第447話 商会の御令嬢?(上)
「俺は口下手だからよォ、女ァ口説くのに気の利いた言葉なんざ知らねえ。だがよ、あいつに惚れちまったんだ。だからよォ、ゲンタ君がお貴族様の夜会でたいそう気に入られたってウワサの葡萄酒が欲しくなったんだよォ…」
「な、なんでまた…?」
その葡萄酒の名は水精霊、返盃として奥方様が僕に注いでくれたそれをセラが盗み飲みをしていたから付けられた名だ。水精霊さえたまらなくなって盗み飲みしたくなる美酒…、そんなイメージで奥方様が名付けられたのだ。
「ゲンタ君、聞いた話なんだけどさぁ」
四人のうち、歳下組の一人ヤンキ君が口を開いた。
「アレ、どんな女も恋に落ちるウワサの葡萄酒なんでしょ?だから、アレ持ってきゃあ気持ち伝わるっしょ?」
「え?ええっ!?」
何そのウワサ?僕知らないんだけど?
「あー、聞きましたよぉ、そのウワサ」
「そうだな、それ飲んで領主のご婦人が胸をときめかせて恋に落ちた…って」
フェミさんとマニィさんがそのウワサ話とやらを肯定した。
「だっしょー!?だっしょ、だっしょ!?だからさー、口説くのにそれ持ってきゃあ…。つーワケでゲンタ君に頼みに来た…ちゅう話なんよ」
うわあ…、なんだその尾鰭の付いたウワサ話は…。…えっと、水精霊についてラ・フォンティーヌ様が言っていたのは…。
「あ、あのね…、ヤンキ君。それにフェミさんマニィさん…、そしてツッパ君…。その…言いにくい事…なんだけど…」
そう前置きした上で僕は夜会の日の事を思い返しながらラ・フォンティーヌ様が言っていた事を伝えた。『ふふふ、美味い。これを飲んで胸をときめかせぬ女子はおるまいよ』、確かに奥方様はそう言った。
「だけどね、それは甘口で…。それでいてしっかりした味わいのワインだったから…。それと一番美味しく飲みやすいように冷やしていてね…。だからワイン好きな女性なら思わず夢中になる味…みたいな意味なんだよ…」
「マ、マジかぁ…」
四人組、意気消沈。…と、思われたが一人だけ希望を捨てていない人がいた。当の本人、ツッパ君である。
「いや、ゲンタ君よォ。そのまま水精霊を用意してくんねえか?俺にゃあ愛を囁くなんて出来ねえ。これしか方法は無え…」
「バッカ!!お前、何考えてんだよ!惚れてくれるとは限らねーんだぞ!」
「そ、そーだ!それに金貨十枚(日本円に換算すると百万円)はする葡萄酒だって話だぜ!金貨十枚だぞ、金貨十枚だぞ、コラ!」
周囲が必死になって止める。
「っせーぞ、コラァ!!」
ツッパ君が吠えた。
「俺はハンナを酒に惚れさせてえんじゃねえ、俺に惚れさせてえんだ、コラ!」
そう言うとツッパ君は粗末な布の包みを出した。包みを開くと中には銅貨や銀片(日本円にして千円相当)、そして何枚かの銀貨(日本円にして一万円相当)が混じっている。
「言いにくいんだが、今の俺に金貨十枚は無えんだ。この金だって…、こいつらが協力してくれて…それでも銀貨にして十枚分(日本円にして十万円相当)だ。水精霊の金貨十枚の十分の一だ。だが、これから稼いで必ず返す。だから頼む、俺に水精霊…売ってくれ」
そう言ってツッパ君は再び頭を下げた。
「あっ、そう言えばぁ…」
フェミさんが声を上げた。
「水精霊と言えば依頼、あったんでした。夜会のすぐ後にぃ…よいしょっ!」
そう言うとフェミさんは丸太椅子から立ち上がり一枚の板を持ってきた。紙はもちろんのこと、羊皮紙も高い物だ。だから依頼票は薄い板で出来ている。
「なになに…、水精霊一瓶の納品。報酬は…金貨五枚と銀貨五枚か…(日本円にして55万円相当)。依頼主は…ブド・ライアー商会、か」
「馬鹿ッ、フェミ!なんでこのタイミングでその依頼を…」
すぐにマニィさんが嗜める。
「でもぉ、依頼だよ。言わない訳には…。それにゲンタさんなら…」
僕はフェミさんとマニィさんのやりとりを他所に考えた。
なるほどね。このあたりでは物の原価はだいたい価格の六割とされる。ブド・ライアーは金貨十枚と評価された水精霊に対して仕入れと同じ感覚で値段をつけてきたか、さらに少し買いたたいて…。ナメられたもんだ、もっともこのワインは原価とすれば六千円以下、大儲けだけどさ…。
「ふぅん…、ブド・ライアー商会…か」
気に入らないな、やっぱり…。なら答えは一つだ、僕はそう決心すると包みの上に積まれた貨幣の山から銀貨を一枚掴んだ。
「銀貨一枚、確かに頂きました」
「えっ?」
「ゲンタ…君?」
皆の視線が僕に集まった。
「水精霊、一瓶…。ツッパ君にお譲りしましょう。これで上手く行けば良し、残りの金額は恋の成就の御祝儀として只に…、それでどうかな?ツッパ君」
「……………」
驚いた顔でツッパ君が僕を見ている、そりゃあそうだろう。条件付きとは言え日本円にして百万円と評価されたワインを一万円で譲るよ…そう言っている訳だから。もっとも、銀貨一枚で売っても儲けは十分出てるんだけど…。
「気合い、入れてよ?上手く行ってくれないとこのワイン、どんな女性も恋に落ちるという水精霊の異名が台無しになっちゃうから…さ」
「…あ、ああっ!男、ツッパ、見事やってやンよ!」
「よし、じゃあマオンさん宅に戻ろう。最後の一本を保管してあるから」
「分かったア!!受け取ったら速攻、荷揚げ場に行ってくらア!」
「待て待て待て!!そりゃあダメだよ、ツッパ君。その…荷揚げ場かい?昼間に荷揚げ場にいるって事は仕事中でしょ、そこに行ったら迷惑になっちゃうよ。仕事が終わるのを待って行った方が良いよ」
「お、おう…」
「それまで飲み頃になるように冷やしておくからさ、それまでは…ね」
「わ、分かった。す、すまねえ、つい焦っちまって…」
「大丈夫、ワインが冷えるまでだ。それまで我慢だよツッパ君」
今すぐに飛び出して行きそうだったツッパ君を宥め落ち着かせた。
「良かったねぇ〜。それにマニィちゃん、悪い事にはならなかったでしょ?だってゲンタさんだもん」
ニコニコと笑顔を浮かべながらフェミさんが言った。
……………。
………。
…。
そして夕方。
僕とツッパ君たち四人は荷揚げ場に向かう。そして早めに仕事を切り上げたフェミさんとマニィさん、そして魔法を駆使して難関依頼を日帰りで帰ってきたフィロスさんまでもが荷揚げ場についてきた。なんて言うか、女性が人の恋愛話が大好物なのは地球も異世界も同じらしい。ちなみにシルフィさんはギルドに残りまだ戻ってきていない人の対応をしてぬれるようだ。
「じゃあ。これを…」
そう言って僕はタスキ掛けにできる冷蔵ケースを渡した。中にはワインとグラスが入っている。
「あ、ああ!行ってくるぜ!」
それを受け取りツッパ君が荷揚げ場の奥に進んでいく。僕たちは手近な物陰に身を隠しながらその様子を見守る事にする。
「それにしても…、商会の一人娘さんか…。ハンナさんってどんな人なんだろ?深窓のの御令嬢、ザ・お嬢様って感じの人なのかな」
そう思って僕は物陰からさらに首を伸ばした。視線の先には進んでいくツッパ君と帰り支度をしている人夫たちの姿が見える。人族だけじゃない、獣人族の人もいる。その中に一際目立つ人がいた。長い髪で右半分は緑、残る左半分はオレンジ…なんとも目立つ色だ。袖も捲り上げて肩も露わな女性だ。その人が手をパンパンと叩きながら人夫たちに声をかけている。
「アンタたち、今日はお疲れさん!早く帰ってよく休むんだよ!明日も早いからね、深酒なんかすンじゃないよ!!」
「あいよっ!お嬢!」
「お疲れサンーッス!!」
え?ま、まさか…。
「ね、ねえ?ノックニーキ商会の一人娘さんって…」
すぐ近くにいるヤンキ君に尋ねた。
「ん?ほら、あの派手髪の。あれがノックニーキ商会のハンナだよ」
「え…、マジですか?」
正直、僕はハンナさんの事をクラシックなデザインのドレスを着ていて…みたいな典型的なお嬢様像をイメージしていた。しかし、視線の先にいた彼女は気合いバリバリって感じの女性暴走族にいそうな感じの女性だったのだった。




