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第467話 一円玉の価値に悩む


「へえ…、軽銀けいぎんを精錬したというのが鍛治師さんがガントンさんたちの里から出たと…」


 僕が落とした一円玉を一目見て大興奮したガントンさんらドワーフのみなさん、今はマオンさん宅の中に入りその話を聞いている。


 普段なら庭の石木せきぼくの大きなテーブルで話をするところだが今回の話題は銀よりも…、それどころか金よりもはるかに価値があるという軽銀についてだ。もしこの話が立ち聞きでもされたなら悪心を抱く者が現れてもおかしくない。用心に用心を重ねる意味でも建物の中に入る事にしたのだ。


「そうじゃ…。ドワーフ鍛治技術における中興の祖、ゴンロンがその命と引き換えに精錬したというのが軽銀…。ひと抱えほどの大きさのな…。そしてそれ以降、誰も軽銀の精錬に成功した者はおらん。その前もおらんからゴンロンこそがただひとり、軽銀に精錬に成功した唯一の鍛治師…という事になるな」


 ずずず…、緑茶をすすりながらガントンさんが言った。


 軽銀…僕の中ではアルミニウムという言葉の方がしっくりくる。そのアルミニウムだけどたしか精錬には非常に多くの電気を要するんじゃなかったっけ…。だけどこの異世界、魔法なんかはあるけれど電気なんてものには見る事はおろか聞いた事もない。おそらく世の中にそんなには出回っているものではないと思うんだけどそれなら何百年も前にいたという伝説の鍛治師ゴンロンさんはどうやってアルミニウムの精錬に成功したんだろう。ちょっと興味があるなあ…。


「他にもゴンロンが遺した剣を調べて改めて調べてみればそりゃあ見事なモンだんべ!あの技術…あれが後のオデたちの鍛治技術に与えた影響は少なくないんだべ!」


 ゴントンさんも興奮気味に語る。そういえばガントンさんゴントンさん兄弟の名前、これも伝説の鍛治師であるゴンロンにあやかったものだという。彼ら以外にもドワーフ族の皆さんは職人としての技術を磨き一人前…、棟梁となった時に改名をするという。例えばダントンとかブンガンとか…、ゴンロンと似たような響きになるようにするらしい。


「それで…じゃ。坊や、この軽銀で出来たこの硬貨コインじゃが一体いかほどの価値があるのじゃ?」


「え?価値ですか?」


「そうじゃ!おぬしの故郷にある貨幣なのであろう?」


「はい、そうですね」


「それならば…じゃ!一体いかほどの価値があるのじゃ?この純度の高い軽銀ッ、金貨となら何枚と交換できるのじゃ?五枚…、いや十枚か?勿体ぶらんで教えてくれ!さあッ、はよはよう!!」


「え、ええと…」


 僕は困った。ど、どうしよう…一円玉だもん、その価値は一円…それ以上でもそれ以下でもない。なんならこの異世界では賎民せんみんの硬貨とか貧民の硬貨と蔑まれる青銅貨(日本円にして十円相当)よりもはるかに価値がないとも言えないし…。


「あ、あの…、この硬貨は他に代えられないと言うか…」


 僕はなんとかガントンさんたちに納得してもらえそうな理由を言おうと必死になって考える。嘘はきたくないし、かと言って納得されないような事を言うのも…そうだ!


「この硬貨コインはですね、他に替えのきかない物なんですよ」


「替えがきかぬじゃと?」


「どういう事だんべッ!?」


 二人の棟梁が僕の言い分に食いついてくる。そこで僕は頭の中で話を組み立てながら説明をしていく。その説明の根幹となったのは両替の概念だ。例として百円玉一枚を十円玉に両替するとしよう、すると十枚の十円玉と交換になる。しかし一円玉はどうか?


 現行の貨幣制度では一円玉より下の価値を持つ貨幣は存在しない、ゆえにこの一円玉一枚を他の硬貨に両替する事は出来ない。ゆえにこの一円玉は他に替えのきかない、唯一無二の硬貨である…そう押し通す事にした。


「なるほどのう…」


「つまり、値段の付けようがない…こういう事だんべな…。金貨や銀貨じゃ買えないっちゅうくらいの…」


「ふむう、国によってはあるという初めて作った新種の硬貨は王城の宝物庫にあると聞いた事がある。あるいは貴族間でやりとりするという贈答用の物かも知れんぞ。一枚の価値がありすぎてとても町では使えないようなシロモノじゃ」


「え?あの…」


 僕の目の前、二人の棟梁の中で一円玉の価値が爆上がりしている。それも手が届かないくらいに…ど、どうしよう?すごく安いんですよ…なんてとても言えない雰囲気だ。


「そうじゃ、坊や…故郷では硬貨以外に軽銀を使ったりするのじゃ?やはりアレか、魔除けの意味も込めて防具の材料とするのか?」


 軽銀の価値に納得したガントンさんが僕に尋ねてきた。やはり職人さんだ、どのように使われるのかやはり興味があるようだ。


「あ、いや…そうですね、防具とかに使うというのは聞いた事ないですね」


「何ッ!?で、では何に使うんじゃ!?」


「そんだぁ!これだけの軽銀サァこさえる事が出来て何にも使わねえなんて手はねえべ!」


 二人の棟梁の迫力に僕はタジタジ、アルミニウムの使い道…使い道…僕はその用途を思い浮かべる。一円玉以外には…えーと…建材とか…って言ってもなかなか説明は難しいなあ。アルミサッシとか言ってもこの異世界じゃ馴染みがないだろうし…。身の回り…身の回りでよく見かけた物…見かけた物…。そうだ、アルミ缶だ!アルミ缶があったぞ。


「え…ええと、よく見かけた物としてなんですけど…の、飲み物の入れ物として…」


「なにぃ!?飲み物を入れるじゃとお!?」


「ど、どういう事だべ!け、軽銀を飲みモンにだなんて…」


 二人の棟梁は目を丸くして驚いている。貴重な軽銀、それをそんな事に使うなんてとんでもない…そう言わんばかりだ。でも事実なんだから仕方がない、缶入り飲料は日本ではありふれた物だ。コンビニやスーパーならどこでも取り扱いがあるし、なんなら道端にはジュースやお酒の自動販売機だってある。


「はい。小型の樽のような形で…、フタを開ければ手に持ってそのまま直接飲めるような大きさです」


「き、貴重な軽銀を…そっだら事に…」


「…いや、待つんじゃゴントン」


 ガントンさんは驚くゴントンさんの肩に手をポンと置き、残るもう片方の手で顎髭あごひげをさすりながら何か考えているようだ。


「………、軽銀はたしかに貴重じゃ。じゃが、そんな軽銀を使つこうて入れておく飲み物じゃ…。さぞかし貴重な物に違いあるまい、…例えば、そうじゃな…霊薬ポーションとか…。のう、坊や?」


 え?のう…とか言われても…。そんな貴重な物じゃなくてジュースとか…そういう物を入れて売られています、それも百数十円から…。異世界こっちのの価値で言えば白銅貨二枚シロニ(日本円にして二百円)にも満たない価格です…なんて言えそうな雰囲気じゃない。


「そ、そうですねぇ…。え…ええと…」


 思わず額に汗が浮く。どうしよう…なんとかガントンさんたちのこの軽銀への思いとか価値観をぶちこわしにしないような上手い言い方はないものか…?何か価値ある物…、それが例えばドワーフのみなさんにとって価値ある物であるとか…そうだ!!


「け、軽銀の…その樽のような入れ物には…お、お酒を入れたりして…。み、密封できるようにして風味を損なわず長期の保存や持ち運びに便利なように…」


「何ィ、酒じゃとおッ!!」


「酒ッコォ!!?け、軽銀で運ぶような価値サある酒だべか!?」


 がばぁっ!!


 ガントンさんたちが凄まじい勢いで立ち上がった。今日一番の食いつきと言っても良い、そのぐらいの勢いだ。


「そ、それはどんな酒なんじゃ、坊や!!」


「そんだぁ!軽銀使って運んでくるような酒ッコ、きっと貴重なモンに違いあんめぇ!!」


 ガントンさんゴントンさんの兄弟はそれはもうえらい剣幕で詰め寄ってくる。分厚い胸板に丸太のような太い腕、もじゃもじゃのヒゲの二人が間近にグイグイ来られるのは色々と思うところはあるが今はそれどころじゃない。僕は二人の棟梁に缶入りの飲み物…、いわゆる缶ビールについて話し始めるのだった。


 次回、いよいよ小説タイトルの回収か!?


 第468話、『大賢者の片鱗』。


 お楽しみに。

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