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第427話 戦い終えて


「そっとだ、そうっと運ぶんだ!」


「分かってるぜッ!!ナジナのアニキ!」


 言葉は荒々しく、反対に行動は繊細に…冒険者たちが動いていた。魔族ファバローマと対峙し倒されはしたものの引き上げさせたウォズマさんを近くで借りてきた荷車に乗せて運ぶ為である。


 ナジナさんは倒れてきたウォズマさんを受け止めると同時に大きな声を上げた。


「ウォ…、ウォズマは…。ウォズマはまだ生きてるぞ!!」


 その時ちょうど人を集めてやってきたのが冒険者ギルドの受付嬢シルフィさん。


 彼女はナジナさんとウォズマさんを兄貴と慕う四人組を引き連れやってきた。実力的にはまだまだだが、かつてナジナさんとウォズマさんに危ない所を助けてもらった事があった彼らは恩を返すなら今しかねえとばかりに意気込んでやってきたのだ。


 本来ならこんな真っ昼間にはギルド内には人がいない事が多い。残っているのはその日を休養に()てている人か、今日の仕事にあぶれてしまった人などである。彼らはどうやら前者のようで昨日から今朝にかけて粘り強く狩りをした結果、大きめの(ワイルドボア)を仕留めたらしい。それでギルドで換金と前祝いとばかりに飲み始めようとしたら今回の急報が入ったようだ。


「ッシャ、コラーッ!」


 若い四人組が気合いの声を上げ荷車を引き始める。


「馬鹿!デケえ声を出すな。静かに、だ!」


 ナジナさんが四人組を叱る。


「私はすぐにミアリスさんを…」


 シルフィさんが光速の能力を使い瞬間移動で姿を消す。治癒の魔法が使える彼女を呼びに行ったのだろう。


「僕は一足先にマオンさんの所へ知らせます!寝台の用意とか必要でしょうし…。みんな、ついてきて!」


 そう言って僕は町を駆けた。いまだに騒然とする町の中、僕とサクヤたち精霊の一団は急ごしらえの緊急治療室となるであろうマオンさん宅に急ぐのだった。



 マオンさん宅に運び込まれたウォズマさん、そこでは懸命の治療が続けられた。ミノタウロスたちやファバローマとの激戦は昼前には終わっていたが、もう既に陽は西に傾き始めている。


「おそらくこれで…」


 猫獣人族(キャトレ)のシスター見習いミアリスさんは汗で額に張りついた髪を手で払いながら言った。


「嬢ちゃんッ、ウォズマは大丈夫なのかッ!?」


 治療が行われている部屋には治療を行うミアリスさん、さらには部屋を明るく照らす為にサクヤ、湯を沸かす為にホムラとセラがいる。そして見守る為にナタリアさんとアリスちゃんだけが入った。その様子を僕たちは部屋の外から首を突っ込むようにして覗き込んでいる。治療が落ち着いたところでウォズマさんの相棒であるナジナさんがミアリスさんに尋ねた。


「は、はいっ。これで怪我の方は…、幸い切り傷は少なかったですし…。ほとんどがいわゆる打撲、出血が少なかったので治療自体は時間さえかければなんとかなる状態でした」


「じゃ…じゃあ…夫は…?」


 ナタリアさんが心配そうな顔で尋ねる。


「命の危険はもう無いと思います。ウォズマさんの体力次第ですが今夜か…、遅くとも明日の朝には目を覚ますのではないでしょうか」


「よかったあ…」


 アリスちゃんが安堵の息を吐く。同様にマオンさん宅に集まった僕たちもほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます!!」


 ナタリアさんがミアリスさんに頭を上げた。


「いえ、私の魔法力はそこまでではありませんから…。私の魔法では軽傷治癒がせいぜい…、こんな大怪我とても一日では治療は終わらないですよ。それがこうして無事に終わったのはゲンタさんのお薬が力を発揮したのでしょう」


 そう言ってミアリスさんは僕の方に顔を向けた。


「に、兄ちゃんの…?あの…塗り薬かい?」


 ナジナさんが空になった塗り薬…軟膏(なんこう)の入れ物を見てミアリスさんに尋ねた。


「はい、あれのおかげです。あれをひと塗りしたら擦り傷とかすぐに(ふさ)がりました。打撲にも…、腫れがすぐに引き始めましたから。あれはまさに奇跡の軟膏と言って良いと思います」


「ゲンタさん!」

「ゲンタぁ!」


 ナタリアさんが…、そしてアリスちゃんが感極まったようすで僕に声をかけてきた。


「良かった、王洩莫咽(おうろうないん)軟膏が役に立って…」


「おーろーないん?」


「うん、アリスちゃん。この軟膏の名前だよ、軽いものなら切り傷でも火傷(やけど)でも効く塗り薬だよ」


 異世界で怪我をする事があるかもしれないと普段から持ち歩いていたこの王洩莫咽(おうろうないん)軟膏は凄まじい効果があった。塗ったそばからウォズマさんの切り傷や擦り傷が綺麗になっていく、日本ではドラッグストアで簡単に買える物だ。もちろん日本でこんな凄い効果がある訳ない。それがどうしてこんな効果になったか思い当たるのは…。


(サクヤたちが時々、テーブルの上とかで容器を転がしたりして遊んでいたからだろうな…)


 精霊がたくさん触った物は精霊の祝福を受ける…、きっとこれが原因だよな…軟膏の入れ物を精霊たちがコロコロと転がして遊んでいるのを見た事があったし…。


「とにかくこれで一安心だね。無事だと分かったら(わし)はもうコシが抜けてしまって…」


 固唾を飲んで見守っていたマオンさんがフゥゥと息を吐きながらどっこらしょとばかりに椅子に腰掛けた。


「とりあえず…少し休むか」


 ナジナさんも気が抜けたようだ。


「婆さん、悪いが井戸貸してくれ。ちっと念入りに体を洗ってくらあ」


 ミノタウロスたちの返り血などを水で湿らせた布で拭った後はずっと治療を見守っていたナジナさんが口を開いた。


「ああ、それなら風呂場使いなよ。もうすぐ日暮れだ、今から水で洗ったら体を冷やしちまう。湯に浸かっておいでよ」


「お、そうかい?んじゃ、そうさせてもらわあ」


……………。


………。


…。


 ナジナさんは風呂を済ませ、そして僕たちは思い思いに体を休めた。時は過ぎ日がすっかり日が暮れた頃…。


「あなた!?」

「おとうさん!」


 ナタリアさんとアリスちゃんの声がした。


「みなさん、ウォズマさんが意識を取り戻しました!」


 ミアリスさんの声が響いた。


 次回予告。


 ファバローマとの激戦を生き延びたウォズマ。


 しかしその肉体は限界を超えた酷使に加え、左半身…とくに腕に負った負傷は深刻であった。その時、戦士は静かに一つの決断をする…。


 次回、異世界産物記。


 『ウォズマさんの引退』



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