第438話 悪魔の鉱石を混ぜし鉄
「ふむう…、ワシらがいつも打つ鋼より少し柔らかめに仕上げるようにして…」
「その柔っこい鋼に混ぜ物をするべか…。それが紅鉛鉱から鉛を抜いた後に残る銀白石と…」
「悪魔の銅を使うとは…、考えもしなかったわい…」
僕がステンレス鋼を作る為に必要となるクロムとニッケルについて話したところ、ガントンさんとゴントンさんが驚きの表情をしながら呟いた。
「ニッケル…、いや…悪魔の銅ですか…?なんだか物騒な名前ですね…」
僕がそう言うとガントンさんは首を振って応じた。
「いや、なぁに…恐ろしい物ではないわい。ただ…な」
「掘り出した紅鉛鉱石…、ああ…坊やが言うその『にっける』ッてのが銅鉱石にとてもよく似ているんだべ!だけんじょ、融かしてみても銅とは全く違うモンが出てくる。使い道が無いから価値も付かねえ。だいたい鉱夫っちゅうンは落盤や窒息、漏水の危険が常につきまとう中、命懸けで坑道サ潜ンのにそんなモン掴まされた日にゃあ悔しいったらねぇべ!人サ喜ばせておいて何の価値も無いだなんて…、まさに人サ騙す悪魔の所業と言うべき鉱石だべ!!」
含みを持たせつつ語るガントンさん、強い怒りをにじませながら語るゴントンさん…、二人それぞれの感情を感じるがいずれにせよニッケルはあまり歓迎されていないらしい。
「なるほど…、そうなんですね。だけど、その悪魔の銅なんですがある意味では天からの贈り物とも言えるんです」
「…どういう意味じゃ、坊や?」
腕組みしたまま片眉をピクリとさせてガントンさんが問いかけてくる。
「ガントンさん、ゴントンさん。隕鉄というのはご存知ですか?」
隕鉄…、それは宇宙から飛来する鉄隕石。鉄とニッケルの合金で出来ており
「知っておる。ただ、聞いた事があるだけで見た事は無いがの。その貴重な鉄を打って作った護刀は魔除けの力があるとか…、どこぞの王家に代々伝わっておると聞く…」
「実はその隕鉄というのは紅鉛鉱…、悪魔の銅が含まれている鉄なんです」
「な、なんじゃとおっ!?」
「隕鉄は魔除けにもなる鉄…、それに悪魔の銅が混じっている訳が…」
ドワーフの兄弟は驚きを顕にした。
「ステンレス…、いや魔鉄ですね。これを作る為の割合はこの紙に書いた通りです。細かい割合ですが物の長さや大きさ、重さも正確に感じ取れるドワーフの皆さんなら魔鉄を作るに支障は無いかと思います」
「む、むむう…」
「だ、だけんど…」
そうは言うものの二人はまだ若干歯切れが悪い。そこで僕はと自宅アパートから持ってきた物を取り出した。いつも台所で使っている包丁、ステンレス製だ。刀身部分に巻いていたタオルを解き二人の前に置いた。
「これは僕の普段使っている包丁です、お二人に渡した調合表と同じ材料で作られています」
論より証拠、僕は現物を見せる事で説明と説得を果たそうとした。
「ぬうおおおっ!!」
「こ、こ、こりゃあ…」
二人が目を見開き感嘆の声を上げた、そして置かれた包丁を手に取る。
「つ、つ、使い込まれた様子がある!だが、この包丁に錆びは無いっ!」
「魔力は感じねえけんど、この刀身…!えらく薄作りだけんど丈夫に出来とる!!」
「魔力?」
地球には無いものだからなあ…、僕は思わず首を捻る。
「そうじゃ、魔鉄は大なり小なり魔力を帯びとると聞く!」
「んだ!!コレにはそれがねえ!!もし魔力が帯びれば古今東西、名のある名剣…、いや包丁になったかもしんねえべ!」
「ぬうう…、だがこれほどの金属を精錬するには…」
「兄貴ィ…」
ドワーフの兄弟二人、真剣でいてさらに辛そうな表情をした。
「ど、どうしたんです?二人とも…、難しい顔をして…」
僕が問いかけるとガントンさんが辛そうに口を開いた。
「…坊や、ワシには分かる。これをワシらの手で作るには相当な労力、さらには魂を削らねば出来んであろうよ」
「魂を…、削る…?」
「んだ!精錬しながらオデたちの魂を…、魔力を込めて打ち続ける必要があるべ」
「うむ、一瞬の油断もならぬ。始めから終わりまでな。おそらく何日にも渡ってな…」
何日も…、それは大変な事だ。きっと魔鉄とはステンレス鋼の特徴を持ち、さらには魔力を込めて打つ必要のある金属なのだろう。
「ごく稀に魔鉄そのもののカケラが見つかる事があるのじゃが…。それは元々魔力を帯びておるそうでな、それを使うなら含んでいる魔力を損なわぬように打てば良いのじゃが…」
「まあ、それでも油断はならねえべ」
「ずいぶんと扱いの難しい金属…って事ですね」
僕は材料さえ有れば難なく作れるものと思っていたがそれは大きな誤解だったようだ。
「そして何より最大の問題が…」
「そうだべ、オデたちには一番の困り事だべ…」
「そ、それは一体…?」
ごくり、思わず僕の喉が鳴った。
「始めたら最後、終わるまで何日も油断はならぬ」
「その間、オデたちは酒を飲む訳にはなんねえべ」
真面目な顔で二人は言った。
「………へ?」
僕は思わず間抜けな声を出した。
「細心の注意を払い続けねばならぬゆえ坊やの酒が何日も飲めん」
「はい」
「それが一番の問題なんだべ」
「そ、そうですか…。じゃ、じゃあとりあえず今夜は飲みだめしておいたらどうですかね。みなさんは二日酔いはしないんだし…」
何とも言えぬドワーフ兄弟の発言に僕は脱力して応じていた。
次回予告。
ゲンタの持ち込んだレシピ通りの材料を揃えステンレス鋼…、異世界名『魔鉄』の生産を開始したガントンたち。
試しに少量を試作してみたのだが思ったほど出来が良くない。
「普段ワシらが作る鋼より数段上質な地金ではあるのじゃが…」
何が原因なんだろう、そう考えたゲンタは色々と鍛治の情報を集める。それも異世界で魔鉄を生産する事が出来るように…、そこで思いついたのは犬獣人族のとある人物と話した時の事だった。
「ガントンさん、森に行きましょう。犬獣人族の方と一緒に」
次回、異世界産物記。
『物足りぬ鋼』
お楽しみに。