第430話 四つの幸運
「そうだ、それで良い」
腕組みしたファバローマが満足そうに頷いた。
ウォズマさんは再び剣を取る事を選んだ。再起不能なまでに砕けてしまった左腕の骨、日常生活を送る事は出来ても激しい戦闘には耐えられないという事らしい。ましてやウォズマさんは凄腕の戦士、するのは木の枝を振るようなお遊びのようなチャンバラごっこではない。金属の塊である重い剣、それを振り回さなければならないのだ。
「第一の幸運はうぬが我が角を折った事」
ファバローマは昼間の戦いで切り落とした片方の角を差し示した。
「これを素材に砕けた骨に対する添え具とするのだ」
「い、良いのかよ!?お前の角だって言うのに…」
ファバローマの言葉にナジナさんも戸惑い気味だ。
「ただでくれてやる訳ではない。それは彼奴が闘争の果てに手にした物…、その瞬間からその角は我の物ではない」
そしてその角は今は赤く熱され、ガントンさんゴントンさんの二人のドワーフにより叩き鍛えられている。
「その鍛えた角を最後は薄く整形せい!『双刃』の腕の骨にそうように…、後で水に入れると縮む。その分を忘れぬようにな」
「分かっておるわい!焼きを入れるとこの角ならだいたい一割くらい縮むようじゃ」
「おう!それにしてもなんて軟らかい素材だべ!熱を入れて叩いたら面白いくらいに形を変えるべ!」
「それが二つ目、三つ目の幸運よ。その角…生半可な熱では満足に温度すら上がらぬであろう。火精霊なればこそ赤熱させられたのだ。さらにドワーフの…その腕輪は棟梁の証、角を満足に鍛える腕はあろう」
ファバローマが言う四つの幸運のうち、二つ目の幸運は精霊たちの存在。ただの熱源ではファバローマ…ディアボロス族の角には満足に熱が通らないらしい。しかし、火の精霊であるホムラなら十分に赤熱させる事が可能らしい。
そして三つ目の幸運はドワーフの棟梁がいた事、赤熱させる事が出来たにしてもディアボロス族の角は扱いが難しいらしい。だが、ドワーフの棟梁クラスの鍛治技術なら加工できるだろうとの事だ。さらに言えばガントンさんもゴントンさんもまた二つ名持ちの凄腕の戦士だ。肉体の事は熟知している、ウォズマさんの体の肉付きなどから骨格などもだいたい分かっているようだ。
「ようし、完成だべ!」
ゴントンさんが声を上げた。ファバローマの角を鍛えて出来た生春巻きの皮くらいの厚さになった上腕の骨を包むような形状の物が出来上がった。
「セラ、お願い」
僕は水精霊のセラに声をかけた。セラは水の玉を生み出し赤熱しているファバローマの角だった物を包むとジュウウウ…と音を立て焼き入れされていく。
「精霊の水なればこそ一気に焼きを入れる事ができるのだ。ただの水では十分に熱が取れず焼きムラが生まれ形も狂う」
そう言ってファバローマは出来上がったばかりの骨の添え具を手に取った。
「四つ目の幸運は…」
「お、おい…大丈夫なのか…。う、腕を切り開くなんて…」
ナジナさんが心配そうに声をかけてくる。
「静かにしておれ。わずかでも手元が狂えばそれまでの事…」
そう言うとファバローマはウォズマさんに近付いた。
「覚悟は良いか?」
「いつでも」
椅子に腰掛けウォズマさんはファバローマに応じた。
「痛みで動いてしまうやも知れぬ。その腕、縛り付けるなどして固定していた方が良いのではないか?」
「そうすると治療の邪魔になるかも知れない。問題無いよ、覚悟は出来てる」
「フッ、剛気な。腕を切り裂かれると言うに…。我をそこまで信用できるのか?」
「ああ、頼むぜ。強敵よ」
ウォズマさんとファバローマが静かに言葉を交わし合った、そこには奇妙な友情のようなものがあった。
「おじちゃん」
いつの間にやってきたのか、アリスちゃんがファバローマに声を掛けた。ファバローマがアリスちゃんを目に留めた。
「おとうさんを…」
「童よ、離れて待つが良い。武運あらば…」
そう言うとファバローマは僕とミアリスさんに声をかけてきた。
「分かっておるな」
「終わったらすぐに僕が軟膏を塗り…」
「わ、私が治癒魔法をかける!」
ファバローマが示した四つ目の幸運、それは傷を治す手段。腕を切り開き骨の添え具をウォズマさんの腕に装着する、しかし、腕の中心部までかっさばくのだ、その傷を塞がねばならない。だが、傷が大き過ぎ包帯を巻く程度では満足な止血にもならない。僕たちの出番という訳だ。ファバローマはすっかり傷が治っているウォズマさんの様子を見てこれなら骨の添え具を装着させた後にすぐに傷を塞ぐ事が出来るのではないかと考えたようである。
「では、参る…」
そう言うとファバローマは残る片方の角を構えた、この角でウォズマさんの左上腕を切り開くようだ。緊張が高まる…。
「ぬうありゃあああッ!!!」
ファバローマが気合いの声を上げその角を振るった。
次話、今章エピローグ。
『ファバローマより強いもの』。
お楽しみに。