第456話 剣の完成(5) 〜 試し切りと浮気ですか?ゲンタさん 〜
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第5話の前に物語の設定集『兵士と貨幣』を投稿しました。異世界における兵士の位置付け、銅貨や銀貨など各種貨幣についての内容です。こちらも是非ご一読下さい。
新たな剣を携えてウォズマさんはファバローマさんと共に『試し切り』とやらに行ってしまった。その後をナジナさんやガントンさんたちドワーフの皆さんが焼酎を抱えてついて行ってしまった。戦士である彼らからすれば見逃す訳にはいかないイベントといったところだろうか。
挙げ句の果てにはファバローマさんの妻であるダアンジャブさんまでもが面白いじゃないのさと焼酎の4リットルボトルを抱え追っかけていく始末。代金として小さめの金塊のような物を投げ渡されているからハッキリ言ってしまうと大儲けではあるんだけど…。
そんな彼らが一刻(約二時間)ほどして帰ってきた。それを迎えた僕が最初にした事は…。
……………。
………。
…。
「サクヤ、君は元々シルフィさんが召喚した光精霊。だから、シルフィさんと意思の疎通は出来る…よね?」
こくり。
いつもニコニコ、明るく笑っているサクヤだが今は真面目な顔で僕の問いに頷いた。
「良かった。じゃあ、急ぎシルフィさんに伝えて欲しいんだ、ミアリスさんを急いでここに呼んで下さい…と。シルフィさんは風の精霊の力を借りて任意の人や場所に声を伝える事が出来る。だから、冒険者ギルドへの依頼という事でお願いしてきて欲しいんだ。…出来る?」
こくり。
再びサクヤは頷いた。
「ありがとう、お願い!」
びゅんっ!!
それこそ目にも止まらぬスピードでサクヤが飛んでいった。彼女は光の精霊、そのスピードは光のように速い。
僕がなぜそんな事を頼んだか、それは戻ってきたウォズマさんたちにある。なんと二人は負傷して帰ってきたのだ。
完成した曲剣の試し切りとやらにファバローマさんと出かけていったのだが、それについつい熱が入ってしまったのが原因らしい。最初のうちこそ寸止め程度に模擬戦をしていたようだがだんだんと熱が入ってきたのだという。
「その刃…、もっと振るうてみたくはないか?」
「もっと…、とは?」
「このような触れもせぬ試し切りでは戯れにもならぬ。やはり互いの生き死に、それが身に迫らねばやる気も出ぬというもの…」
「……………」
「貴様もそうではないか、ウォズマよ?貴様の剣…、窮地にありてこそ輝きを増す。あの時もそうだ、追い詰められればられるほど新たな闘法を繰り出してくる…。それに…」
「ああ…、願ってもない」
「で、あるか」
「そうさ…。この剣…、まさにオレの腕をそのまま延長したかのようだ。意のままになる事、この上ない。鍛えてきた技…。こうしたいと思い描いてきた戦法がこの剣でなら出来るかも知れない、今までの剣では出来なかった事もこの剣でなら…そう思わせてくれる…」
「ふ、ふふふ…。ならば…」
「…そうだな」
「死合おう(時に命をかける覚悟で模擬戦をする事、現代風に言えば試合)ではないか、存分に。やはり貴様にはそれが似合う、死を賭してこそ冴える技…。我とて同じよ、自らの命を賭けずして何が闘争か…」
「そう言うからにはファバローマ、アンタもまだ見せていない手の内があるんだろう?」
「無論」
「なら…、見せてもらうよ。『双刃』のウォズマ、いざ参る」
「…来いッ!!」
…なんていうやりとりがあったらしく、最初は当てるにしても軽く…ボクシングで言うところのマススパーリングを始めたらしい。当てるにしても二割か、三割程度の力で行う実戦形式、それを始めた二人であったがだんだんと熱を帯びる。
「血を見ぬ稽古もつまらぬものだからな」
「ああ、アンタほどの相手を前に出し惜しみはしたくない」
「ならばもう少し強めでいくとしよう」
そうなると後はどんどんエスカレート、殺意こそないがやってる事は真剣スパーリングだ。切りつけたり殴ったり、これ以上は殺し合いになる…そんな頃合いになり双方が引いたそうだ。しかし終わってみれば互いに生傷をたくさん作り、なんなら血を流しながら帰ってきた。
そこで僕は治癒魔法を使えるシスター見習いの猫獣人族のミアリスさんを呼ぶに至ったのだ。
ちなみにその試し切りについていったナジナさんたちは酒飲みながら観戦していたせいで止めるどころか大盛り上がり、ファバローマさんの妻であるダアンジャブさんに至っては帰ってきた今も『良い喧嘩をするじゃないのさ、人族にもイキの良いのがいるじゃないか。アタシはアンタを気に入ったよ!!』なんて言いながら上機嫌だ。
「でもさあ、いくら良いものでもそんなに傷をこさえて帰ってきたんじゃ…。『双刃』の旦那なら引き際ってモンも心得ているだろうに…」
半ば呆れながらマオンさんがウォズマさんに声をかけた。
「ははは…、すまないねご婦人。だが、戦士の性だろうか。強い相手を求めてしまう、ましてや新たにこれほどの業物を手にしてファバローマを目の前にしては…」
冷静沈着、そんなイメージのウォズマさんだが戦士としての欲求はその上を行ってしまったのだろう。
「ゲンタさん!!」
そこにミアリスさんがやってきた。
「あっ、ミアリスさん」
僕は彼女を出迎えた、経緯を説明し早速治療に入ってもらった。もちろん軟膏も用意している。ちなみにサクヤはとっくに戻ってきている、さすが光の精霊である。
「そう言えば良い喧嘩を見ながら酒も飲めてアタシは良い気分だよ。そんな気分をさらに良くしてくれる良い酒はないかい?」
二人の治療を見ながらダアンジャブさんがそんな声をかけてくる。うーん、まだ飲むのか…。
「と、とりあえずまずは注文いただいたお酒の引き渡しからいたしましょう。前金を頂いておりますし、まずはそれから…」
「なんだい、ずいぶんと真面目だねえ。まあ、良いか?あそこにある大樽…、あれがそうだろう?」
ダアンジャブさんは庭の片隅にある大樽を指差して言った。
「は、はい」
「ようし、じゃあ取引成立だ!それでそれとは別になんかないのかい?」
「あ、はい、そうですね…じゃあ…量はありませんが焼酎とも琥珀酒とも違う物を…」
僕は試しに買っておいた珍しい蒸留酒を納屋に取りに行った。
「ほう…、珍しい酒か…。闘争の後に飲む酒はまた格別…」
治療を終えたファバローマさんの声が聞こえた。うーん、戦うか飲むかなのか…。まあ良いか、さっき金塊もらっているし…。
「お待たせしました」
「ほう、これは見た事のない酒瓶じゃな」
持ってきた物を見てガントンさんが呟く。
「はい、初お目見えですね。これはアクアヴィットという酒で…」
「新しい酒だべか!?ど、どんな酒なんだべか!!?」
ゴントンさんが身を乗り出して食いついてくる。
「あ、えーと琥珀酒より少し酒精が強いもので…」
「うほっ!強い酒か!」
「良いねえ、今の気分にピッタリさね」
酒好きたちがワッと沸いた、僕が持って来た酒に注目が集まる。早く注いでくれと今か今かと待っている。
それからは酒を飲みながらの武器談義、戦闘談義。僕とマオンさん、そしてミアリスさんはその場を離れ精霊たちと甘味を食べる事にした。
「あっ、セラが…」
酒好きの水精霊は酒盛りの輪に加わっておこぼれに預かっている。まあ、良いか…品物の引き渡しも終わったし…少しのんびりしよう…。
そう思った僕はレジャーシートの上で昼寝をする事にした。
「儂もそうしようかね、朝が早かったから…」
マオンさんも横になるようだ。
「私も良いですか?魔法をたくさん使ったので少し疲労が…」
「あ、はい。ご遠慮なく…。そっか…、ウォズマさんはともかくファバローマさんは体がデカいし、相手の攻撃をかわさず真っ向から受けて戦う闘法だし…」
自然と治療箇所も多くなるよね。
「じゃあ、おやすみなさい」
そんな訳で僕たち三人は川の字になって寝た。周りには精霊たちも一緒になって寝転がる。ちなみにこの後には一つの騒動があった。なんとミアリスさんが僕の胸の上に軽く抱きつくようにして寝ていたのだという。ミアリスさんの弁によれば猫獣人族独特の習性で他意は無いとの事だったが、それを依頼の状況を確認する為にやってきたシルフィさんが発見してしまったのでさあ大変。
「ゲンタ…さん?」
風と光の精霊に親和性が高いというシルフィさんだったがこの時ばかりは闇属性なんじゃないかと思うほどのシルフィさんの静かな激情を感じた僕であった。
次回、『中毒者』
お楽しみに。