第458話 白と黒
イ、イチャコラになってしまった…。
僕の通う混修大学で違う学部だけど同じ学内に通っている彼女を決まった曜日、決まった時間に迎えに行く友人がいた。
それというのも大学はある程度時間割を自分で組み立てる事が出来る。金曜は飲み会があるから午後遅くまででも履修して、バイト入れてるからこの曜日は午前だけの履修にする…など各自の都合や特徴が垣間見える。
さて、先ほどの友人の話だが彼女と所属学部が違えば当然ながら必修科目も変わってくる。片方はこの時間に講義があるけど、もう片方には無いなんて事は珍しい事ではない。そんな訳で講義終了の時間になると迎えに行く…、そんな感じである。
なぜそんな話をしたかというと今の僕がまさにそれだからだ、待っているお相手はシルフィさん。
「夕暮れの街角、見慣れた冒険者♪…なんてね」
照れ隠しに替え歌を口ずさみながら冒険者ギルドの裏手で待つ。ある意味、昼間のお昼寝の際の罪滅ぼしにきているのだが…。冒険者は日暮れ前にはその日の仕事は完了だ。この時間は住処に帰るなり、酒場に行くなりを始める頃だ。
「シルフィさん」
裏口から出てきた彼女に声をかけた。
「ゲンタ…さん…。どう…して…?」
「あ、はい、その…シルフィさん…。もし、良かったら…、少し歩きませんか?」
夕暮れの後、僕らは森を少し歩き開けた場所で並ぶような感じで腰を下ろした。星を見上げたりして一緒に過ごした。口数はあまり多くないけど少しずつ話をする。
「そう言えば…、エルフ族の方は来られました?」
「あ、はい。全て完売しました、明日はその売り上げをお渡しいたします」
「そうですか、良かった」
「あと、あの黄金色の飴…。あれは大変好まれると思いますよ。南国の…、それこそ常夏のような所で育った果実ですよね。あの陽光をそのまま果実にしたような風味、初めて口にする者からも好評できっと誰もが欲するでしょう」
「あ、じゃあ今後もある程度在庫があるようにしておきます」
「それが良いと思います」
こういう時、仕事の話って便利だな。間をもたせる事が出来るから…。でも今はそうじゃない、するべき事はビジネスの話じゃない。少し…、数センチレベルで距離を詰めた。
「あの、シルフィさん…」
「は、はい」
「もう少し…ち、近くに寄って良いですか?」
「はい…」
最後は消え入りそうな声だったけどシルフィさんは確かに応じてくれた。
「で、では…」
多少、挙動不審気味なぎこちない動きだったけど僕はシルフィさんに寄り添うようにして座った。
「……………」
言葉が出て来ない…、だけどそれでも良いかなと思った。こうやって一緒にいられるのなら…、触れるか触れないか…すぐ隣にいるシルフィさん…。ふと、その透き通るような白い色をした彼女の手の甲が視界の隅に映った。白…、そうだ。
「シ、シルフィさん、お仕事終わりでお疲れでしょう。疲れた時には甘い物が良いって…」
がさごそ…。
僕はリュックからお菓子を取り出した、スーパーで買ってきたよく見かけるお菓子だ。
「それは…?」
「これは棒状にした焼菓子に溶かしたチョコレートを表面に塗った物で…」
「まあ…」
説明しながら僕は包装パッケージを開けた。チョコレートが塗布されていない部分を持って取り出した。どうぞ…と言おうとしたところでふと手を止める。シルフィさんのフォローに来た訳だし、もう少し積極的な方が良いだろうか?
せっかく近くに…、身を寄せ合う程にまで来れたんだし…、もうちょっと…もうちょっと…。そう考えた僕はシルフィさんの正面に回り込む形でお菓子を彼女の口元に寄せた。
「ど、どうぞ…」
「あ…」
一瞬、戸惑いを見せたシルフィさんだが瞳を閉じ食べ始めた。
さくさく…。
森の中、彼女のお菓子を食べる音だけが妙に耳に残る。食べ終えた所で彼女は瞳を開いた。
「おいしい…、ゲンタさん」
なぜかウットリした表情でシルフィさんが僕の名を呼んだ。
「このお菓子…、血誉呼礼闘…が白い…。ゲンタさん、本来なら褐色のこれがなぜ白いのですか?」
血誉呼礼闘…
「えっと…、確か…」
僕は昔聞いた事があるホワイトチョコの作り方を思い出した。
「これもチョコレートなんですが、実は原料がちょっと違うんです。チョコレートの主な材料になる豆があるんですがそれを使わず違う物で…、それを主な材料にしてミルクや砂糖を加えたチョコレートなんです」
チョコレートの原料であるカカオを使わず、代わりにココアバターを使う。その為に柔らかというか、ミルクの風味が活きたホワイトチョコレートになる。
「私の為…、ですか?」
「え?」
「以前、『かれー』の香辛料の強い刺激に弱い私の為にゲンタさんは『くりーむしちゅー』を用意してくれました…。あの時と同じ白い…、そんな血誉呼礼闘を…」
甘々な雰囲気に対してなんとも物々しい異世界でのチョコレートの称し方だ、それと言うのも…。
血誉呼礼闘…。
死んでさえいなければどんな傷も病もたちどころに癒すと言う霊薬、その材料の一つが『神の食物』と呼ばれる木の実である。伝説では神々が永遠なのはこの実によってその若さを保つと言われている。それを使って作ったのがこの『血誉呼礼闘』である。
本来『神の食物』の実は神でない者が加工しようとするとすぐさまその形を失い液体となってしまう。つまり、霊薬のように液体でしか存在出来なかったのである。しかし、それを伝説の錬金術士ガナッシュが編み出した秘術により固体化が可能になった。
『神の食物』に新鮮な生乳、純白の砂糖と言う選りすぐりの材料を加え錬金術の秘技を駆使して作られた『血誉呼礼闘』は褐色の固形の甘味である。その味わい、香りは大変素晴らしく口に入れると溶けるのは神でない者が触れると形を失い液体となる『神の食物』の名残だと言われる。
なお、この甘味は当然ながら大変高価で口にする事は大変困難であった。というのも『神の食物』の実自体が同じ大きさの純金と同等の価値があるとされ、この木の実の平均的な大きさから換算すると2過重(2008グラム強)以上の価値がある(1グラム7200円換算で1445万円以上)。なお、この木の実は外皮などに包まれている為に可食部はさらに中にある五つの種子部分である。その為、実質的にさらに希少度が増す。
当然の事ながらこれを口に出来るのは王族か大貴族くらいのもので、それ以下の身分の者たちが口にする事はなかった。しかし、唯一の例外としてとある王が催した死合(命を賭けた真剣勝負、現在の試合の元となった)『血誉呼礼闘』で優勝するとその栄誉と共に上級騎士として仕官する事ができ、褒美として金銭と共にこの『神の食物』を使った甘味を与えられた。
しかし、あまりにこの死合は血生臭く多数の犠牲者を出した為に後の代の王がこれを廃止した。だが、その甘味の味わいと価値からその甘味自体がいつしか『血誉呼礼闘』と呼ばれるようになり現在に至ると言う…。
……………。
………。
…。
「血誉呼礼闘…、果実を元にした物なので私たちエルフ族の好みの味ですが苦味に弱い私には…」
そうだった…、確かシルフィさんはチョコレートを食べる時にはミルクチョコレートを好んでいたような記憶がある。あれはミルクのおかげで苦味がマイルドになるからだったんだ…。
「それで見た事も聞いた事もない白い血誉呼礼闘を…」
何やらシルフィさんが熱っぽい視線でこちらを見つめている、手鏡の時といい今回の事といい彼女には古典的な『あなたのためにいたしました』みたいなちょっとロマンティックなアプローチが効果的なのだろうか?いやいや、何を考えてるんだ僕は。
「あの…」
「あ、はいっ!」
あれやこれやと頭の中でグルグルと考えていた僕だったがシルフィさんの呼ぶ声で我に返った。
「私も…、ゲンタさんに…」
シルフィさんが焼菓子を僕にも食べさせたいという、断る理由はない。僕たちは互いにお菓子の食べさせ合いをしてひとときを過ごしたのだった。
□
シルフィさんと町に戻った。マオンさん宅の前で別れ僕は日本へトンボ帰り。そして大忙しの買い出し行脚だ、日本に戻るのが遅くなってしまい閉店時間に間に合わなかった所もあった。今は九時閉店の業務用の食品などを扱うスーパーに急いでいる。
「冷凍のつみれと…。あっ、マグロフレーク缶詰が198円!今日まで?こ、これだ!!すいません、これバイクに乗るだけ買います!」
閉店数分前の慌しいタイミングで買い物、レジでは一万円札をポンと出す。
いつもはなるべく受け取る釣り銭を少なくする為に十円単位、一円単位で払うようにしているけど今日はそんな時間さえもが惜しい。スピード勝負、原付に品物を積んで自宅に置くとすぐに次の店に向かう。それを繰り返していたらいつの間にか夜11時を過ぎていた。
「朝も早かったし…、色々あって疲れたな…。寝よう…」
そう言って布団に入ると同じく誰かが入ってくる気配。
「ふふ…」
「カグヤ!」
黒髪の少女が僕に抱きつきながら微笑を浮かべていた。
次回、『白と黒』(2)。
カグヤさんのターン!