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閑話 〜 茶色い軽石 〜


「おう、あれが売れたか」


「あぁ〜、そうだべ。へへぇ〜、今夜はたくさん酒にありつけるべぇ」


 俺の名は五郎ごろう、なんだか知らねえが生まれ在所ざいしょの鎌倉で倒れたと思ったらよく分からねえトコに来ていた。そこを今夜の酒を夢に見て小躍りしている髭モジャのずんぐりむっくりな男…相棒のビズルのヤツに助けられたって話だ。


 その俺たちに一つの朗報が届いた。とある工房に置かせてもらっていた一振りの剣が売れたらしい。俺はどうにもここらの連中が剣を製造こさえる方法の鋳造ってのがどうにも肌に合わねえ。こちとら鎌倉でずっと鉄を鍛造たたいて製造こさえてきたんだ。他のやり方なんざ知りゃあしねえ。


「結構ふっかけた値段をつけてたんだがな。まあ、アレを買うとはたまには見る目のある客ってのもいるんだな」


 そうは言ったものの俺にとってはありがたい、なんせしばらくはコイツで食いつなげる。だが、ビズルの奴が渋い顔をしている。


「食いつなげるのは良いけんど材料になる鉄がもうえからよう、まずは製鉄をしねえと…」


「おう、そうだったなァ…。んじゃ、まずは材料集めからだな。まあ山に入るか」


「そうするべぇ!あっ、そうだ!最近、集落むらの奴らが言ってたんだけど変わった鉱石が見つかったんだと」


「変わった鉱石?なんだ、金とか銀を含んだ鉱石いしか?」


「うんにゃ、違うよう!なんか茶色くてスカスカの木材みてえに軽い小石みてえなモンらしいんだべ!それがコロコロと…」


「なんだと?軽くて茶色い?ハッ、おおかた軽石とかじゃねえのか?あの体をこすったりする…」


 俺は鎌倉にいた頃の習慣を思い出しながら言った。


「そっだらモンじゃねえ。オラたちはドワーフだ、ただの石コロと鉱石の違いなんてガキでも見分けられるべ!」


 ビズルが唾を飛ばしながら抗議する。


「そうだったな、それがドワーフ族…か」


 ドワーフ…、俺は鉄の事しか分からんがこいつらは他の金属にも達者だ。少なくともそのドワーフが金属と言うのだ、スカスカの木材ほどの重さとはにわかには信じられぬがまことの事なのだろう。


「ふうん。まあ、俺たちが欲しいのは良い鉄だ。その茶色いのなんてわざわざ探しに行くまでもあんめい」


「そんだなあ、集落むらの奴らもその茶色のを融かして使ってみようとしたんらしんだけど…」


「けど…?なんだ、どうしたんだ?」


「なんか融かして固めたのも茶色くて錆びたままだとか、もろいんだかで使うに使えねえらしいんだべ!」


「なんだそりゃ!?そんなのただのクズ鉱石じゃねえか!そんなのが小石みてえにコロコロと…、ってか?まだ兎とかイタチとかのフンのがマシじゃねえか。土に埋めてりゃ肥やしになるんだからよ」


「そりゃ…そんだけど…、よう…」


「まあ、良いじゃねえか。アレが売れた、日銭ひぜには入ったんだから今夜はしこたま飲むぞ。そんで明日からは脇目も振らずに鉄を打つぞ」


「おっ…、おおっ。そうすんべ、そうすんべ!」


 脆いモンなんて役には立たねえ、俺には黒い…そうさ、くろがねがありゃあ良いんだ。それを打つ、それが刀工たる俺の仕事ってモンだ。


………………。


………。


…。


 翌日、俺はいつものようにビズルと共に川底の砂をさらい砂鉄を集め、さらにたたら製鉄の為の木炭を集めるべく材料となる木材を調達に向かった。その帰り道、うず高く積もった茶色い石の山を見つけたのだった。


「はあん…、コイツがその茶色の鉱石ってぇヤツかい…」


 なるほど確かに茶色い石にしか見えないが金属独特の光沢がところどころにある、確かにこりゃあ何らかの鉱石だな。試しに持ってみるとびっくり仰天、鉄くらいの重さがあると身構えてみりゃあ…なんて事ない重さ…。軽い、軽すぎる、鉄の半分もえ。それが道端の一本杉のたもとに捨てられている。


「ああ、こりゃあ鉄鉱石を採取した坑道の出口からすぐに捨ててたモンだべなぁ」


「すぐに捨てた?」


 俺は鸚鵡返おうむがえしに相棒に聞いた。


「んだ。ホレ…」


 そう言ってビズルの奴は斜め上方を指差した、そこには少し離れた距離の所に岩山の肌がありポッカリと穴が空いている。


「ん…?なんだありゃ?」


「昔、使ってた金を掘る坑道の入り口だよう。もっとも鉱脈を掘り尽くしちまって今は誰も来ねえけんどよぉ」


「へえ…、そんであそこからこの茶色い石を投げ捨てたって事か?」


「そうだよう、金を採取る為に入ったのに邪魔なモンを手に入れたって仕方ねえんだよう。だから、坑道から出てすぐにポイって…」


「捨てたって事か」


 俺がそう言うとそうだとばかりにビズルは大きく頷いた。


「へっ…、まあ良いや。だが、俺も初めて目にしたが確かに変わった鉱石だ。それにずいぶんと軽い…、こんだけ茶色いのは錆びてるからか?しっかし、なんだこれは…鉄とは違った錆び方だが…」


 俺はハタ…と立ち止まった、金属に違いないなら何か鉄とは違った利用が出来ないかと…。しかし、腕の良い鍛治の集団であるドワーフの毛むくじゃらたちがこの茶色い鉱石を手に入れるやいなや投げ捨てている。…という事は何の役にも立たない金属なんだろうか?脆いとかすぐに錆びるとか、あるいは触るだけで体に有害であるとか…。


「この茶色の鉱石いしはよう…」


 俺が考えこんでいるとビズルが口を開いた。


「混ざりモンが多すぎるんだよう…」


「混ざり…物…?」


「そうだよう。鉄とかいろんなモンが含まれちまっていて…、だからただ融かしても脆かったりするんだよう」


「そう言う事か…」


 こりゃあ刀を作る時だって一緒だ。


「俺は金を扱った事がねえなら分からねえが鉄とか鋼なら分かる。刀ァ打つにしても質の悪い鋼を使ったんじゃとても良い物なんかできやしねえ、ナマクラが良いところだ。下手すりゃ簡単に折れちまう」


「んだ。だども、この茶色い鉱石いしはただ高熱にして融かしただけじゃダメなんだべ。とてもとても精錬したなんて言えないゴチャゴチャした混ざりモンの金属になっちまうんだべ!」


 なるほどな、不純物だらけの地金って事か…。俺がそう考えていると今まで温かだったのにいきなりピュウピュウと冷たい風が吹き始めた。アッと思い俺はビズルのヤツに声をかけた。


「走るぞ、どこか雨が凌げる所まで!」


「ああん、なんだぁ?雨ぇ?ポカポカ陽気のこんな良い天気なのに」


 呑気な声でビズルが応じた。


「こういう風が吹く時は急に空が荒れるんだ。俺ァ、こういうのによく遭ったんだ。西の箱根や丹沢の方から来る冷てえ風が吹いてくるとよぉひょうまで混じるひどい降りになるんだ!」


「ハコーネ?タンザー?なんだんべ、それ?美味いのか?」


「馬鹿っ!食いもんじゃねえ、ええい、走れっ!」


 俺は相棒を引っ張るようにして走り始めた、だがここは屋外だ。屋根だ、壁だのが有る訳ではない。


「あの坑道に逃げ込むべぇ!」


「ああ?坑道、さっきのか?」


「んだ、あそこなら雨は避けられるだ!」


 ビズルの言葉に従い俺たちは走る、なんとか岩肌むき出しの山を登り坑道に逃げ込むとゴロゴロという音までがし始めた。


「ひいっ、雷が来そうだべ…。そんだ…オラ忘れてただよ。この時期のこの辺は天気が変わりやすくなるんだって…」


「大丈夫だ、坑道の中なら問題ない。それよりそんな大事な事を忘れていやがって」


「へへへぇ…」


「褒めてねえぞ!」


 俺は呑気に愛想笑いしやがる相棒に吐き捨てる、もっともそんな様子を見て何を言っても無駄のような気がして俺は大きくため息を吐いた。


「…もういい。とりあえず…」


 そう言った時だった、目の前が真っ白になる。そしてわずかに遅れてとんでなくデカい音が響いた。


 ずどおおおーん!!ばりばりばりぃー!!


 そして後からどてっ腹にビリビリと来る身体に突き刺さってくるような衝撃が来る。


「ひいいいーッ!か、雷ぃッ!」


「落ち着けッ!」


 慌てふためく相棒に俺は声をかけた、コイツは腕力うでっぷしも強いし体も頑丈なクセして気が弱いところがある。坑道の入り口から首だけ出して外を見回してみればあれだけ明るかった空が今は真っ黒な雲に覆われて時折ピカピカと光っている。


 ぼたっ…!ぼたっ…、ぼたっ…!!ぼたぼたぼたっ!!!ざああああああっっっ!!


 まるで台風みてえな激しい雨が辺りを打ちつける、こりゃあ外にいたら三つ数えている間にずぶ濡れになるようなひどい降りだ。こりゃあ手も足も出ねえ、首を引っ込めて大人しく縮こまった亀みてえに俺たちもまた坑道に引きこもってこの雨をやり過ごした。


……………。


………。


…。


 天候が回復すると相棒がいつものように呑気な声で呟いた。


「ああ、ひでえ降りだったべぇ…」


 半刻はんとき(約一時間)ばかりしてようやく雨は止んだ、来る時もいきなりだったが同じように去る時もまたサッと黒い雲はウソのように消えちまった。


「この雨のせいでまきの調達が遅れが出るぜ…」


 呑気な相棒と違ってこっちはため息しか出ねえ。


「まあまあ、互いに怪我も無えし濡れずにもすんだ。とりあえず山を下りるべ」


「ああ…」


 そんなやりとりをしながら山を下りるとそこには落雷によって幹が避けた一本杉があった。


「うお…、あんだけの雨が当たってるのにまだ少しくすぶってやがる…。どれだけ激しく燃えていたんだ…」


 辺りはこの一本杉が燃えたせいか焦げ臭いにおいが漂っており、避けた木の肌からはまだ煙を上げている部分もある。俺が雷が落ちて焼けた一本杉の姿を見て唸っているとビズルのヤツが口を開いた。


「こりゃあ…」


 見れば一本杉のかたわらに打ち捨てられていた粗悪な茶色い鉱石を拾い上げている。


「何やってんだ。そんな使いモンにもならねえ鉱石いしなんざ広い上げて…」


 俺がそう声をかけるとヤツは振り向いた。


「見てくんろ…、これ…」


「ああ?なんだあ、茶色い鉱石なんざァ…。…ううっ!?こ、こりゃあ…しろかねか…?」


 ヤツが持っている物を見て俺は驚きの声を上げた、なぜならそこには美しく輝く白い金属の地肌をのぞかせる石の姿があったのだった。





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