第433話 プロローグ 僕は商人
前話あとがきにて募集しました新章への希望コメントありがとうございます。最初は魔界編が多かったのですがミスリル包丁編が盛り返してきています。幅広いご意見、まだまだ募集しています。よろしくお願いします。
「…それで我がここに来た理由だがな」
殴られたり蹴られたり、あるいは投げ飛ばされたかで大小様々な傷を負っているファバローマが口を開いた。その隣には夫と同じように生傷ありまくりの奥さん、名前はダアンジャプというそうでその彼女が腕組みして座っている。恒例の冒険者ギルドでの朝の販売を終えてマオンさん宅に戻った僕たちは早速彼と話をする為に庭にある石木のテーブルに着いた。
「あぁんっ!!あの方がファバローマちゃんなのねぇんっ!たくましい胸板、ムキムキの上腕、美味しそうだわぁんっ、アタシどうにかなっちゃいそうよぉっ!もうどうにでもしてえんっ!」
護衛役のイッフォーさんはファバローマを一目見るなり興奮し始め、今も荒い呼吸をしている。それをクーゴさんが『どうにかしてるのはお前だ』となんとか抑えている。
「酒を所望する」
短くファバローマは言った。
「え?さ、酒?」
意外な理由に僕は問い返した。所望ってたしか、欲しいって意味だよね…。
「うむ」
ファバローマはひとつ頷いた。
「最近、この町に珍しき物が集まると聞いた。真っ白なパンに塩、胡椒…いやその他の聞いた事もない香辛料、衣服、魚、そして酒だ」
ああ、全部日本から持ってきた物っぽい。
「そして酒に関してはドワーフまでも心酔していると噂に聞いた。根も葉もない噂と思うていたが…、古くからの知己もまた口を揃えてこの町に来れば手に入るであろうと…、我を満足させるに足る強き酒がな。そして我は昨夜の酒を飲み確信した。我の所望するものがここにはあると、きっとさらに酒精の強い物も手に入るであろうと」
「は、はあ…」
間違いない、日本からの商品だ。
「昨夜は思わず痛飲し、我も多少は酔うてしまった。そうでなければ妻にこうも簡単に遅れを取るなどという事はなかったはずだ」
「そ、そうですか」
(夜明け近くまでやりあって…簡単に負けたって言うのか…、ナジナさんの話じゃ夫婦喧嘩は夜明け前にやっと決着がついたと聞いたんだけど…)
「アンタはそれで良いかも知れないけどさ」
そんな僕の思いをよそにファバローマの奥さん、ダアンジャブが口を挟む。
「こっちは一人遊びに出かけたままの唐変木を連れ戻しに来てんだよ。好きな酒も飲まずにさ」
「その事よ」
奥さんの言葉に乗っかるようにしてファバローマが応じた。
「この町に来れば我らを満足させる酒が手に入る。ましてや七色に変化する酒まであるそうだ」
「七色に変化する?そんな事ある訳ないじゃないのさ」
「へっへっへっ。そりゃウソじゃねーよ、あるんだな、コレが」
夫婦の話にナジナさんが加わった。
「変化する…っていうのはちょっと違ってな、あの『しょうちゅう』ってヤツに他の物を加えるんだ」
「む、『しょうちゅう』とな…。我が昨夜飲んだ透明だが強いあの酒か?」
「そうだ、アレだぜ」
「だけどそれじゃ色が変わるだけだろう?それに混ぜ物なんかしたら酒精が薄くなっちまうじゃないのさ」
アルコール濃度が薄い酒なんてつまらないじゃないのさとダアンジャブが投げやり気味に応じる、この人もまたかなりの酒好きのようだ。
「確かに酒精は薄まる…、だけどなその混ぜる物ってのが傑作なんだ。ワインのようになる味、お天道さんみてえな色したスッキリした果実の酸味が際立つ爽やかな味、肉の丸焼きみてえなモンを食ってる時に飲みたくなる渋い風味なヤツもある。なんて言うかな、変幻自在って感じか?俺たちはもちろん、エルフやドワーフも気に入ってるんだ!」
「へえ、味まで変わるのかい!?興味が湧いてきたよ、エールも悪くないがどうにも野暮ッたい風味だ。どうにもそれが不満でね、爽やかな味がするなんて…そいつは是非にも飲んでみたいねえ」
「おっ、そうか?実はな冒険者ギルドにあるんだよ」
「ギルドだと、なぜそこに?む…、なるほど併設された酒場にその酒が売りに出されるのか?」
ファバローマが少し思案してナジナさんに問うた。
「いや、ちょお〜っと違うんだぜぇ?」
「なんだい、もったいぶるじゃないのさ?」
「まあ、その目で見りゃ分かるさ!いつでも買う事できるから飲もうと思えばいつでも飲めるんだぜ!」
「そりゃ良いね、すぐにでも飲みたいよ!」
「よし、なら行くか!?歩いてすぐだぜ!」
「よし、我も行くぞ!」
ファバローマ夫妻、そしてナジナさんが勢いよく立ち上がる。
「ちょ、ちょっと!!ストップ、ストォォップ!!」
僕は必死に冒険者ギルドに向かおうとする三人を止めに入った。
「ん、どうした兄ちゃん?」
「ど、どうしたじゃないですよ。昨日あれだけの騒ぎになったんだから町の中を歩いたら大変な事になりますよ!」
「そ、そうか…。俺としちゃ気にしねえんだが…」
そうは言ってもあれだけの死闘を繰り広げたばかり、ファバローマの姿を見たら町中大騒ぎになるは想像に難くない。まさに火を見るよりも明らかってヤツだ。
ファバローマに敵意が無い事は分かっている。だが、それは話をした僕たちだけの事だ。事情はどうあれ一時は殺し合いに発展したのは紛れもない事実。町衆からすれば恐怖以外の何物でもない…そんな可能性が高い。今だってマオンさん宅の前の通りからファバローマたちの姿が見えないように闇精霊のカグヤの力を借りている。
「とりあえず宴会って訳には行きませんが味見くらいは出来るようにしますから…」
「どうするつもりだ、精霊使い?うぬが代わりに買ってくるのか?」
ファバローマから質問が来る。
「え、精霊使い?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「何を驚いておる?うぬは闇精霊を使ってこの敷地と通りを隔絶しておるではないか?」
ああ、なるほど…。だから精霊使いと思ったのか…、だけど。
「いえ、僕は精霊使いではありません。魔力ってのも無いですし…」
「む?」
「僕は商人、それも駆け出しの…。それに闇精霊の彼女、カグヤは…」
僕はシャツの胸ポケットに入っているカグヤをチラリと見た、彼女もまた僕を見上げている。
「僕の友達です」
ぎゅっ!!
「いたたっ!」
カグヤが服の上から僕の胸をつねった、…どうやら僕の答えが気に入らなかったらしい。