第464話 これぞ、直球メシ!(5) 〜 そして生でいただきます 〜
「聞いた事がある方もいるかも知れませんが…」
僕は実演販売を再開した。
「今度の卵を食べる料理は『らめえぇぇ!!ん』です!」
そう言って僕はすぐさま美味しい、超美味しいで有名なインスタントラーメンを取り出した。初めて見た人が多いせいか『アレはなんだ?』という声がチラホラ聞こえてくる。
「ホムラ、セラ、お湯をお願い!」
二人の精霊が能力を使うと空中にフワフワと水の球が浮かんだ。しかし、普通の水とは違いその球はブクブクと沸騰をしている。水の球ならぬお湯の球である。そこに鶏の出汁が効いた醤油味ベースの丸鳥ラーメンを投入、そしてもうひとつ…あらかじめ用意していたものをトングで掴み宙に浮いたお湯の球の中で似ているラーメンに添えるように投入した。
「茹でた卵か!?」
観衆から声がかかった、僕はその声に応じる。
「はい、そうです。ちなみにしっかり中まで火が通った固茹で卵です。ロビンマさんはこの茹で具合が良いんですよね?」
「ウム、私はやはり卵はしっかり火を通すべきものだと考えているのでそうしてくれるとありがたい」
三人の犬獣人族の中で一番歳上でもあるロビンマさんはしっかり火が通ったものが良いとあらかじめリクエストを受けていた。残る二人の犬獣人族のうち、テリーマさんはそこまで火を通さなくても良いとの話を受けていたので空中に浮くお湯の球の中でラーメンを煮始めると同時に卵を割って投入した。
「テリーマさんはそこまで固くなくても良いとの事だったので…。これなら出来上がる頃には半熟で仕上がります。さて、ラメンマさんは…」
そう言って僕は百円ショップで購入してきたラーメン用の丼を用意、そこに袋から取り出したラーメンを入れた。さらにラーメンの上に乗せるようにそっと卵を割り入れた。
「あ、あれ?何してるんだ?あの『らめえぇぇ!!ん』とやらを焼いたり、煮たりもしないで…」
「そのまま食えと言うのか…?」
見守る蛇獣人族の皆さんから次々と疑問の声が上がる。それも少々非難めいた雰囲気だ、それに僕は元気な声で応じる。
「いえいえ、生のままでとは申しません!この『らめえぇぇ!!ん』は…、こうやって食べるんですっ!ホムラッ、セラッ!」
僕の呼びかけに応じ二人の精霊が頷きその手をかざす。すると次の瞬間、インスタントラーメンと卵が入った丼に薬缶からそうするようにお湯が注がれた。十分な量が注がれたのを確認すると僕はこれまた百円ショップで購入した丼の口径とピッタリ同じ、ラバー製の蓋をはめ込んだ。これで中の熱が逃げにくくなる。それと同時に僕は中に青い砂が入った時間にして三分を計れる小さな砂時計を台に置いた。
「この砂が全て落ちた時、中身は十分に熱が通ります。しかし、それより早く開けて食べても問題ありません。その際はより歯応えがあり、熱を通したものよりもなめらかな食感の卵が味わえます。ラメンマさん、お好きなタイミングでどうぞ」
僕がそう言うとラメンマさんは砂時計の砂がおよそ三分の一が落ちたあたりで丼の蓋を外した。
「ええっ!?まだそんなに時間が経っていないのに!」
見たいた人々が叫んだ。
「俺は坊やの言う事を信じる、生で食べても問題ないとい上卵…。そのなめらかな風味というのを味わってみたい、しかもそれが『らめえぇぇ!!ん』と共にというなら尚更だ」
そう言うとラメンマさんはいまや冒険者の必須アイテムとなった先割れスプーンを取り出し、地球で僕らがフォークを使ってパスタを食べる要領でインスタントラーメンを食べようとする。同時にロビンマさん、テリーマさん、二人のラーメンも煮上がったようで丼に配膳されたそれを食べる体勢に入っている。そして三人揃って食べ始め、開口一番『美味いッ!』と声がハモった。さらに生に近い卵の食味に感動したのかラメンマさんの言葉が続く。
「こ、これは…。この『らめえぇぇ!!ん』の味はもとより、からみつくまだあまり固まっていないこの卵の風味たるや言葉に出来ん!だが、どんな料理に対しても受けて立つ…それがこのラメンマの流儀よ!」
あれ?なんだろう、ラメンマさんが無駄にキリッとして言っているぞ…。そんなラメンマさんだが食べるスピードはまさに神速である。『ずぞぞぞぞっ!!』と音を立てラーメンを啜っている、ここ異世界では地球でいうところのフランス料理などと一緒で音を立てて食べるのは禁忌だ。当然食べ方としても啜るのは本来ならこの異世界広しといえども誰もやっていない。
だが、日本人の僕からすれば麺を啜るのは日常的な行為だ。そんな僕がラーメンを食べていたところ、あまりに美味しそうに食べているように見えたのかラメンマさんも僕の食べ方を真似するようになったのだ。…先割れスプーンを使って…。
蛇獣人族の皆さんはそんなラメンマさんを…、そして啜ってこそいないものの美味そうにラーメンを食べているロビンマさんとテリーマさんを固唾を飲んで見守っている。…特にそれぞれが好む固さになっている卵に熱視線だ。…よし、ここでダメ押しといきますか!
「さてさて、皆様!ここまで様々な火の通り具合の卵をご覧いただいたと思います。そこで最後に僕の一番好きな食べ方を…、同時にこの卵の安全性をお伝えできたらと思います」
そう言いながら僕は飯盛り丼にご飯を盛った、そこに卵を割って落とした。そこに卵かけご飯専用醤油をかけた。
「この白いのは米と言いまして、麦の亜種みたいなものです。この辺りより雨が多く降る地域で麦に代わって作られる穀物ですね。冒険者が食べている事でご存知の方がいるかも知れませんね、カレーライスという料理…それに使われている白い穀物、それがこの米です。さて、この米の上に乗せた卵…僕はその安全性を皆様に示す為に火を通さずこのまま生で食べちゃおうと思います!」
「えええー!?」
「きゃあーっ!!」
「やめろやめろ!」
「腹を壊すぞ!」
観衆が次々と悲鳴を上げる、だが僕はそれに笑顔で応じる。
「僕は先程言いました、この卵は生で食べても大丈夫です…と。そこで少しも加熱調理しないまったくの生の卵を皆様の目の前で食べてご覧に入れます」
ぱくっ!もぐもぐ、ごくんっ!
注目が集まる中、僕は一口食べてみせる。
「むほほーっ!!この卵の力強い旨味ッ、これが卵が持つ命そのものの深い味わいなのか!さらには噛み締めるほど甘味がッ、米の持つ甘みが広がるッ!ジワジワ、ジワジワ、広がって…!押してきよるッ、この口の中では収まり切らぬほどッ!」
僕は若干大袈裟に食べた感想を語ってみせた。今日は僕も観衆の前で食レポしながら販売する、そう決めてから僕は話す内容を事前に考えていたのだ。様々な漫画などから人を惹きつけそうな文言を…。
「クゥクゥクゥ…、キィキィキィ…、コォコォコォ…。お…、押してきよるッ!旨味がッ、この僕の口からほとばしり出てしまいそうなほどにッ!これはもうっ、かっこんで一気に食べるしか無わぁいッ!!」
そう言って僕はガッパガッパと卵かけご飯を一気にかっ喰らった。
「ふうっ!美味しかった!これぞまさに卵本来の味ッ!皆さん、もし良かったらこの卵かけご飯にもチャレンジしませんか!?今日はまだ無理かも知れませんが、いつかはこの卵の安全性を分かっていただけると思います。その時は是非!」
僕がそう言うと中には自分も食べてみようかと呟く人が少しは現れた。しかし、積極的な否定こそしないもののやはり卵の生食には根強い恐怖感があるようだ。まあ、今日は無理でもいつかは…、僕がそう思った時だった。
「では、私がその白い穀物と卵を生で食べるのを試みてみましょう」
「あ、あなたはっ!?」
名乗り出たのはまさかの神殿の巫女であるヴァティさん。
「み、巫女様ッ!おやめ下されいっ!」
そんなヴァティさんを年配の人ほど必死になって止めようとする。そりゃそうだよな、ヴァティさんは蛇獣人族の中でもリーダー的というか重要人物だ。当然、その安全に気をつけようと思う人も多い。
「私はヴァシュヌ神にこの卵は生で食べても安全であると神託を受けています。ましてや現世神様は目の前で生の卵を食べ平然としております。皆の前で生の卵を食して見せた現世神様、そしてお伺いしたこの卵の安全性…その真偽については…」
あっ、ヴァティさんが卵の安全性について援護射撃をしてくれている。ならここは僕がその安全性についてしっかり主張しなきゃ。…よし、言うぞ!あの女性社長さんのテレビCMの真似をして…。
「私が…」
「私が…」
先日も言った『私が証明です』、それを言おうとした時…僕とヴァティさんの声がハモった。思わず彼女の方を見てみるとヴァティさんもまたこちらを見ていた。その目が物語っている、もう一度しっかりと言えと…。それならと僕は腹を括った、そして口を開く。するとヴァティさんもまた全く同じタイミングで口を開いていた。
「「私が証明です!」」