどうなるんだろう?」
僕はジュラルミンを検索した時に見た記事を思い出し何の気無しに呟いた。
「ん…ちょうちょ…じゅれら…?坊や、そのじゅれら…とか言うのは坊やの故郷での聖銀の呼び名じゃったのう?ちょうちょ…なんとかとやら…、それはどんなモンなんじゃ?」
栄養剤代わりの甘酒を飲みながらガントンさんが尋ねてきた。
「あ、はい。それらは聖銀をより硬くなるように精錬したものです。特に超々ジュラルミンはさらなる硬さを誇るだけでなく、同時にしなやかさも合わせ持つ金ぞ…」
「そっ、それは剣を打つに理想の素材ではないかあッ!!」
ぐわあっ!!
ミスリルの精錬に成功しまったりモードで甘酒を飲んでいたガントンさんが凄まじい勢いで立ち上がった。
ずんずんずんずんずんっ!!!!
そして凄まじい勢いでガントンさんが迫る、数日前にもあった光景だが今はその勢いや鼻息がらさらに凄い。
ばあんっ!!
「また壁ドンッ!?」
「お、教えてくれえっ!!坊やッ!そ、そのミスリルを超えるミスリルとやらの事をッ!!」
「えっ!?えっ!?」
「ミスリル…これをワシらの手で精錬させてくれた事…、これだけでまさに偉業じゃ!その聖銀の製法を教えてくれただけでもこの上なく感謝しておる!それに加えてさらにねだる…、欲張りが過ぎる事も理解しておるっ!!だ、だが、そんな…ミスリルを超えるミスリルがある事を知ってしもうてはジッとなんかしておれん!!ぼ、坊や、この通りじゃ!その金属の事を教えてくれ、ワシらにその夢の金属を精錬らせてくれ!!」
そう言ってガントンさんが頭を下げた。僕よりもはるかに…百歳以上も歳上の人だ、さらには一門を率いる棟梁でもある。そんな人が僕に頭を下げて頼んでいる。どうしたものかと考えて周りの様子を見ればゴントンさんたちもまた同じように頭を下げている。…これじゃあ断れないよ…。
「ガントンさん、みなさん…、頭をお上げ下さい。分かりました、この金属の作り方…お教えいたします」
「おおっ!!!」
ガントンさんが僕を見た。その瞳には感謝や喜び、色々な感情が浮かんでいるのが見える。物作りの種族ドワーフ、きっと根っからの職人なのだろう。新たな製法などを知っては居ても立ってもいられない…きっとそういう事なのだろう。
そして僕は先日調べたジュラルミンについての事を記したノートとプリントアウトしたA4用紙を取り出し超々ジュラルミンについて書き出していく。アルミを主成分に銅、マグネシウム、そして亜鉛を一定の比率を加えて作るのが超々ジュラルミンだ。僕はそれをノートに書き込みガントンさんに手渡した。
□
初めて軽銀を精錬した日から十日が過ぎた。
軽銀、銅、マグネシウム、さらに亜鉛…。ガントンさんたちは超々ジュラルミンの材料となるそれらをさらに精錬しだした。それはその純度をより高める為、彼らの言葉を借りれば最初に精錬出来た軽銀は99パーセントほどの純度であったという。それを超々ジュラルミンの製作の為にさらに一日をかけて精錬し直して99,9パーセントに、一日休養した上でさらに一日を費やしてより純度を高め最終的には99,99の軽銀に仕上げたとの事。その再精錬にはガントンさんたちの軽銀の精錬の腕をさらに磨く為でもあった。その狙い通り彼らはより高度な精錬を行っても以前ほど疲労困憊になる事はなくなった。
そして地球で言うところの超々ジュラルミンの製成を始めようとしたのは前回、前々回と同じく夜明け前だった。そしてそれは僕らが朝食販売の為に冒険者ギルドに向かう出発の時間でもあった。
「…では、行ってくるぞ…坊や、マオン」
「はい、僕らも…行ってきます」
「うむ…。おぬしらはギルドで物を売る、言わば商人の戦場じゃ。そしてワシらの戦場は…この鍛冶場じゃ。坊やの教えてくれた聖銀を超える聖銀の秘伝…必ずや活かしてみせる」
「はい、ガントンさんやみなさんなら必ずできますよ」
「坊やよ…」
がしっ!!
ガントンさんが僕の両肩を掴んだ。
「改めて礼を言うぞ、坊や。この恩…必ずや…。行くぞ、お前たち!!」
「「「「おおっ!!」」」」
ガントンさんを先頭に鍛冶場へど向かっていくドワーフたち。
「儂らも行こうかね、ゲンタ。儂らの戦場へ…」
「はい、マオンさん」
そうして僕たちもまた僕たちの戦場に向かったのだった。
………………。
………。
…。
ギルドでの販売を終えた後、僕たちはマオンさん宅に戻った。ガントンさんたちの精錬はまだ終わってはいないようで庭先にその姿はなかった。家の地下にある鍛冶場からは人が動く物音や気配、そして特有の熱気がしていたからまだ作業中なのだろう。
「まあ、前の時も夕方近くまでかかっていたからね。今回もそうだろうよ。儂はガントンたちがいつ仕事が終わって出て来ても良いように一休みしたら飯の支度をしておくかね。きっと腹を空かせてるだろうからね」
「じゃあ甘酒の用意もしておきますかね、なんだか精神力をすり減らした後に飲むと良いようですし」
「それは良いね、いきなり強い酒は体に悪そうだがそれなら疲れた体にも負担にならないだろうから」
そんな訳で僕が酒粕と砂糖、隠し味の塩少々を用意するとガントンさんたちを待っているのに退屈したサクヤたち精霊が酒粕をボール状にこね上げて大玉転がしのようにして遊んでいる。ガントンさんたちが精錬をして心身共に消耗しているから甘酒を作るようになったんだけど、サクヤたちはその甘酒の材料になるそれを丸めて玉にして遊ぶのがマイブームのようになっている。
まあ、待っているだけでは退屈だろうし彼女たちの好きにさせた。しかし、なかなかガントンさんたちの作業は終わらない。時刻は夕方、それもかなり過ぎて夕闇が完全に降りて薄暗くなってきている。
ガントンさんたちがいつ戻って来ても良いように甘酒はすでに出来上がりピッチャーに準備してある。冷めてしまわないように時には湯煎にかけ温め直している。
「遅いですね…」
「ううむ、前に作った物より作業が大変なのかも知れないね。材料も増えているし…」
「あ、確かに…。それじゃもうちょっと待ってみますか」
………………。
………。
…。
ガントンさんたちはまだ鍛冶場から出て来ない。時刻は日本時間で言えば午後八時半過ぎ…。僕とマオンさんはガントンさんたちを待ってまだ夕食を摂っていないがさすがにサクヤたちはお腹を空かせるとかわいそうなので夕食代わりにビスケットにジャムを塗った物をあげた。最初の一つを食べた彼女たちだがそれ以降は僕たちと同じくガントンさんを待つ事にしたようだ。
「……………」
「……………」
僕とマオンさんも会話が途切れる。こんなに遅いとさすがに僕たちも心配になってくる、時刻も午後九時を過ぎた。
「僕、ちょっと声をかけてきます」
沈黙に耐えられなくなり僕は席を立ち鍛冶場の入り口、地下への階段に続く扉に向かった。その時だった。
「レ、師匠ッ!?ま、待って下され!うわっ!?」
鍛冶場へと続く扉が開き、そこから蹴り出されるようにして四人のドワーフたちが転がり出て来たのだ。そして次の瞬間には扉の隙間からガントンさんが扉を閉めるのが見えた、続いてガチャリと錠のかかる音がした。
「レ、師匠ッ!?師匠ーッ!!ど、どうしてっ…ううっ!」
「開けてくれでやんすー!!師匠ーッ!!ううう…」
四人が扉に縋るようにして扉を叩き、師を呼び続ける。その体に力は残っていないのか立ち上がるのも困難のようだ。それでも彼らは二人の師匠を呼び続ける。
「聞けいッ!!お前たちッ!!」
扉の向こうからガントンさんの声がした、鬼気迫る…そんな声だった。
「この聖銀を超えし聖銀ッ、以前の聖銀の製法にさらなる材料が加わり手順も増えておる!」
「それだけじゃねえ!!こりゃあより硬く粘り気のあるすんげえ金属になるだ!まだ仕上がりには遠いがそれだけはよく分かるだ!」
ゴントンさんもいるのか、二人の声がする。
「これだけの物を仕上げるには今までとは比べ物にならぬくらいの体力、そして気力が必要となろう。この聖銀にはそれだけの心血を注がねば到底作り上げる事は出来ぬ!それはここまで精錬をしてきたおぬしらにも分かろう、気力がどんどん吸い出されていくこの感覚をな!」
「そんだあ!!これを完成させるにゃあ…オデたちの命…、その全てを賭けて挑むしかねえ!」
「そ、そんな…師匠ッ、死ぬおつもりですか!あ、あの…命と引き換えに軽銀を精錬した…古の…ゴンロンのように…」
いつもの口調を忘れたかのようにハカセさんも叫んでいる。
「そうじゃ!この精錬、命をかけて臨まねばならぬ!だが、皆で死んでしまえばこの経験を後世に伝える者がおらぬようになってしまう…」
「…だから…お前らが継ぐんだ。オデと兄貴のよう…夢の続きをよォ…」
「さらばじゃ…我が弟子たちよ…。常に腕を磨け…。ワシらが見込んだお前たち、いつの日か…師を超え新たな道を進む事を信じておる」
「「「「レ…、師匠ーッ!!!!」」」」
足音が遠ざかっていく。ガントンさん、ゴントンさんが鍛冶場へと戻って行ったのだろう。そして後には僕たちと開かない扉だけが残されたのだった…。
ヒロインは遅れて現れる。
次回、『嘆く者』。
お楽しみに。
ちなみにそのヒロイン、みなさんは誰を予想します?