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閑話 〜 俺は鎌倉の刀鍛冶 〜


 お待たせしました。


 そして今回の地震で被害に遭われた皆様、お見舞い申し上げます。


「ぜっは…、ぜっは…」


 自分のものであるが息を吸ったり吐いたりする声がうるさい。動かねえ片足は引き摺る事しか出来ず、その感覚も無い。膝を曲げる事もかなわず、足首は力無くだらーんと垂れ下がっていて体の支えにもならねえ。代わりに頼りにしているのが手にしている杖…落雷で引き裂かれた木の枝だ。


「こんな…枝っきれを…ぜぇ…はぁ…、頼りにしなきゃなんねえなんてな…。相棒の…ビズルの命を…奪った雷によって出来た…こんなモンを…」


 自嘲気味に俺は呟く。そしてその雷によって得られた物はもう一つ、俺の首から提げられた布の包みの中にあった。


「軽銀…か…」


 相棒の言葉によりゃあ銀のような魔除けの力がありながらとても軽いという。銀は鉄よりもはるかに重い、しかしこの軽銀というやつは鉄よりも軽いときてる。半分…四割…、いやそれよりわずかに軽い…か。


「こんな時、ビズルの奴なら…正確に重さを割り出すんだろうがなァ…」


 じわっ…。


 涙が滲んでくる。泣くまい、泣くまい、俺は何度もそう呟きながら山を降りていく。足は動かず感覚も無い、無様にずるずると地面の上で引きずられているだけだ。なんでもない所でつまづいて転ぶ、その度に自分の不甲斐なさに…動かぬ足に腹が立つ。来る時はなんでもなかった道のりが今は絶望的に遠く、そして苦難の連続であった。


……………。


………。


…。


 ギイイイイッ!!


 両手は杖を持っているからふさがっている、だから俺は両開きの木の扉を俺は体で押し開くようにして開けた。たちまちザワザワとした喧騒とむわっとするような酒の匂いが感じられた。強い酒精のドワーフたちが好む麦の酒、その匂いに俺は集落に戻ってきた事を実感すると安心して体の力が抜けた。ガクリと前につんのめり倒れ込む、かろうじて両手を床につき体を打ちつけるのだけは防いだ。


「うぐぅっ!!がっ!…はぁ…はぁ…」


 もはや言葉も紡ぐ事ができず、呻き荒い息をつく事しかできない。四つん這いの体勢でなんとか踏ん張り、俺は呼吸を整えようとする。


「お、集落外れに住み着いたゴンロンじゃねえか!?」


 中にいたドワーフの一人が声を上げた。


本当ホンドだ、どうした?そっだらボロボロのカッコして…」


「背負ってンのは…ビズルか?どうした、酔い潰れて崖からでも落ちたっぺか?」


 飲んでいたドワーフ達が近づいてくる。みんな腕の良い鍛冶屋たちだ。鍛治屋以外にも石工いしく…土木に建築、坑夫を生業なりわいしている者もいる、このドワーフって奴らは力も強く器用で体も頑強な生まれながらの物作りの天才だ。


「ぜはぁ〜…、ぜはぁ〜…」


 荒い息を吐くだけで俺は言葉を返す事ができない。ひどい風邪をひいた時のような喉にたんがからんだような呼吸の音…、間違いねえ…俺のもんだ。


「ゴブッ…!!…ぐぐっ」


 息が詰まり唇の端から何かが垂れた。赤い、血の味がする。…喉にからんでいたのは痰なんかじゃねえ、俺の血ィ…だったみてえだ…。


「お、おい!?コ、コイツ、血を吐いてるだ!?」


「なにい?どうした、何があっただ!?」


 ドヤドヤと集まってくる足音でドワーフたちが近づいてくるのが分かる。なんてこった…、視界がかすんであんまり目が見えやがらねえ…。


 誰のだかは分からねえが丸太のように太い腕の感触がした、どうやら俺の体を支えてくれているらしい。


「こ、こりゃあッ!!?ビ、ビズルの奴、死んでるだぁ!」


「ッ!!?」


 改めて他人の口から言われると言いようのない悲しみが俺の体を突き抜けていく。相棒と過ごした決して長くはなかった日々…、どこか間の抜けた…それでいて近くにいるとどこか安心させてくる奴…。もうロクに見えなくなった目の端から熱い雫が伝い落ちる。


「なんで…、何があっただ?」


 問われながら…、ここまで運んできたビズルの亡骸なきがらが結び付けてきた紐が解かれ体から離れた。そしてすぐ近くの床に寝かされたようだ、目は見えねえが気配でそれを察する。


「…ごふぅ。せ、精錬に…行って…いた…」


「はぁ?精錬だとぉ?か鋼かは知らねえがなしてそれがおがこっだらボロボロになったりビズルが死んだりするんだべ!」


「そうだべ!鉄なんかこの里でも精錬出来るべ!どこに行ってたかは知らねえがなんでそれがこんな事になるだァァ!?」


 普段はビズルをノロマだなんだと言っていたドワーフたちも同胞が死んだとあってはさすがに色めき立つ。


「…鉄じゃあ…ねえ。…作ったのは…軽銀だ…」


 がたっ!がたっ!


 ドワーフたちが身を乗り出す音がする、軽銀と聞いて居ても立ってもいられなくなったのだろう。


「馬鹿こくでねぇ!あれは偶然手に入る奇跡のモンだ!」


「そうだべ、麦の粒くれえの…ごくまれに小石くれえのものがたまに落ちているくれえの…。ありゃあ鍛治の神サンの…天からの贈りモンだ」


「嘘こくならもっとマシな嘘をこくだ!」


 ドワーフたちから非難の声が上がる。無理もない、何の鉱石から精錬するのか…仮にあの茶色い石が元になると分かっていても雷の力を借りなければ混ざり物が抜けず脆い茶色の塊が出来るだけ…。だから軽銀を精錬したと言っても世迷言と断じられたとしてもおかしくはない。


「こ、これを…」


 論より証拠、それに俺としてもまどろっこしい事は好きじゃない。そこで俺は体の前側、布で包んで腹掛けのようにしてくくり付け持ち帰ってきた物に触れた。布の包みを解くと中身がそこからこぼれ落ちた。ごとり…、酒場の木の床に軽銀が転がったであろう軽銀を音を立てた。


「「「「お、おおおっ!!」」」」


 周りから大きな声が上がった。


「こっ、こりゃぁッ!?」


「か、軽いべぇッ!」


「銀にしちゃあ軽過ぎるべッ!鉄なんかよりはるかに軽い!」


「ホ、ホントに軽銀ッ…!それもこんなに…」


 さすがはドワーフ、一目で軽銀である事を見抜いたようだ。


「お、おさァ…どうやって…。それに精錬したって…」


「へ、へへ…。や、役立たずの…軽石…みてえな…あのクズ鉱石いし…あれを…」


 鍛治の技術に長けたドワーフたちの感心したような声に俺は思わず声が洩れた。やったぜ、ビズル…お前はここドワーフの里のノロマでも間抜けでもねえ。今まで誰もなしえなかった軽銀の精錬…、俺たちがやってのけたんだからよ。


「俺と…ビズルがよ…、やったんだ。あいつとだか…ら、出来…たん…だ…。あいつと…じゃ…なかった…ら…」


 出来なかったろうよ…、そう言いたかったが言葉が続かねえ…。


「す、凄えべ!な、流れモンのおがこっだら事を成し遂げるだなんて…」


「オラたちの里から偉大な鍛治師が出ただべぇ!その名はゴンロン、おサァだべぇ!」


「うおおおっ!軽銀万歳!ゴンロン万歳!」


「酒だ、酒だァ!!やっただなァ、ゴンロンッ!!」


 ドワーフたちが口々に叫ぶ。


「ヘッ…」


 思わず鼻から笑いが抜けて出ていった。


「ば、馬鹿…やろ…う…。お、俺は…か…かまく…」


 鎌倉の刀鍛冶、五郎ごろうだ…。若え頃は…とにかく切れる刀ァ…作りたくて…、だがそんな…精魂込めて打った刀だが…人斬りに使われるのを…改めて考えたら…なんだか厭気いやけがさしちまって…。そんな中ァ…、知り合ったとある寺の坊主ぼうずの…話に感銘した俺は仏門に帰依する事にした。そして俺は…、入道して正宗せいしゅうと号す。坊主に言わせりゃあ…本物って意味らしい…なァ…。


「お、おいッ!ゴ、ゴンロンッ!ゴンロンッ、お…」


 ドワーフたちがなにやら遠くで叫んでいる。どうでも良いがよ…、俺の名ァくらい覚えろよ…この唐変木め…。…唐変木か…、相棒の…ツラァ…思い出す…。…俺も…いよいよ…ヤキが…回ったか…、全てがだるく話す事はおろか思い出すのもつらい…。


「……………」


 …まァ…良いか…ビズルよォ…、…俺も…お前ンとこ…行くぜ…。みんな…お前と一緒…だぜ、ひとの名前ひとつ…覚えやしねえ…。


「………ッ!………ッ!」


 目はもうとっくに…、耳も聞こえなく…なって…きた…。体の痛みも…だるさも…もう…感じられ…ねえ…。


………………。


………。


…。


 これはゲンタが令和の時代に異世界に渡るはるか昔の物語。後の世にその存在が疑問視さえされた伝説の刀鍛冶『五郎入道正宗ごろうにゅうどうまさむね』と呼ばれた男の転生記である。

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