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第459話 白と黒(2)


「ふふ…」


 少女の外見らしからぬ妖艶とさえ言えそうな笑みを浮かべて抱きついてきたカグヤ。


「ど、どうしたの?」


「分かってるくせに…」


「え…?」


 カグヤは僕にくすくすと小さく笑ってみせる。


「私はいつもゲンタのそばにいるんだよ…、こっちでも…向こうでも…寝てる時だっていつも見てる…ゲンタの事…。それなのに今日もシルフィと…」


 あ…、見てたんだ…今日も…。


「ゲンタは意外とたくましいね…、私が見てる事を知ってるのに…」


 ぐいっ。


 もう少しで、鼻と鼻が触れ合いそうな距離にまでカグヤが接近ちかづいてくる。


「ちょ、ちょっ…」


「ねえ、して?」


 薄明かりの部屋の中、カグヤがささやく。


「な、なにを…?」


「お菓子…、もうひとつ…あるでしょ…?」


 もしかして棒状のチョコクッキーを自分にも食べさせてって事かな?確かにもう一箱、ホワイトチョコではない普通のチョコクッキーがあるにはある。


「ちょ、ちょっと待って」


 そう言って僕はカグヤに抱きつかれたまま右手を伸ばす、布団のかたわらに置いていたリュックを手探りで探し当てるとお目当ての紙製の箱を掴み出した。


「うん…、それ…」


 そう言ったカグヤに僕はお菓子の箱を手渡した。手慣れた物で異世界には当然ない紙製の箱も、ビニールのパッケージも彼女は器用に開けた。中から一本、カグヤはお菓子をつまむとそれを僕の口元に…独特の香りを感じた。


「軽く…噛んで…」


 ん…?これ…、チョコレートで以前にやった両端を噛んで半分に割りながら食べるってやつか?でも、それなら良かった…。仮にこれが以前のチョコレートの時は互いの唇まで数センチしか距離がなかったから…。幸い今回は棒状のお菓子だ、十数センチはある。そう思った僕は差し出された棒状のお菓子を素直に口に含んだ。


「ふふ…」


 それを見たカグヤは満足そうに目を細めた。


「今夜はさ…」


「んっ…?」


 カグヤが話し始めたので僕は短く声を出して応じた。


「ゲンタの方から来て…」


「ッ!?」


「前は私からしたけど…、今日はゲンタから近づいてきて…」


 そう言ってカグヤはもう片方の端をその口に含んだ。


 ちょ、ちょっとそれは…、カグヤさんっ!?それってまさにポッ◯ーゲームじゃないですか!?お互いが端っこから食べていって折れずにそのまま行けば唇同士が触れちゃうヤツ!


 戸惑う僕に対しカグヤは何やら楽しそう、僕を見るその瞳を妖しげに細める。しばらく見つめ合ったその彼女がパチリと目配せをした。それは生き物が自然とするまばたきとは明らかに違う、明らかに彼女の意思を伴ったものだ。


 きっと…、早く始めてという事だろう。


 かりっ…。


 覚悟を決め僕は食べ始めた。静かな夜の部屋の中、お菓子を食べる音が妙に大きく感じられた。


 さく…さく…。


 少しずつ…、少しずつ…、近づいてくるカグヤの唇。


 …さく。


 このまま行ったら触れてしまう…。僕とカグヤが…、そう考えながら食べ進めていたらポキリと音を立て途中で折れた、互いの口にそれぞれの破片が残る。


「……………」


 これで良かったのか、悪かったのか…とにかく互いの唇が触れる事なく無事に終わったのだった。心の中でホッと息を吐いた。


「…ふふ」


 カグヤは唇に挟んでいたお菓子を二本の指に挟むようにして持ちかえて微笑んだ。それを僕の唇へ…、食べてという事だろう。とりあえず僕はそのまま口に含んだ。


 さくさく…、差し出されたお菓子を咀嚼そしゃくする僕をカグヤは微笑みながら見つめていたが食べ終わるのを見計らって彼女が声をかけてきた。


「…ねえ?」


「ん…?」


 カグヤがいたずらっぽい微笑みを浮かべた。


「ゲンタが食べたそれ…、私の唇が触れてたんだよ…」


「ッ!?」


 い、言わないでよ。そんなん言われたら意識しちゃうじゃないか!


「どう…?」


「ど、どうって…」


「嬉しい?」


「え、ちょ…?」


「美味しかった?」


「ッ!?」


 ずいっとカグヤが顔を近づけてくる。


「私の唇が触れてたお菓子…、ねえ…どうだった?」


 くすくすと笑いながらカグヤが静かな声が響く。戸惑う僕はそれに答えられないでいると彼女は二本目のお菓子を取り出した。


「はい」


 そう言うと彼女は再び僕にお菓子を口元に…、先程と違うのは持ち手部分のチョコレートが付いていない部分が僕の唇に差し出した事だ。


「今度は私から行くね」


 待ってと言おうとしたが唇にお菓子がある為に僕はそれを口に出来ない、間近に迫っているカグヤが僕の首にその両手を回して抱きついてくる。


「駄目、逃してなんか…あげない」


 そう言うと彼女は瞳を閉じてお菓子に口をつけた、徐々にカグヤの顔が近づいてくる。細いポッ◯ーとは違いこのお菓子は鉛筆よりもやや太めだ。普通に練ったクッキー生地を焼いたら堅焼き煎餅みたいになるだろうから空気を多分に含ませ軽い口当たりを実現している。その分だけ割れやすくカグヤの唇がこちらに届く前にお菓子が途中で折れた。


「ゲンタ、もらうね」


 そう言うと彼女は僕が唇に挟んでいたお菓子を摘むと自身の口へと運んだ。


「ふふ…、美味しい…」


 満足そうにカグヤが微笑んだ。


「ね、ねえ…、カグヤ…」


 そんな彼女に僕は思わず声をかけた。


「なぁに?」


「どうして…、カグヤはこんな事を…?」


 僕の問いにカグヤは真顔に戻った、そしてしばらくして口を開いた。


「分からない…の?」


「う、うん…」


 カグヤの不満気に問う声に僕は戸惑いながら応じた。


「鈍感…」


 そう呟くとカグヤの僕の首に回された手に力がこもった、そのまま密着するように抱き着いてくる。互いの右耳が触れ合うように…、布団に寝ている僕に馬乗りになるようにした彼女の感触がより強く感じられる。しばらくそうしていたがやがてカグヤは身を起こし再びお菓子を手に取った。


「続き…しよ…?」


 そう言って彼女は僕にチョコがコーティングされている部分を僕の口に含ませた。今度は僕から食べてこいという事だろう、同じようにチョコレートが付いていない持ち手部分を彼女は口に含んでいる。


 今は僕が食べ進める番、次はカグヤが…それを数度交代したところでお菓子は無くなった。その間、一度も唇同士が触れ合う事はなかった。そのまま首に手を回し再度抱き着いてくる。


「また…、しようね…」


 カグヤが身を寄せながら僕の耳元で囁いた。


「う、うん…」


 僕の返事にくすっとカグヤの笑うときの吐息が耳にかかる。その距離がとても近い。


「好きだよ…、ゲンタ」


「えっ…?カグヤ、今…なんて…」


 慌てて問い返したものの彼女は何も答えない、ただ僕の体にピタリと寸分も離れぬように身を寄せてくるのだった。

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