閑話 〜 ゴンロン ドワーフ鍛治技術中興の祖 〜
ずいぶんと『ずんぐりむっくり』としている。
小川の水を手でひと掬いして顔を洗った後、水面に映った自分の姿を見て感じた印象だ。それに加えて頬から顎、口元にかけての髭の濃さときたら…。
鎌倉を在所にしていた頃、俺は容貌怪異とよく言われたものだがここではそれを言われない、なぜなら…。
「おう、ビズル!遅えぞ!」
俺は遅れてやってきた相槌を打つ鍛治仲間の相棒に声をかけた。コイツは俺よりずんぐりむっくり、さらには山猿かっ手いうくらいに髭が濃い。コイツと比べりゃ俺なんかの髭なんて産毛みたいなもんだ。
そんなビズルだが俺より背が低いクセして滅法腕っぷしが強い。自分の背丈を超えるような大槌を苦もなくヒュンヒュンと軽く振るいやがる、いわゆる馬鹿力ってのが自慢の男。
「んあ〜?悪い悪い、オラ昨晩はしこたま飲んじまって…」
ドワーフって衆は酒に意地汚くていけねえ、何度思ったかしれねえ感想が今日もまた頭に浮かんでくる。コイツらは山とか谷、あるいは洞窟に住処を作る。鉄鉱石とそれを沸かす為の石炭とかぬかす黒い石が採れる所だ、それを使うと簡単に鉄が融けていきやがる。そしてそのぶっとい指だがこいつがなかなかに器用に動く、それが木でも鉄でも岩石でもあっさりと加工をしていっちまう。生まれながらの技術者集団、それがドワーフだ。幸いな事に俺はこのドワーフとやらに姿が似ていた、おかげで余所者のはぐれドワーフだと思われたようだ。
世の中、何が幸いするか分からねえモンだ。こちとら身寄りも頼るモンもねえ天涯孤独の身の上だが、俺の持ってた作刀の技術と共に俺はとあるドワーフに受け入れられたのだった。
もっとも大きな声じゃ言えねえが俺は鎌倉ってトコから来た刀鍛冶だ、親のない孤児だったが鍛冶屋の親方に拾われて小僧の頃から下働き。いつの間にか自分の鍛冶場を開き、十人ばかし弟子も育てた。そんな折、なんだか偉え御方の陣太刀を作れって話が来たから俺は一月余り鍛冶場に篭った。そして寝食も忘れ刀を打った。そりゃあそうだろう、なぜなら条件が破格だった。
材料やら道具はなんでもかんでも金に糸目は付けねえ…、酒も好きなだけ飲んで良い…ただし俺自身が満足行く刀を打て…ときたモンだ。
俺は震えたね、喜びでよう。だから必死で打った、そして休む時は気の済むまで休んだ。水の代わりに酒を喰らう、喉は潤い腹の中までキューッと染み込んでいきやがる。なんてったって酒は濁酒、仕込みの飯粒がまだ形を成して残っていやがる。コイツを喰らわば腹は膨れて酔いも回るときたもんだ。こんな極楽、他にはねえ。
そんな良い気持ちで刀を打ち始めて三十一日目、出来上がった刀を研師に出そうと家を出たらバッタリだ。心臓のあたりがグゥーッと握りつぶされるような心持ち、せっかく出来上がりが楽しみな太刀があるってのに俺の命運もここまでかいと天に唾したくなったっけ。んで、気付いたらここにいたって寸法よ。
「生えてる木、ひとつとったって鎌倉にゃあねえモンばっかりだ。いや、箱根の山にも相州(旧国名、相模国の事)をぐるっと探してもこんなのは見つからねえに違いない。そもそもこんな毛むくじゃら、見た事なんかねえ」
俺はビズルのヤツを見ながらそう言った。
「んあ?なんか言ったかぁ、ゴンロン?」
ビズルのヤツが間の抜けた声をかけてきやがる。
「違うだろ、俺の名は五郎だ」
「そうだったかあ?それ、いつからだぁ?」
「馬鹿野郎!いつから、じゃねえ!最初からだ!そんなに名がコロコロ変わってたまるか!!」
「あ〜」
分かっているんだか分かっていないんだかどちらにもとれそうな返事をしてビズルのヤツが応じた。なんにせよコイツと話をするのは疲れる。
「ああ、もういい!さっさと採取に行くぞ、鉄を仕入れてこきゃ俺たゃあ仕事にならねえ!」
「そうかあ?石でも木でも採って加工すりゃ売れるんじゃねえかぁ〜?」
「そりゃあお前の話だろうが!?俺は鉄を打つ以外にゃ出来ねえんだからよ!さっさと行くぞ、この唐変木!」
そう言って俺は鍛冶をする為、まずは材料となる鉄を採りに出かけたのである。
「ん〜、なんだあ。そのトウヘンボクってなあ…?」
後ろにのんびりとした言葉を吐いている相棒を連れて…。
□
「こんなもんか」
俺は半日かけて川砂を集めていた。山あいの川、そのまっすぐな流れの中央部に位置する一番流れの速い所だ。岩場の間を縫うように流れるこの川は上流の岩を削り、その破片たる砂を底に溜める。その溜まった砂の上っ面、比重の軽い金属を含まない砂を洗い流してくれている。当然、比重の重い鉄をたっぷり含んでいる砂は押し流されにくいので川底に溜まっていく。自然の力が長年かけて集めてくれた良質な砂鉄を俺は集めているという訳だ。
「おぉ〜い!おぉ〜い!」
俺が十分な量の砂鉄を集め一休みしていると相棒の声が聞こえてくる。鉄を融解かす為の燃料となるセキタンというやつを採取してきたのだ。
「おう、来たか!砂が乾いたら早速鉄を取り出すぞ。腹ごしらえと野営の支度だ」
「分かったぁ!」
ビズルがドスンと音を立てて麻や獣皮を何重にも縫い合わせた丈夫な背負い袋を地面に置いた。ちょっとした神輿くらいある重くどデカい荷物を担いでくるんだからこのドワーフ族の怪力や頑丈さにゃあ驚くばかりだ。
「火ィだけは着火けとかねえとな、炉の温度はすぐにゃあ上がらねえ」
そう言って俺は手近な枯れ草と木炭を使って火を熾し、ビズルが運んできた石炭に火を移していく。
「見りゃあ見るほど変わった構造の炉だなぁ。普通はオラたちの炉っつったら…」
干し肉を齧り、湯を飲みながら話すビズルが俺のこさえた『たたら』の形に首を傾げながら話している。ビズルたちドワーフの常識では鉄を融解かすには真四角の穴に石炭を敷き詰め鉄鉱石を投げ込みそれで融解かすのだ。
「俺からすりゃあ、ここらの鉄の手に入れ方がどうかしている。俺の生まれ在所じゃこんなセキタンなんて燃える石は無かった。だから薪炭(薪や炭の事、木材由来の燃料)を使って鉄を融解かしていたんだ」
「んあ、そんなんじゃ鉱石から鉄は採れねえよう。やっと赤くなるかどうかだべえ!」
「ああ、だから鉄を含む細かい砂鉄を使って三日三晩かけて鉄を得るんだ」
「長えよう、そんなの」
「俺からすりゃあこのセキタンってのが出鱈目だ。だが、すぐに鉄が出来るのは良い。一晩で終わるからな、お前の目…アテにしてんだからよ」
「分かったぁ」
「よし、最初に採った砂鉄が乾いたな。じゃあコイツから始める、炉の火加減はお前に任せる。俺は砂鉄の加減と風の吹き込みをやる」
そう言って俺は干し肉を口に咥えながらサラサラと砂鉄を炉に入れ始める。ビズルはセキタンの燃え具合…、中の温度に注視し始めた。
「良い鉄…、それが無けりゃあ始まらねえ。元来、鍛冶ってなァそういうモンだ。それに俺もお前も魔力ってヤツは皆無だ。だから魔力を込めての鍛冶は出来ねえ。その分、良い鉄に良い鍛冶をしなきゃ客に見てもらえるような武器は出来ゃあしねえ。だがなァ…、なんでここにゃあ太刀を作刀る奴がいないかねェ…。皆、まっすぐな剣だけを作りやがる…」
山あいを抜ける風に俺の呟きが散らされていく。天気は晴れ、屋外での製鉄には何の支障もなさそうだ。
………………。
………。
…。
これはかつて異世界に来た一人の日本人鍛治師の話。
前世は日本で生まれ今世は違う世界で目を覚まし、後にドワーフが誇る幾多の鍛治名人にも決して引けを取らなかった男ゴンロン…。後にドワーフ鍛治技術中興の祖と語られる人物の話。
坊やと渾名されるゲンタという青年が現れる数百年も前の話である。