第470話 大賢者の片鱗(3) 軽銀精錬の考察
「精魂尽き果てて…といった感じですね」
「ええ…。体に帯びている魔力の流れにも異常はありません。おそらくはしばらく安静にしていれば回復するとは思いますが…」
ミアリスさん、そしてシルフィさんがガントンさんたちを診てそれぞれの見解を述べる。
ここはマオンさん宅の庭、軽銀の精錬を終えて出てきたガントンさんたちは僕に出来上がったばかりのインゴットを手渡すとそのまま倒れてしまった。
僕は光精霊のサクヤに冒険者ギルドまでひとっ飛びしてもらいシルフィさんに連絡をつけてもらった。軽銀の精錬を終えたガントンさんたちが倒れてしまった事、ついては癒やしの力を持つミアリスさんを呼んでもらい彼らを診てもらおうと思ったのだ。
するとミアリスさんだけでなくシルフィさんもここを訪れてくれた。そんな彼女たちがガントンさんたちを診て出した見解が先程のもの。とりあえず命に別状は無さそうなので毛布を庭に持ち出して彼らが体を冷やさないようにその体を包んでいく。そしてミアリスさんたちの言葉通り、数時間後にはガントンさんたち全員が意識を取り戻した。
「…む、まだ本調子という訳にはいかんが」
「倒れるくらいに疲れ果てていたんだからそうそうすぐには全快とはいかないのでは…」
「三日三晩くらいなら鉄を打ち続けたり出来るんだがのう」
ドワーフ族、なんてタフなんだろう。普通、そんなの無理だ。
「おそらくは…」
そこにシルフィさんが話に加わる。
「魔法の使い手にはままある事なのですが、あまりに魔法を行使しすぎると似たような状態になります」
「…と、良いますと?」
「魔法というのは術者がその精神力を対価として行使するものです。当然、多用しすぎれば精神力が枯渇します。そうなると肉体的にも影響が出て来るのです。だるさや倦怠感、めまいや立ちくらみ…ひどい時には意識を失ってしまいます」
シルフィさんの説明を受け僕は自分なりの解釈をしてみる。運動し過ぎて体力の限界を迎えると疲労して動けなくなってしまう、これはいわゆる肉体疲労…フィジカル面の問題だ。
逆に今回の場合は軽銀を精錬する作業をしていた訳だから肉体的な疲労ももちろんあるだろうが、精神力を使い果たしての疲労困憊…いわばメンタル面のものだ。
「…あれ?ガントンさんも…みなさんもですけど魔法の使い手ではないですよね?なのにどうして精神力を使い果たすような事になったんですか?」
とりあえず頭に浮かんだ疑問を口に出してみる。
「もちろん精神を集中して作業をしていたからという理由はあると思います。しかしドワーフ族は肉体的にも精神的にも非常にタフな種族と聞いた事があります。そんな皆さんが精魂尽き果てて倒れた…、いったい何があったんですか?」
「ワシは魔法が使えぬゆえ…、この感覚はよく分からんが…」
言葉を選びながらガントンさんが応じる。
「精錬をしている時、まるで自分の体から何かが吸い出されるような感覚じゃった…。まるで体温が…、体の温かみが抜け出ていくような…」
「あっ、それはオデも感じただ!」
「オイラもでやんす!」
ゴントンさんやベヤン君、他のお弟子さんたちも頷いている。どうやら同じ感覚を味わっていたらしい。
「ワタシもですヨ。ふぅん…、もしかすると…。これが魔法の使い手が味わっている感覚…なんですかねェ…。自らの中にある精神力を絞り出す時…、こんな感覚を覚えるのでしょうか…。ワタシは魔法を使えませんから分かりませんけど…」
ハカセさんが他の人たちの話と自分の経験を元に考察を述べた。それにシルフィさんが応じる。
「その通りです。魔法を行使する為に精神力を消費する際、体から抜け出ていく感覚…間違いありません」
「やはり…そうでしたか。思った通りでしたねェ…」
シルフィさんの回答にハカセさんがウンウンと頷きながら応じている。予想が合っていた為かどこか嬉しそうだ。と、そこに甘い香りが立ち始めた。庭の片隅で温めていた小鍋が薄い湯気を立て始めている。
「とりあえずこれを…」
僕は小鍋から木製のコップに中身を注いでいく。
「むう…、白く濁って…わずかに酒精の匂いがするが…坊やよ、これはなんじゃ?」
「甘酒といいます。酔うには酒精が薄いですがこれにはとても栄養があります。冷えてきましたし体を温める意味でも…」
「ほう…。ワシはあまり甘い物は好まぬが…、これは疲れた体に染みていくのう…」
ずずず…、ガントンさんたちが甘酒をすするように飲んでいる。また、女性陣にも好評のようだ。温めて飲む甘酒は夜空からだんだんと降りてくるひんやりとした空気から体を温めてくれる。
「甘酒は飲む点滴…、いや滋養のある物ですね。今みたいにお疲れの時には良いかと思いまして」
「そう言われるとなんだか元気になってきたような気がするだ!これなら明日にでもまた軽銀の精錬だってできそうだべ!」
「こりゃ、ゴントン!そこは今すぐにでも出来ると言うところじゃぞ!」
「あ、これは失敗だったべ!」
わははははは!!一同が笑い合う。ガントンさんたちの体調にも特に問題はなさそうという事になりシルフィさんとミアリスさんはここで退席、治療に来てくれたミアリスさんに所定の金額を支払う。そしてシルフィさんがミアリスさんを教会に送っていくというのでお任せする事にした。
彼女たちを見送った後、ガントンさんたちとしばらく話を続けた。ちなみに甘酒を水精錬のセラは相当気に入ったようで小皿に注いだそれに頭を突っ込むようにして飲んでいる。そんな中、ガントンさんが再び口を開いた。
「だが、今回やってみた事でまだまだ精錬の手順に無駄があったのを痛感したわい。次からはもっともっと手際良くやるつもりじゃ」
「うんだ!もっと上手くサァやる!そんでその後は軽銀で鍛治サやってみてえ!もっとも柔っこいから服の下とかに着る鎧とかになるんだべが…。これで硬ければ軽くて銀みてえに魔除けの効果もある良い武器が出来るんだべがなあ…」
「それこそない物ねだりじゃ。銀と同じく魔除けの効果があり銀より…いや鉄よりもはるかに軽いなぞ軽銀こそ夢の金属ではないか」
甘酒を飲みながらガントンさん兄弟が話している。
「軽銀のように軽くて同時に硬い…ですか」
ごくっ、僕は甘酒を一口飲んで呟く。
「そう言えばジュラルミンってあったっけ…、たしか鋼くらい硬くてアルミみたいに軽い…」
「ん、『あるみ』?たしかそれは坊やの故郷での軽銀の呼び名ではなかったか?」
僕げ口にした日本での呼び名を覚えていたのかガントンさんが僕の言葉に反応した。
「そうか。それともうひとつ、今言っておったな…。あ、え…じゅ…じゅるら…」
「ジュラルミンですか?」
「そうそう、それじゃ!何やら軽銀のように軽く、しかも鋼のごとく硬いと…」
「はい、言いました。軽銀を主な原料にして作るのですが、鋼並に硬くて重さは鉄の四割より少し軽いくらいじゃなかったっけ…」
「そ、それはァッ!!」
ガントンさんたちが一斉に立ち上がった。
「ぼ、坊や、それは聖なる銀ッ、聖銀じゃねえべか!?」
ひどく興奮した様子でゴントンさんが言った。ミスリル…RPGとかでよく登場する魔法の金属じゃなかったっけ?鉄や鋼よりも強いとされる…そんな事を考えているとガントンさんがすごい勢いで詰め寄ってきた。
ずざざざざっ!!
「うっ、うわっ!あ、荒瀬顔負けの激しいがぶり寄りッ!」
あっと言う間に僕はマオンさん宅の壁まで押し込まれてしまった。これでガントンさんが壁に激しく手を突いたならまさしく壁ドンだ。
「し、知っておるのかッ、坊やッ!ミ、聖銀を…。ま、まさか坊や…、おぬしは凄腕の商人…もしや軽銀と同じくミスリルを手に入れておったりするのか!?」
ガントンさん、ゴントンさん、そして弟子である四人のドワーフのみんなもその目は真剣。ミスリルと聞いて軽銀と同じ…、いやそれ以上の真剣さを感じる。
「い、いえ…、残念ながら持ってはいません」
僕がそう返事をするとガントンさんたちはがっかり半分、それはそうかと納得半分といったような空気になった。
「そ、そうだのう…。軽銀だけでも半ば伝説の金属じゃ。それだけで坊やの凄さがあるのだが…、なんとも…坊やならば聖銀まで持っている…そんな気がしてしまったわい」
「ははは、兄貴ィ。そりゃあ欲張りっちゅうモンだべ。さすがの坊やも聖銀は持ってねえべよ…。もっとも、坊やは物知りだからどこで手に入るとかは知ってるかも知れねえけんど…」
笑いながら話しているゴントンさんの言葉に僕はひとつの事を思い出した。
「残念ながらどこで手に入るかは分かりませんが作り方なら分かるかも知れません」
「な…、なぁにぃ〜!!?」
「軽銀を主な材料に作る金属です…。あ、でも、硬くはなりますけどそれがみなさんの言うミスリルかそれかどうかは分かりませんが…」
僕が思い浮かんだのはあくまでもジュラルミン、ただそれがこの異世界におけるミスリルに該当する物なのかは分からない。
「ぼ、ぼ、ぼ、坊やッ!!」
がしいっ!!
ガントンさんが僕の両肩に手をやり必死な表情を浮かべる。そして次の瞬間、ガントンさんの口から発せられたのは懇願の声だっらた。
「た、頼む!!ど、どうか教えてはくれぬか坊やッ!?その硬い金属の作り方を!!もちろんその製法についての秘密は絶対に守る!!だからどうにか教えてはくれまいか!?」
次回、ミスリル誕生!
第481話、『余計なひとこと?』
お楽しみに。