第42話 未知と出会う宴会(6) シルフィさんの解説!魔法について。白い少女の正体は?
「お、おい…、兄ちゃん…。何だ…、そのちびっこいの?」
戸惑い混じりのナジナさんの声が響く。『ちびっこいの』とは僕の傍にいる白い服の少女の事だろう。
「うわあ、ちっちゃ…」
「かわいい…」
マニィさんやフェミさん、ミアリスさんやアリスちゃんが食い入るように少女を見つめている。
その当の白い服を着た小さな少女はといえば、みんなの困惑をよそにふわりふわりと宙に浮きながら両手に持った一片のみかんを美味しそうに食べている。声こそ出さないが甘い、美味しいと喜んでいるようだ。
このいきなりの登場に周囲を見渡すと誰もが唖然としてこちらを見ている。その中には先程、この不思議な少女の出現にみかんを食べる手が止まっていた僕に声をかけてきたミアリスさんもいる。その彼女もまた驚きを隠せない。…という事は、先程の段階でミアリスさんはこの少女の存在に気が付いていなかったという事になる。それが今になって見えるようになったのは…、やはりあの強い光を放ったのがきっかけなんだろうか。
「光の精霊…。『ウィル・オー・ウィスプ』です。…しかし、人型をして現れるとは…」
この宴会が始まる時、明かりとなるソフトボールくらいの大きさの光の精霊を呼び出したシルフィさんが返答えた。
「光の精霊?あの浮いている光の玉みたいな物とは違うのかい?」
マオンさんがシルフィさんに尋ねた。
「あれも光の精霊です。正確には光の精霊の力の一部を借りたもの…、といった感じです」
シルフィさんによると、今この場を照らしているのは光の精霊の力の一部、『光で照らす』という能力。これは単純な能力であり、大きな力が必要な訳でもない。なので本来は人型の精霊だが、このような小さな能力の行使で済む場合にはこの宴会が始まる際にシルフィさんが呼び出した主に球形の姿で現れるらしい。
おそらく球形の姿で現れる時は精霊召喚の簡易型、大きな力や複雑な事を頼む場合には本来の姿である今のような人型の状態で召喚するのだという。
「たしかに人型の状態で召喚すれば極端な話、精霊は余す事なくその力を振るえるでしょう。しかし、複雑な事をしてもらったり大きな力を振るう為には、精霊に対し召喚した者はそれだけ対価を用意する必要があるのです」
対価…、それは一般的に召喚した者の精神力。魔力なのかなと思ったんだけど、それは別な物なのだそうだ。精霊召喚に限らず、魔法のようなものを行使する際は自らの精神力を文字通り『振り絞って』放出するのだという。
魔力と精神力の違いは、腕力と体力のようなものだという。腕力があれば、力の強さによって同じ行動をしたとしても大きな差が出る。例えば、僕とナジナさんがサンドバッグに全力でパンチをするとする、あまり運動経験の無い文系学生の僕と世紀末でも無双しそうな筋骨隆々のナジナさんではその威力は見るまでもないだろう。そして、その行為をどれだけ続けられるかは体力の問題である。
ゆえに魔力と精神力の関係は、同じ魔法を使ったとしてもその使用者の力量によっては、とある有名大魔王の『今のは…、メラだ』というセリフでおなじみ初級火炎攻撃呪文が上級火炎攻撃呪文のように決定的な差となるのが魔力。そして魔法をどれだけ使えるのか、その使用量の多さが精神力である。
ちなみに魔力というのは、ある程度強くないと上位の魔法はその難度が高過ぎて行使する事が出来ないという。
なるほどゲームで例えれば、中盤から後半で習得する消費MPが10のHP全回復の魔法があるとする。レベル1の僧侶がいくら最大MPが10以上あると言っても使えないといった感じだろうか。
とりあえず、魔法とか魔力とか、精霊の簡単な事はなんとなくだけど分かった。しかし、この小さな少女…光精霊、一体どうしてここにいるのだろう。そんな僕の疑問をよそに彼女は他のデザートにも興味深々といった感じだったので、今度は白桃を一口サイズ(人間にとっての大きさで)にした物を差し出してみるとこれも美味しそうに食べ始める。僕の疑問は深まるばかりだった。
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「本来、精霊は自由な存在です」
シルフィさんが再び話し出す。風が吹き水が流れるのも、土が種子を受け止め火が揺らめきながら燃えるのも、それらは全て精霊が関係しているという。自由であるが故に、例えば風の精霊による予期せぬ突風が起こったりするのだと。
「なので人前にこのように人型での姿で現れる事も大変珍しい事ですがあるにはあります。『森の中で精霊に出会った』というような話が年に一、二回あるのはその為です」
今この場にも僕たちには見えないだけで数多くの精霊がいるのだという。日本でもあらゆる物に神様が宿るという『八百万の神』という言葉や信仰があるが、似た所があるのかも知れない。ここ異世界は僕らのいる地球より遥かに数多くの種族が存在し、遥かに複雑な社会なのではないかと思う。しかし、互いに助け合い共存しながら暮らしている。
異世界に来てからマオンさんをはじめとして、こうして仲良く夕食を囲んでいる。僕のまわりをふわふわ浮かびながら美味しそうに果物を食べている光の精霊も仲良くなれるならそれは素晴らしい事だろう。そんな事を考えながらもうすぐ彼女が白桃を食べ終わりそうだったので、次は黄桃をスプーンに乗せ準備する。
すると、ウォズマさん夫妻の娘アリスちゃんが自分もしてみたそうに近づいてきたのでスプーンを渡すと、おそるおそる精霊に差し出す。精霊は僕ではなくアリスちゃんから差し出された事に戸惑ったのか、チラッと僕を見たのだが返事代わりに軽く微笑んでうなずくと黄桃を手にして先程の白桃ては違う歯触りを楽しんでいるのか嬉しそうに食べ始めたのだった。
「ちなみに、精霊が姿を現すのは何か理由はあるのですか?」
「それは、たまたまである事が多いようです。例えば風の精霊が気分良く風に乗って漂っていたら、気付いた時には薄暗い森の中に入ってしまっていて驚いて姿が現れてしまったりするそうですね。よく森などに迷い込んだ旅人の目の前に精霊が現れたなんていう話が多いのはその為でしょうね」
「うーん、じゃあお互いに森で迷子だったって事になるのか」
「そうかも知れません。風の精霊なら風の流れが分かりますから、その流れに乗れば森を抜ける事は容易い。『迷い込んだ旅人が精霊の後をついて行ったら無事に森を抜ける事が出来た』、酒場でよく聞く話ですね」
うーん、なんだろう。実情を聞いてみるとなんだかロマンに欠けるというか…、なんかもうちょっと夢のある話なら良かったのだが。
「ところで…、嬢ちゃん。精霊うんぬんは分かったんだがよう、生憎とここは森の中って訳じゃねえ。一体どうしてその精霊は此処にいるって訳なんでえ?」
道具屋のお爺さんが質問する。
そう、僕はそれも聞きたかったんです。
「ええ、それは…」
それは?ググッと一同が少し前のめり気味にシルフィさんの次の言葉を待つ。
「その…、明かりを照らしながらこの場に漂っていたら、ゲンタさんのこの水果がとても美味しそうだったから自分も食べてみたくなって…、だそうです」
「………」
なんて言ったら言いのか分からず、とりあえず精霊の方を見てみると彼女はふわりふわりと浮遊しながら満面の笑みで黄桃を食べているのだった。




