第457話 中毒者
ミアリスさんが接触…、それも僕の胸の上に顔を乗せて寝ているのを見て一気にご機嫌斜めになったシルフィさん。筆舌に尽くし難いプレッシャーを感じながらもなんとか宥める事が出来た。ミアリスさんがまだギリギリ成人前であったというのが幸いしたのかも知れない。
「成人前の子のした事ですから…」
と、いった感覚なのかも知れない。
「危うく僕の冒険がここで終わるかも知れないところだった…。コロナ以外にも『濃厚接触』とやらは危険をはらんでいる…。気をつけよう」
僕は固く誓うのであった。
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ファバローマ夫妻は一息ついた後、200リットルも入る酒の大樽をヒョイッと担ぎ上げて自領に戻っていった。目立たない場所に例の玉座付きの車を待たせているのだという。
仕事の事もありシルフィさんはギルドに、ミアリスさんもまた教会に戻っていった。報酬については現金よりも物品による現物支給の方が良いとの事だったのでマオンさんが焼いたパンをたくさん渡した。
「子供たちも喜びます」
そう言って笑顔で帰っていったミアリスさん、見送り終わるとマオンさんが話しかけてきた。
「ゲンタや、後でギルドに行くんだよ」
「えっ?どうしてですか、マオンさん」
「もう、ニブチンだねえ。シルフィの嬢ちゃんに決まってるじゃないのさ!頭では納得はしてくれても、胸の内じゃあ納得しきれないモンもあるのさ。そのへん上手くやらないとさ…、背中をブッスリといかれるかも知れないよぉ?」
そう言ってマオンさんは包丁で人を刺すような真似をした。
「お、脅かさないで下さいよぉ!!」
「キシシッ。まあ、シルフィの嬢ちゃんは思慮深いから大丈夫とは思うけどね。でも、女の悋気はいつ爆発するか分からんからね。注意しとくに越した事はないよ。頑張んだよ、ゲンタ!」
「は、はぁ…」
寝たはずなのになんだか疲れた。僕はそんな状況の中、力無く応じたのだった。
……………。
………。
…。
「オホーッ!!こ、これは…、これはキテますよォォッ!!」
来客を送り出した後、庭で奇声と共に喜びの声を上げているのはガントンさんの弟子であるハカセさん。その体を震わせ愉悦に酔いしれている。
「こ、このゲンタさんの示してくれた『すかんじなびあん・こーひー』ですかァッ!?は、初めて飲んだ蒸留酒の『あくあぶぃっと』と『こーひー』の暴力的なまでの刺激的組み合わせェェッ!ワタシ思いますにィ、この飲み方…ヤバいですよぉッ!」
大興奮しているハカセさん。だが、このアクアヴィット…ファバローマさんにせよガントンさんたちにせよそこまで好評ではなかった。ウィスキーより5度くらい酒精が強い点は良いとされたが、風味付けに使われている各種ハーブに好みが分かれるところだという。
幸い、嫌いな風味ではなかったが好物とまではいかないという感じだった。これなら少し酒精は弱いがウィスキーの風味が良い…そんな感想を頂いた。
「だが、良い経験をさせてもらったぞ。知らぬ酒を飲む…、これもまた愉悦」
「そうじゃ、そうじゃ!まだ知らぬ酒が飲めた、それは大いなる喜びに他ならぬ!」
そうは言ってくれたんだけどなんか残念だ。
「あれ、待てよ?カクテルベースにもなるよな。今手持ちの物なら…」
そう思って作ってみたのがカクテル『スカンジナビアン・コーヒー』である。もっとも生クリームは無く完全な物ではなかったけど…。
「熱い『こーひー』を『あくあぶぃっと』に合わせる事でッ!!ズズゥーッ!!より酒精の香りが鼻を衝くゥゥッ!!そしてハーブのクセが強いところに真っ黒な『こーひー』の強い風味が負けてないイィッ!互いを飲み込もうと張り合うような二つの風味ィ。それが並立、両立、共に立つゥ!!フヒヒヒイィ、やめられない、止まらないイィ!願わくば飲むのではなく、直接血管に打ち込みたいくらいだアァッ!!」
「えっ!?血管!?ヤバいクスリじゃないんだから…」
「大丈夫ですヨ!!これは合法的ッ、ワタシのカンが告げているゥ!フ、フフフ…、フヒイッヒッヒッ!!今なら何でも思いつきそうですよォッ、頭が冴えて冴えてどうにかなってしまいそうだァッ!これなら悪魔の領域でも十分に踏み込んでいけますヨォッ!さあ、ベヤン君ッ、良い機会です!キミを生贄に捧げて禁断の力を得るとしましょうかねぇッ!!さあさあ、分かったら大人しくその腹を掻っ捌かれなさァいッ!!」
「い、イヤでやんすゥッ!!」
逃げまどうベヤン君を追いかけ始めたハカセさん、それを止めようとガントンさんたちが動く。
「い、いかんッ!者ども、ハカセを止めるんじゃ!!」
「場合によっては一、二発、殴ってでも止めるんだべッ!!」
しかし、ホットカクテル『スカンジナビアン・コーヒー」を飲んだハカセさんは尋常ではない運動能力を発揮。捕縛は難航したが、なんとかガントンさんゴントンさんが二人がかりで取り押さえる事に成功した。
「あ、危なかったでやんす…」
「驚いたのう、まだ若手のハカセがこんな力を発揮するとは…」
「魔物に魅入られたかのようだったべ…」
ハカセさんは大事な弟子、怪我をさせないように捕らえるとなるとさすがの二人でも少々戸惑ったようだ。
「変な成分は入ってないハズなんですが…」
僕は恐る恐る言った。
「分かっておるわい。だが、今後ハカセにコレを飲ませる際は量を限らんといかんの…」
「そ、そうですね…。用法、容量を守って正しくお使いください…だな、これは…」
取り押さえられたハカセさんを見ながら僕は思わず呟いていた。
次回、『白と黒』。
お楽しみに。