第451話 直球メシ(対 猫獣人族)
いつものように夜もまだ明けきらぬ日の出前…。僕とマオンさんは本日の護衛役である犬獣人族の三人、ラメンマさんにテリーマさん。そしてロビンマさんの面々に守られながら冒険者ギルドに朝食の販売に向かった。
ちなみにウォズマさんの新たな剣を鍛造っているガントンさんたちの工程はいよいよ佳境にさしかかり、仕上げの段階に入ってきているという。
「どんな剣になるのか…、それは出来上がりを楽しみに待っていてくれとしか言えんのう。だが、ワシらも教わってばかりではないぞ。新たな技術を生み出したのじゃ、それもこれも坊やのおかげじゃ」
「おうおう、工夫を凝らしながら打ってみたらさらに良い感じになったんだべよ。すごい剣になるべ!」
ドワーフの棟梁二人が言うんだ、きっと確信があるのだろう。
……………。
………。
…。
今朝は朝食としてカレーライスを販売した。中世ヨーロッパ的な文化や生活習慣のミーンの町でも米はすっかり受け入れられ大人気のメニューとなっている。おかげ様で完売御礼、カレーを煮炊きした寸胴鍋は空っぽだ。今は販売を終えた僕らと護衛のラメンマさんたち三人、受付嬢であるシルフィさんたち、そして売り子の手伝いをしてくれているダン君とギュリちゃんの若年組と共に自分たちの分のカレーを食べ終えたところだ。精霊であるサクヤたち四人も食事を終え、今は僕のリュックを寝袋代わりにお昼寝タイムだ。
「やっぱり人気だねえ、ゲンタの『かれー』は…」
一息ついてマオンさんが話し始めた。一応、辛いものが苦手なシルフィさんをはじめとする人にはクリームシチューも用意している。だが、大抵の人はカレーを選んでいた。
「パンも、他の『くりいむしちゅー』なんかも人気だけどやっぱり『かれー』の時は一番すごいね。並んでいるみんなの今か今かと待っているのが良く分かるよ」
「ありがたい事です、おかげで完売しましたし」
「美味いからなあ、『かれー』は…。我々もそうだが明日の朝食が『かれー』となれば狩猟にも力が入る」
「ああ、確かに!『かれー』の前日は猪の納品が増えるんだよ。みんなが張り切ってさあ、なるべく良い肉で作って欲しいって…」
そういえば僕がカレーを作る際は人参などの野菜は日本から持ち込むが肉だけは異世界産だ。いつも冒険者ギルドから調達している。今朝は『今日の猪の肉は俺が狩猟ったモンだぜぇ、猪だけに俺って野生的だろぉ?』と自慢げ日本語る御仁もいた。
彼はなかなかに独特なファッション感覚の持ち主で先日売った中古衣料品店から仕入れたジージャンとジーパンの袖や裾を切り落とした物を身につけている。なんか、そんな芸人さんいるよなあと思ったものだ。
そんなやりとりをしていると冒険者ギルドに入ってくる四人の人影が…。
「ありゃ!?やっぱり朝食の時間には間に合わなかったかい」
「あ、ミケさん」
現れたのは猫獣人族の女性冒険者ミケさんを先頭にキジさんにトラさん、そしてサバさんの弟三人。
「ちっとばかし足の速い良い獲物を追っかけ回してたもんでね、夜明けまでかかっちまった」
そう言いながら彼女は麦わらを編んだ茣蓙のような物で包んだ獲物を指し示した。
「じゃあ、納品の手続きをしましょう」
フェミさんとマニィさんが獲物を預かり、シルフィさんは納品と金銭の支払い手続きをしようと受付カウンターに向かった。大きさや重さ、肉や毛皮の状態に応じた報酬が算出されている。しばらくするとそれらも完了したようでミケさんがこちらにやってきた。
「なあ、坊や。なんか食えるモンは残っちゃないかい?夜通し駆けたらハラが減っちまって…」
「あ…、すいません。カレーは全部食べ尽くしてしまって…、ご飯は若干残ってはいますが…」
僕がそう言うとミケさんたちは明らかにガッカリしている。
「そうかい、あの白いのだけかい…。確かにありゃあハラは膨れるけどさ、味があまりしないからなあ…」
塩でも利かせておにぎりにでもすれば話は別だが、パンはともかくご飯はまだまだ異世界では馴染みが薄い。でも、ゴッホルソさんなら好きになるかも知れないなあ…、僕はなぜか放浪の天才画家であるあの人の顔を思い出した。今も旅の途中だろうか、野に咲く花の絵とか描いているかも知れない。
「あれ、待てよ…?」
僕はふとある物の存在を思い出した。日本のスーパーで購入した物を…。
「みなさん、ちょっと待ってもらえますか?」
「どうしたんだい、坊や?」
「気に入ってもらえるかもしれません、準備してきます」
僕はギルドの一角にある調理スペースに向かった。
□
「美味いっ、美味いよ!これはッ!!」
ミケさんが叫んだ。
ガツガツガツ!!
四人が凄まじい勢いで僕が出した物を食べている。
「うははははッ!!魚だ、魚だあ!」
「なんだ、この味!甘っ辛くて!」
「煮汁がッ!この、ごはんってヤツによく絡んで…」
大好評である、四人は丼に入ったそれをスプーン片手に一気に食べ切った。
「ぼ、坊や!これはなんて食べ物なんだいッ!?」
グイッと顔を寄せミケさんが尋ねてきた。
「あ、はい。これはマグロフレークです、以前ゴロナーゴの親分さんの所でお出しした赤い色した魚の切り身…覚えてらっしゃいますか?」
「もちろんさ!あの生で食えた美味い魚だろう?」
「はい。あの魚を甘辛く煮て、身をほぐした物をご飯の上に乗せたものです」
「なるほどねえ。どこかで食べたような気がしたのはそのせいだったのかい。それにしても凄いねえ、あの生の魚やカレーも凄いが…」
カリッ、カリッ。ミケさんがその手の爪で僕の腕のあたり…、服の上から軽く引っ掻いた。
「んっ?」
「なあ、坊や。私とやっぱり付き合わないかい?ああ、心配はいらないさ。坊やは家を守っててくれりゃあ…、稼ぐのは私たちがやるよ。それにさあ…」
ブンッ!!
不意に力強く何かに引っ張られた感覚がすると目の前の風景が変わった。先ほどまで目の前にあったミケさんの顔が今では遠い。
「駄目です、ゲンタさんは私の…私の…」
気がつくと僕はシルフィさんに腕を引かれてミケさんから少し離れた所にいた。きっとシルフィさんの二つ名『光速』の由来になった瞬間移動の能力を使ったのだろう。
「おいおい、あんまり重い女は男が離れていっちまうぜぇ?」
ミケさんは茶化すように言った。
「…ッ!?重い…、女…?そ、そうなのですか?ゲンタさんっ!!」
ぎゅっ、シルフィさんの腕に力が入る。
「い、いえ!そんな事は…。ふ、深く思ってもらえる事は嬉しいですし…」
「そうなのですかっ!?」
いつもは冷静美人のシルフィさんの言葉に力が入る。
「は、はい。だから重いなんて事は…。いくらでも…」
「よ、良かった…」
シルフィさんがホッとしたような声を出した。
(ふーん…、重くても良いんだ…。それも…、いくらでも…だよね?)
ひんやりとしたような声がした。
(聞いたよ、ゲンタ…)
モゾモゾ…、いつの間に移動したのかシャツの胸ポケットで小さく動く気配、聞いた事がある声が響いた。だけど誰も…、僕以外には感知がされていないようだ。
(カ、カグヤ…)
僕は心の中で声の主の名を呼んだ、僕に直接語りかけられるのは一人しかいない。
(これからもっと…、もっといくからね…、ゲンタ…。くすくす…)
直接その顔を見てはいないけれど…、今彼女は微笑んでいるんだろうな…そんな風に感じた僕であった。