閑話 〜 軽い銀 〜
「この輝き…、銀か…」
俺の呟きにビズルのヤツが口を挟んだ。
「しろかね?なんだべ、それ?」
「銀を知らねえのか?銀の事だ、銀の」
「はあ?銀って…銀貨とかの銀だべか?」
ビズルが間の抜けた声を出す。
「そうだ、それ以外に何があるってんだ?」
「これが?いやいや、そんな訳ある訳ねえんだべ」
何言ってんだとばかりにビズルがため息混じりに応じた。
「ゴンロン、お前もさっきコレを持ってみたべ。ひょっとして物忘れでもしたんだべか?」
「物忘れだァ?ビズル、この野郎!俺を年寄りとでも勘違いしてるんじゃねえのか!?」
「こりゃあ、さっきの茶色い鉱石だべ。木の横に打ち捨てられてた…アレに違いないべ」
「なんだと!?アレがコレだとぉ?冗談も顔だけにしとけ!」
「ホントだべ!ホレ、コレを手に取ってようく見てみるだ!」
そう言って相棒の奴が俺に小石ほどの大きさの石を渡してきた。その表面は銀色に輝いている。
「なんだあ?銀じゃねえか…。お、おおぉっ!?な、なんだ、やたら軽いじゃねえか?」
「そうだべ!銀だったらこんなに軽い訳ねえべ。それとその石の裏側を見てみるだ」
「裏?なんだ、裏側なんか見て…?な、なにィ!?」
銀色に輝く石の裏側を見た俺は思わず声を上げた、雨に降られる前にうち捨てられていたあの茶色の石くれ…。ただのつまらねえ軽石みてえなやつがとんでもねえ輝きの裏側にありやがったから…。
「し、信じられねえ…。おい、ビズル!この石、ホントに精錬なんて無理なのか?融かしても…」
「んだ…。だけど、なんでなんだべ?融かしてもこんな綺麗な地肌にはならねえ、だけんどこんなにもピカピカになるなんて…。それにこの銀みてえに輝いてんのに驚くほど軽い…。こ、こりゃあ軽銀ってヤツなんじゃあ…」
「けいぎん?なんだあ、そりゃあ?」
聞き慣れねえ言葉に俺は思わず髭もじゃの相棒に尋ねた。
「ん、ああ。軽銀ってのはその名の通り軽い銀って意味だべ。だけんど、軽いだけじゃないんだべ。銀ってのは魔除けの金属なんだべ」
「魔除けだあ?…ああ、なるほどな。俺の生まれ在所じゃお偉いさんの食いもんの毒味に銀の箸を使うって言うからな。毒が混じっていると先がビカビカ光るとか、色が黒く変わって分かるとか言うもんな」
「ハシ?ハシってなんだあ?」
「…ああ、ここのヤツらは知らなかったな。食器だよ、お前らが使うフォークみてえなモンだ。んで、けいぎん…だったな、その軽い銀ってヤツはどんな使い方をするんだ?」
「武具だべよ」
「武具?あんまり硬そうには思えねえが…」
「軽銀は悪霊を懲らしめてやれるだよ。鉄や鋼の武器じゃ悪霊は切っても切ってもスカスカと通り抜けちまうんだべ、だけんど銀だと切る事が出来るそうなんだべ。じゃあ銀で剣とか作れば…って話なんだべが銀は鉄よりはるかに重いべ。だからそんなんで剣を作ったら何回か振っただけですぐに息が上がっちまう」
「なるほど、そりゃそうだ」
「もっとも、銀は鉄と比べて柔らかいから普通の魔物とかに切りつけたらすぐに曲がっちまうから普段使いにはとてもできねえ。だから武器にしたって銀で作るなら悪霊除けに短剣程度の大きさ、防具なら薄い銀の鎖鎧ってトコだんべな」
「おいおい、そんな柔らかい銀を鎧になんかしても…」
「もちろん普段使いの戦用じゃねえべ。悪霊から身を守る為のお守りのような鎧だんべよ。もっとも、薄く作るから丈夫さなら革鎧の方がよっぽどマシなんだべ」
「だったら分厚く作れば…」
「正気だべか?鉄より重いんだべよ、そんなの着てたら動けなくなるだよ。それにそんな銀の鎧なんてどんだけ高い値が付くか…。だいたい、材料の銀を仕入れるだけでとんでもねえお金が要るだよ」
言われてみりゃあ…もっともだ。銀は高価なものだ、それを贅沢に使って分厚い鎧なんぞ作ったら金がかかるのは当たり前。それに重くて身動きが取れないんじゃ狙ってくれと言ってるようなもんだ。真っ先に狙われて殺された挙句に鎧を剥がされて終わりだ。なんたって銀の塊なんだがら奪ってしまえば大儲けだ。
「だが、この…けいぎん…ってヤツか?コレで鎧を作る事が出来たら…」
「んあ?」
俺の呟きにビズルのヤツが間の抜けた声を上げた。
「なあ、ビズルよう。このけいぎんってヤツは『銀と同じ働きをするがとても軽い』んだよな?」
「んだ」
「だったらよ、この茶色い鉱石からこの軽い銀を精錬して武具にする事が出来たなら…」
「あっ、銀では重くて動けねえから厚めの鎧が作れねえ。だけんど軽銀なら鉄よりも軽いからむしろ動きやすいべ!」
「その通りだ。それにそんな鎧があったら銀の鎧よりはるかに高値で売れるとは思わねえか?そうすりゃ今よりもたくさん酒が飲めるぜえ?」
「さ、酒ッ!」
「そうだ、酒だ。…だけど、まあ…どうすりゃこの軽い銀が手に入るのか…、その仕組みを考えていこうじゃねえか」
俺は酒と聞いてよだれを垂らしながらやる気を出した相棒を見ながら手に持った軽い銀のひとかけらと地べたに山と打ち捨てられた茶色い鉱石の山を見比べるのだった。