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閑話 〜 魔力無しの二人 〜


 新品のまっすぐな剣が飾られている。そこには小剣ショートソードから長剣ロングソード、両手で扱う大剣グレートソードまでおよそあらゆる剣と呼ばれる物が並べられている。


「ふむう…。この鉄剣てっけん、良い出来だ。これを百振り、すぐに用意できるか?」


 ここはドワーフの里にある剣を中心に製造する工房兼店舗、つまりは自家生産品を売る店…といったところだろうか。


 その工房兼店舗には一人の来客があった、人族の男である。整った身なりと無駄の無い動き、そこから彼がたまたま剣を買いに来た凡百の冒険者ではなく、同時にドワーフの里で製造された剣を大量に購入しどこぞに転売りに行こうとしている利益目的のただの商人でない事も分かる。その男が陳列された剣の中のひと振りを指差して店の主に問いかけているのだ。


 男はとある王国に新設される戦士団の長を務める事になった者であった。腕一本…それだけを頼りに死線をを彷徨さまよい、いくつもの武勲を上げその要職を得たのである。


 その仕事始めが部下となる戦士団の兵装の調達であった。これまではあくまで戦時の傭兵団として王家にくみしていたが、このたび正規の兵として召し抱えられる事となった。それゆえの統一した兵装が求められたのである。


「持っている武器がバラバラじゃあ統一感が無いからな、だから寸分違わぬ剣が欲しい。もっとも…、全員が主武器として使っているのはてんでバラバラだ。槍使いがいりゃ戦斧使い、飛び道具を好むのもいるし慣れた武器を手放そうなんて考えの無いヤツらだ。だからせめて剣を統一しようと思ってな」


 使者の言に応じドワーフの職人が応じた。


「へえ、そうなのかい。その剣なら在庫としてざっと五十ならある。あと三日待ってくれれば残り五十も用意出来るわい。もちろんつかから鞘(鞘)まで揃いじゃ。全く同じ見た目じゃぞ」


「三日!?本当か!そんなに早く出来てしまうのか!五十振りだぞ、それも形を揃えての…」


「カッカッカッ!!ワシらを誰だと思うておる!ドワーフ族の鍛治技術ワザなら可能じゃわい!」


 客の男の驚きをドワーフは高笑いして受け止めた、容易たやすい事だと言わんばかりに。


「信じられん、人間の鍛冶屋ならざっと二ヶ月…いや1ヶ月半はかかろうものだが…。なるほど、それがドワーフの技術というものか。うむ…、実に良い。それに刀身はもちろん鞘まで揃えての三日だと言うならまさに望むところというもの…」


「なら、この取引は成立という事で良いかの?」


「うむ。だが、急ぎの仕事だ。ワシだけでなく、まだヒヨッ子の連中も駆り出して作るが良いか?もちろん形がバラバラなんていうハンパな仕事はせん、キチッとやらせてもらう」


「それで構わん。価格は剣一振りにつき金貨一枚、それを百振り…良いな?」


「おう、それで。こちらとしちゃあ有難いぜ!まだ若手やヒヨッ子なんかにもそれだけ出してくれるってのは破格の条件だ」


「では、三日後に…。こちらもそれまでこの里の宿に逗留とうりゅうする事にしよう」


「分かった、何かあったら使いを走らせる。…おおい、仕事だぞぅ!!」


 ドワーフの店主が奥に向かって声を上げた、そこに若そうなドワーフが走ってくる。注文された剣に向けて指を差し指示を出す。


「そこの剣…、そうそれだ。それをあと五十振り作らせろ。そこにある姿、そっくりそのまま双子みてえに同じ姿ど作るんだ。よし、行けっ!」


 若いドワーフは了解した旨の返事をすると注文された剣を抱えて奥に走った。五十振り、仕事が入りましたと大きな声を上げている。他の職人たちに主人の指示を知らせているのだろう。それを見届けて客の男が口を開いた。


「任せたぞ。あとは…そうだな。せっかくドワーフの里に来たのだ、この店に並ぶ他の剣も後学の為に見させてもらうとしよう」


「構わんぞい。ワシらの技術をたっぷりと見て行ってくれや」


 そう言うと主人は客の男に好きにして構わないと伝えた。すると客の男は量産されている剣とは別の量産をしていない…、いわゆる一品物の剣を見始めた。男は剣に詳しいのかしきりにドワーフの鍛治技術の高さに唸りの声を上げている。


「どれもこれも素晴らしいの一言だ。まったく目移りして困るよ」


 そんな声を洩らしていた男が様々な剣を展示している棚の一番端にある一振りに目を留めた。


「これは…」


 それは幅広な刀身を持つ一振りの剣であった。


「客人、その剣が気になるのかい?」


 いつの間にか主人が客の男の近くにやってきて声ををかけていた。男は主人の接近に全く気が付いてはいなかった事を今更ながらに実感する、それほどまでにこの剣に見惚みとれていたのだろう。


「あ、ああ…」


 戸惑いながら一言の返事を返すのが精一杯であった。おのが剣で身を立ててきた、腕には自信がある。その自分が気付かぬうちに他者の接近を許していた。気配を消す事にけた手練てだれの暗殺者ならいざ知らず、接近していたのは気配を隠そうともしていなかった武器工房の職人だ。


「変わってるだろう、その剣。なんでも切れ味を追求してるんだとさ」


「切れ味…」


 主人の言葉に男は呟き改めて眼前の剣を見る。


 それは独特の優美さを持つ剣であった。根本から切先に向かうにつれ少しずつ身幅みはばの広さを増していく。そしてその幅広さが最大になった所から切先にかけてきゅっとすぼまっていき頂点となる切先へと至る。美術品としてもこの剣は相当な価値になる事は容易に想像がつく、男の目は再びその剣に釘付けになった。


 鍛え上げられた刀身の地肌はわずかに青みがかり、切れ味鋭いという刃を見れば波打ったような筋を持つ輝きも見える。日本刀に詳しい者が見れば刃紋と分かるそれが妖艶さすら感じる程に二つの目に飛び込んでくる。


「凄いモンだろう、ワシでさえ思わずブルッちまう。なんて言うか…、凄みがあらあな。だけど驚くなかれ、コイツを打ったのは魔力無しの二人だ」


「なんだと?魔力が無い、だと…。魔盲まもう(魔力が無い者という意味)ではないか…」


 実の所、魔力の有無が鍛治技術にどう関わってくるのかはいまだ詳しく解明はされてはいない。しかしこの世界において多い少ないの差はあるにしてもほぼ全ての者が魔力を有している。それは客の男のように魔法を使う事が出来ず剣一本で生き抜いてきたような者にも同様であった。


 ただ、この工房の主人あるじであるドワーフは大量生産をするには魔力が必要と考えている。大量の鉄を一気に融かし、その品質を良質な物とする…奇しくもその考えは正解であった。大地の種族たみたるドワーフの特性か、無意識的に魔力が鍛治技術に活かされていたのだ。


 客の男が注文した百振りの剣、その製造方法は鋳造ちゅうぞうである。客の男が注文した百振りの剣もまた大量生産品の鋳造された剣だ。だが、それが他所よその剣と違うのはやはりドワーフの鍛治が作った物だという事だろう。ドワーフ以外の種族が作った物は鉄の材質そのものが粗悪だったりして思わぬ時にポキリといく事さえある。この異世界では高温で融かした鉄を鋳型いがたに流し込み、冷えて固まった物のケバを取り仕上げる、日本刀のように何度も折り返し打ち上げる製造法…鍛造たんぞうとは異なるのだ。


 もっともわざわざ手間をかけ鍛造をしなくても鉄鉱石も石炭も豊富にある、折れたら新しい剣と取り替えれば良いという考えもまたある。百人を切れる剣よりも、五人切れる剣が十本の方が良いという考えだ。大量生産できるからこそ大量消費ができるとも言えるだろう。


「これは…いくらだ?」


 客の男が主人に問う。


「おっ、買うのかい?だが、ちいとばかし値が張るぜ。何しろ一振りこさえるのに一ヶ月はかかるんだから…」


 そう言ってドワーフの主人は男にその剣の値を伝える。それはゴンロンとビズル、二人の飯代と酒代に消えるものであった。


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