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第440話 玉鋼(たまはがね)

 第234話で初登場したニモジェーロさん、再登場の巻。


 お目当ての人物はすぐに見つかった。


「こんばんわ、ニモジェーロさん」


 冒険者ギルドに狩ってきた獲物を納品し、報酬を受け取っていた彼を見つけ僕は声をかけた。


「ん?おお、坊やじゃねえズラか!どうしたんズラか?」


 報酬の入った革袋をふところにしまいながらニモジェーロさんが応じた。


「実はニモジェーロさんに急ぎで頼みたい事がありまして…」


「んん?坊やが…、オラにズラか?だが、オラに出来る事はそうは多くないズラ。…でも、坊やにはブラァタから町を救ってもらった恩があるズラ。オラと母ちゃんが今も無事で暮らしていられるのは坊やのおかげ…、とりあえず言うだけ言ってみて欲しいズラ」


 犬獣人族ドギーマは優れた狩猟士ハンターとして知られている。有名なのは単身で人食い熊であるラメンマさんだろう。ラメンマさんと比べるとニモジェーロさんはまだ若い、今は様々な経験をし地力をつけていく…そんな時期だろう。


「実は道案内をお願いしたいんです」


「道案内?こんな時間に…?いったいどこへ?」


「ブラァタを退治した…、あの辺りへ…」



 光精霊ウィル・オー・ウィスプサクヤが辺りを照らす、おかげで日が暮れた森の中だが歩くのには困らない。


「へえ、木を伐採しに行くズラか…」


 目的地に向かう途中でニモジェーロさんに今回の道中の目的を話した。


「はい。あの時…、ブラァタを見つけた時に僕はこう尋ねましたよね。『火を使って奴らを足止めしませんか』…と。だけど、あの辺りの木々はあぶらが多いから下手すると一気に火が回る。下手すりゃブラァタを足止めするどころか山火事になって町にまで被害が及ぶかも知れないと…」


「そうズラ、だからオラたちはあの辺りでは決して火を使わないズラよ」


「そこでお願いしたいのはその脂っ気のあるあの木…、伐採って良い場所を教えて欲しいんです。なんせニモジェーロさんは狩猟士ハンターだ、森にはお詳しいでしょう?」


「そりゃ…まあ。ガキの頃から来ているし…」


「なので案内をお願いしたんです。それとこの脂っ気の多い木を集めたら次は逆に脂っ気が少なく木目の詰まった木が

多く集まる場所にも…」


「分かっただよ。オラに任せるだ」


「伐採にはなんと言ってもゴントンさんがいますからね。この世に断ち切れぬ物は無し…。その斧の腕を存分に披露していただきます」


「おっ、もうすぐ例の洞穴ほらあなだべ。この辺りの木なら伐採しても問題ないズラ」


「分かりました。ゴントンさん、お願いします」


「おう」


 ゴントンさんが大斧を真横に一閃する。一本の木がズルリと横にずれバランスを崩していく…。やがて大きな音を立てて木が横倒しになった。


「え?斧って…そんな風に使うの?コーン、コーンって何回も斧を打ちつけるんじゃないんだ…」


 そんな事を思っている間にもゴントンさんは文字通りスパスパと木を切り倒し、ガントンさんらはそれを手際良く荷車に積んでいく。あっと言う間に木が山積みになる。


「よし、じゃあ次行くべ!」


 疲れた様子も見せずゴントンさんが移動の準備を始めた。


「あ、ああ…。次は木目が詰まって脂っ気の少ない木の場所だったズラね。それなら…」


 あまりに手際の良い伐採にニモジェーロさんは戸惑いながらも案内を再開してくれた。


「この分ならあまり時間はかからないかな…」


 順調すぎる伐採を目の当たりにして僕はそう呟きながらニモジェーロさんに続いた。



 あまり遅くならずに町に戻ってくる事が出来た。町の入り口でニモジェーロさんと別れる、報酬はお金より現物の方が良いとの事だったので『らめえぇぇ!ん』ことラーメンを明日渡す事に。


「あと少し、もう一踏ん張り。よろしくお願いします」


 マオンさん宅に戻ると僕はドワーフの皆さんに声をかけ庭の一角に穴を掘ってもらった。そこに手に入れてきた木材を適当な大きさに切った物を丁寧に隙間なく入れていく。


「まずは脂っ気の多い木から…。ホムラ、火をつけて」


 あっと言う間に火が回る、脂っ気が多いというのはどうやらダテではないらしい。


「さすがゴントンさんが切った木材、普通切ったばかりの木は水気が結構あるものです。だけどこれはすでに水気も抜けて最良の状態だ」


 赤々と火が回った木材を見て頃合いとばかりに今度はカグヤに声をかける。


「カグヤ、燃えている木の周りを封じて。酸素が無くなれば物は燃えない、灰にならなかったものが木炭になる」


 空気の流れを遮断したのか、先ほどまで燃えていた火がフッと消えた。今はサクヤが照らす光だけが夜の庭を照らしている。


「さあ、この要領で一気に炭を作りますよ」


 それから僕たちは一刻いっこく(約二時間)ほど炭焼きに従事した。手際良く進み庭に炭の山が出来上がった。それから僕たちは石木のテーブルに着き、かなり遅くなった夕食を採り始める。


「それにしてもせん。坊やはなぜ木炭を用意したのじゃ?単純に鉄を得るだけなら石炭を用いてやれば良いではないか?木炭では火力が弱い、いたずらに時間ばかりがかかるのではないか?」


 ガントンさんが声をかけてくる。


「実はこれ、僕の生まれ故郷の昔からある鉄を得る方法なんです」


「石炭、使わねえんだべか?」


 ゴントンさんも話に加わった。


「はい、僕の生まれ故郷ではかつて石炭は取れなかったんですよ。だから熱源として木炭を使い、砂鉄から鉄を手に入れようとしたんです」


「それは…、なんとも手間のかかる話じゃの」


「そうなんですよ、だから鉄を得るのに三日三晩もかけて…」


「なんと…!そんなに!?」


「ですがその分だけ良い鉄が…、いや鋼ですかね。それが手に入るんです」


 僕がそう言うとガントンさんの表情にわずかに曇る。


「それが分からんのだ、坊やの事は信用しておる。だが、我らとて鍛治の技術を受け継いできておる。今まで石炭を用いて製鉄を行ってきた、それこそ最良の鉄を得る為に常に炉を見張ってな…。それが違うとなると…」


「いや、ガントンさんたちドワーフの皆さんの技術は疑いようもありません。しかし、僕の言うやった事のない…そんなやり方を試してみるのも良いのではないでしょうか。何か発見があるかも知れませんし…」


「ううむ、そうじゃな。いずれにせよ今ワシらの手で作れたのはいつもの鋼よりは少し優れたとい後程度の魔鉄のみ。これでは世に聞く奇跡的に手に入ったとされる魔鉄には遠く及ばぬであろう。…そうじゃ、ワシは何を焦っておったのじゃ。魔鉄を一から作るのじゃ、一日やそこらで出来る訳がない」


 そう言うとガントンさんは立ち上がった。


「皆、メシは食ったな!?今より四半刻しはんとき(約三十分後)に炉に火を入れる!準備せい!」


 おうと周りから声が上がる。


「坊や、まずは脂っ気の多い炭を使い炉を一気に高温に…。その後、木目が締まり脂っ気の少ない炭でじっくり温度を保ちながら時折砂鉄と木炭を交互に入れていくのじゃったな」


「はい、ガントンさん。そして時折、溶けて溜まった鉄を炉の一部に穴を開け抜いて下さい。その繰り返しです」


 僕の声にガントンさんが頷いた。


「分かった、ここからはワシらの仕事じゃ!キッチリやってみせるぞい!者ども、かかれ!」


 そう言ってガントンさんたちは地下の炉に向かった。


 それから三日三晩、ガントンさんたちは地下の鍛冶場に籠りっきりになった。水や食べ物は鍛冶場の入り口に差し入れるが顔を合わせる事は無かった。


 そしてモネ様の傅育が再開し、それを終えてマオンさん宅に戻ってきた夕方のこと…。


「終わった…ぞい」


 予定時刻より少し早く、ガントンさんたちが地下から上がってきた。全員、精も根も尽き果てフラフラといった状態だ。ガックリと地面に倒れ込む…。それを見た僕とマオンさんが駆け寄った。


「み、皆さんっ!!」

「ア、アンタたち、大丈夫なのかいっ!?」


 するとガントンさんが右手に握り締めた何かを僕の目の前に差し出した。手を開くとそれは白銀色にきらめき、僕の顔に反射する。


「で、出来た…ぞ。坊や…、鋼じゃ…、一点の曇りも…無い最高の鋼じゃ。今まで作ってきた…鋼とは、明らかに違う…。こ、これは…なんじゃ?ね、眠くて仕方ないが…それを知るまでワシは眠るに眠れ…んぞ」


「た、玉鋼たまはがねと言います、ガントンさん!」


「たま…、はがね?」


「はい!たまとは僕の生まれ故郷の古い言葉で宝石…いや、宝玉といった方が良いかも知れません。そういう意味の言葉です。だ、だから…」


「ふ…、ふふふ。宝石や…宝玉のような鋼という事か…。た、確かにこの鋼…宝石に負けぬ…輝きをしておるわい…。ぼ、坊や…、続きは…また後じゃ。後でこの鋼の事…ゆっくり…教えてくれ…」


 そう言うとガントンさんは目を閉じ、すぐに眠ってしまった。やがてその寝息はぐうぐうと豪快なイビキへと変わっていくのだった。



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