第463話 これぞ、直球メシ!(4) 〜 焼き加減はレアからウェルダンまで 〜
「奥さん、パン屋です」
「「「「…………………」」」」
しばしの沈黙が起こった。なんて言うか…とりあえず言ってみた、そんな感じである。…なんでこんな言い回しを始めてしまったのだろう、今はちょっと後悔している。しかし、ワンテンポ遅れて反応が返ってきた。
「「「「きゃあ〜」」」」
失礼、二十年とか三十年前なら黄色い声といった感じだったのかも知れないが今となってはすっかり茶色くなってしまった声がいくつも上がった。
「「「「いやらしいわぁ〜」」」」
奥様方は口ではそう言いながら笑いながら応じている。なんだかんだ言いながらもこういうのがお嫌いではないようだ。つかみが空振りにならずに済んだので僕は勢いそのままにいわゆる実演販売へと舵を切った。
「さて、本日はご依頼いただきまして卵を持って参りました。これです!」
小さな手提げ籠の中に布を敷いてそこに卵を十個ほど、それを集まった皆さんに見せると彼らは一様に『おおおっ!!』とどよめいた。
「な、なんて白い卵なのっ!?」
主婦の一人の呟きが聞こえた。そうか、この異世界の卵を一度見た事があるけど濃い肌色というか、茶色かったりする。だから白い卵って多分珍しいんだ。
「白い塩、白いパン…。今度はきっと…、きっと白い卵なのよ!!」
そう言えば僕は塩を売ったりした時、その白さに驚かれたっけ…。もしかすると今後は『白』というのを僕のイメージカラーにしていったら良いかも知れないな。
「はい、白い卵です。さて、それではどんな料理をご用意するかと言いますと…」
僕がそう言うと聴衆はグッと身を前に乗り出した。
「目玉焼きです、それでは実際に作っていきましょう。そしてその味を紹介してもらうのはこちら!!」
ザッ…。
現れたのは二人の戦士、板金鎧に身を固めたナジナさんとウォズマさんである。
「みなさん、ご存知!二つ名持ちの戦士ナジナさんとウォズマさんです。皆さんにはどんな料理が出来上がるのかご覧いただき、そしてこちらのお二人に食べた感想を聞いてもらいますのでよろしくどうぞ!」
そう言うと僕は早速鉄板に油を引いた、そして卵を一つ割って鉄板に落とした。
しゃあああっ!!
油がよく染みた鉄板が生の卵を焼き始めた甲高い音が響いた。その卵を焼いている横、油を引いていない部分に僕は食パンを二枚乗せて軽く焼き始める。
「おおっ!なんだ、あの料理の仕方はッ!?」
ふふっ、驚いてる、驚いてる。ここ異世界では油は貴重品だ、ましてや食用にもなるのはさらに貴重、だから一般的にはあまり調理には使われない。そんな風に思いながらも僕はなんでもないような顔をして気軽に声をかけた。
「ナジナさん、焼き具合はどうします?」
「おう、そうだな!固めに焼いてくれ!」
「分かりました、では!」
底面がしっかり焼き上がった目玉焼き、僕はフライ返しを二刀流にして持ち丁寧にひっくり返した。
じゅううう〜っ!!
両面焼き(ターンオーバー)…、目玉焼きにしっかり火を通す焼き方だ。日本ではあまり聞かないけど、海外なんかだとこの焼き方がメジャーらしい。そして火が通っていく卵の様子を見ながら僕は食パンをひっくり返した、こちらも両面焼きにしていく。
「そろそろ良いかな…」
再びひっくり返してみるとしっかりと焼けて半熟部分が全く無い事が確認出来た。僕は同じく良い感じの焼き目が付いた食パンを平皿に乗せ、そこに出来立てアツアツ目玉焼きをパンの上に盛りもう一枚のパンで挟んだ。さしずめ目玉焼きサンドといったところか。
「味付けは塩で良いですか?」
「ああ、それと胡椒も頼むぜ。兄ちゃん!」
「はい、じゃあまずは塩っ!」
僕は親指に人差し指、そして中指をプラスした三本指で塩をひとつまみして高めの位置から目玉焼きに振りかける。さらに粗挽きの胡椒の瓶を手に取って『お次は胡椒ですよ』と宣言した。そんな僕とナジナさんがしている何気ないやりとりに聴衆が沸いた。
「こ、胡椒だって!?」
「なんつー贅沢な…!同じ大きさの琥珀金と同価値と言われるほどの胡椒を!」
「か、かけるのッ?かけちゃうの?良いの?そんな贅沢な!?」
様子を見守る人々から声が上がった。
「胡椒をかけて良いかって?そう、良〜んです!」
わざとらしいくらいのドヤ顔を決めながら僕は粗挽き胡椒をパッと一振り、その黒い粒が舞った時に観衆はドッと沸いた。
「か、か、か、かけちゃったァ!!」
「あの一振りでいくらするのォ!?」
悲鳴にも似た歓声、胡椒を振った目玉焼きサンドに人々の目は釘付けだ。
「はい、ナジナさんどうぞ!食べてみての感想もよろしくお願いします」
「おうっ!任せとけ!」
そう言うとナジナさんは大きく口を開けてかぶりついた。
「うほーッ!こりゃあ良いぜ!サクッと前歯に当たる焼いたパンの香ばしさッ、しっかり焼いた卵の食感ッ!そこにしっかりした塩味とピリッと締める胡椒の風味…。へへっ、こりゃあ卵を食ってるって感じがするぜぇっ!!」
ごくり…、ナジナさんが発したコメントに観衆の誰かが鳴らした唾を飲み込む音が響いた。ちなみにその間に僕は二つ目の卵を焼きにかかっている。もちろんパンも忘れすに…。
「次はウォズマさん。焼き加減、どうします?」
「そうだね…。じゃあオレは片面だけを焼いた色鮮やかなヤツを…、蒸し焼きで」
金髪イケメン戦士、ウォズマさんが爽やかに応じた。ちなみにこれは事前に焼き加減について打ち合わせは済ませてある、言わば台本通り…。
「はい。片面焼、蒸し焼きで一丁!」
「か、片面焼き?それじゃあ中にしっかり火を通すには下側が焦げついちまうじゃないかっ!」
「だが、蒸し焼きって言ってたぞ?どんな料理なんだあ?」
そんな声に応じるように僕は鉄板に触れて焼き固まってきた目玉焼きのすぐ横に水をひと差し、そして中身がよく見えるガラス製の蓋で卵を覆った。すぐにガラス蓋の内側が湯気で曇り始める。
「曇(くぅ〜もぉ)り硝子を〜♪…って感じでしばし待って、ハイッ!上手に焼けましたぁ!」
ガラス蓋を取り除くとモワッと湯気が立ち上り、そしてらすぐに消えた。後に残ったのは表面がツヤツヤに仕上がった目玉焼きが一つ…。それを軽く焼き目を付けたパンに乗せた。
「味付けはどうします?」
「そうだね…、ではソイで…」
ウォズマさんの返答に観衆が疑問を口にする。
「ソイ?」
「なんだ?ソイってのは?」
ふふふ、そうでしょうそうでしょう。初耳でしょうねえ、だってコレ…醤油だもの。和食に使う物だ、異世界には当然無いでしょうね。
「じゃーん!!これです!」
僕は醤油差しを取り出して観衆によく見えるように掲げてみせた。
「な、なんだあッ!あの黒い液体はぁッ!?」
「これはソイ・ソースと言いましてね。はるか東の海の果て、黄金の国と呼ばれる場所で作られた調味料です」
そんな質疑応答をしている間にもウォズマさんはウォズマさんで動いている。観客から手元がよく見える…、そんな位置に…。
「では、ゲンタ君。皿を…」
「はい、ウォズマさん」
僕はパンの上に目玉焼きを乗せたものをウォズマさんの方へ…、同時にウォズマさんはナイフとフォークを用意している。このあたりも打ち合わせ通りだ。
「お、おおお〜ッ!な、中から黄身がトロリと…」
ナイフとフォークを鮮やかな手捌きで扱い、目玉焼きをスパッと両断。切り分けられた目玉焼きの食レポはすでにウォズマさんから観衆へと役割が移っている。黄身があふれ出る様子をウォズマさんが口にしなくとも観衆が口々に話している。そこに僕は醤油をひと差し、目玉焼きに一筋の色が加わる。その様子を観衆に十分に見せた後、ウォズマさんはその上にもう一枚のパンを乗せて食べ始めようとする。
「きゃあああっ!ま、まだ生よっ!」
「腹をこわちしちまうよォッ!」
「大丈夫なのかッ!?」
再び観衆から悲鳴が上がる。
「大丈夫さ」
応じたのはウォズマさん。
「オレは彼を信じている」
そう言うとウォズマさんはナイフとフォークを置き、手掴みで目玉焼きサンドを口に運んだ、そんな動作なのにとても上品な食事作法のように感じる。うーん、良い男ってのは何やっても絵になるんだなあ…そんな風に思っているとウォズマさんの食レポが始まっていた。
「うん、これが卵が本来持つ生命そのものの味なんだろうな。誰かが中身がトロリと…って言っていたがまさにその通りだよ。まさにトロリという言葉が相応しい…。このコク…、滑らかさ…、半熟でなければ感じられなかっただろう…。オレでさえこう思うんだ、卵を好む蛇獣人族の皆ならよりその味わいが分かるだろう」
ざわざわと観衆がどよめく。
「だ、だが…、やっぱり生というのは…」
年配の人ほどその不安が強いようで呟きが聞こえる。
「大丈夫ですッ!!」
僕は右手に卵を、左手に中身がよく見えるようにガラス製の小鉢を持った。小鉢の縁に卵を当ててヒビを入れると片手で割って見せた、この為に動画サイトでやり方を見てひたすら練習したんだ。そしてそれを盃で酒を飲むようにしてグッと一気飲みをしてみせた。
観衆から今日一番の悲鳴が上がる、だけど僕は笑顔で観衆に向けて声を上げた。
「昨日も一つ、生で飲んだんですけど大丈夫…この通り僕はピンピンしてます!だけど他の卵でやっちゃダメですよ?僕の持ってきたこの卵、そう『白い卵』だから出来るんです!」
胸を張って笑顔で、堂々と宣言してみせる。それでもまだ『ホントかよ…?』といった声がわずかに聞こえた。だから僕は言ってやる、自信満々…世界中の人に届けとばかりにデカい声で。
「私が証明ですッ!!」
根拠はない、自分が食べたという話だけ…。だけど僕は強く言い切った。そこに思わぬ援軍が現れる。
「現世神様の言葉は本当です。我らが神、ヴァシュヌ様にもお伺いしましたがこの卵は生でも安全との事です」
おお…、安堵の声とも受け取れるような観衆の呟き。やはり神殿に所属する巫女であるヴァティさんの言葉には説得力があるようだ。不安を訴える声が一気に和らいだ。よし、一気にたたみかけよう。
では、次はミーンの町の名うての狩猟士…犬獣人族の三人の登場です。今度はパン以外のもので卵を食べていただきます!」
僕は新たな品の実演販売に移る事にした。