第426話 最後まで立っていた者
シャリィィインッ!!
辺りに甲高い、そしてとても澄んだ音が響いた。
ファバローマに渾身の一撃を見舞ったウォズマさんが激突の後に宙を舞う。交錯の直後、ウォズマさんの肉体はクルクルと回転しながら高く跳ね上がっている状態だ。数メートルほど上昇すると今度は重力に従いウォズマさんの体はそのまま下降を始めた。
ザッ!!
千二百人戦力で突っ込んでいったウォズマさんがその二本の足で着地した。しかし、その直後には力を使い果たしたのかその肉体はグラリとよろめいた。
「力不足…、だった…」
ウォズマさんの口からそんな呟きが洩れた、いつの間にかその全身を包んでいた光が失われている。
ザクッ!!…ビイィィィィンッ!!
ファバローマの立っている近くにあった少し大きめの…、漬物石にするには少し大きいと言わざるを得ない角張った石に突き刺さる物があった。
「ファ…、ファバローマの角が…」
「片方…無くなっている」
「た…、叩っ切ったんだ…」
町衆たちが目の前で起こった出来事を口にした。その言葉通りファバローマの角は片方が根本から切断されて無くなっていた。しかし、肉体にはダメージが無さそうである。
「今度はこちらの番だ」
力を使い果たし最早身動きの取れないウォズマさんにファバローマが突っ込んでくる。
ドカアッ!!
角を切り落とした事が幸いしてその角を突き出した突進がウォズマさんの胸に突き刺さる事はなかった。だが、衝撃が無くなる訳ではない。角の代わりに肩から当たるタックルのような一撃がウォズマさんの体が上空に跳ね上げられる。
「う、後ろじゃなくて真上に吹っ飛ばされるなんて…」
「と…突進の勢いが凄すぎて後ろに吹っ飛ばされる勢いより体に加わった回転の方が上回ったんだ。だから、強すぎる風に吹き散らされた葉っぱが遠くに飛ばされねえでそのまま真上にクルクルと浮かび上がるように…」
「ハ、大嵐に飲み込まれたみてえだ…」
グルグルと回転して打ち上げられたウォズマさんの体が地表に落下してくる。その勢いでは受け身など取れるものではない、そのままウォズマさんの体は地面に打ちつけられた。
「そ…『双刃』が…」
「や、やられた…」
町衆が落胆する。
「終わったな」
倒れたウォズマさんをチラリと確認するとそうファバローマは呟きを残しウォズマさんに背を向けた。
…だけど。
「あ、ああ…」
その時、僕は声を洩らした。
「ウォズマさんが…。た、立ち上がった…」
「何ィッ!?」
ぐるりとファバローマが後ろを向いた。そこには確かに立ち上がったウォズマさんがその愛剣を手放す事なく静かに…、彫像のように微動だにせず静かに構えている。
ただ、その表情はよく分からない。普段は整えられた金髪が今は乱れ、その前髪が今は目元を隠しているからだ。
「ぬうっ、まだ力尽きていなかったか!?」
トドメとばかりに再びファバローマが突進を仕掛けた。
「や、やめろーッ!!」
僕は叫んだ。さっきの一撃はウォズマさんが死力を尽くしての一撃だったはず、立つには立ったがきっともうウォズマさんには身をかわす体力なんて…。
ビタアァァッッッッ!!
「ファ…、ファバローマが…」
「と…止まった…」
町衆の言葉通り、ファバローマの突進がウォズマさんの目の前で止まっていた。対してウォズマさんは微動だにしない。
「ウォ、ウォズマさんはカウンターを狙っていたのか?だからファバローマは警戒して足を止めた…?」
僕はそんな感想を洩らす…。
ピシイッ!!
何やら乾いた、それでいて甲高い音が響いた、何の音かは分からないけど…。
「あれ?ファバローマが…」
突然、ファバローマがウォズマさんに背を向けた。そのまま自らを見守るミノタウロスたちの元に戻っていく。
「引き上げるぞ!!」
ミノタウロスたちにそう号令するとファバローマは車輪付きの玉座にドッカリと座るとそのたくましい両腕を組んだ。ミノタウロスたちが引き上げていく。
「ウォズマさんッ!!」
僕は駆け出した、ミノタウロスたちは立ち去り危険は無いと感じたから。サクヤたち四人の精霊もついてくる。
ピシイッ!ピシッ!!
またあの何だか気になる音が響いた、何だろうか?
「ウォ…、ウォズ…マ…?」
声のした方を見ると四体のミノタウロスを同時に相手取ったナジナさんがウォズマさんの元に駆けつけてその間近にいた。彼もまた死闘を繰り広げ全身は返り血に塗れている。対するウォズマさんは剣を構えいまだに直立したままだ。
「お、おい、どうした…?ヤツを…、お前が追い払ったんだぜ?…ウォズマ?」
ナジナさんが相棒の前髪に隠れた顔を覗き込む。
「こ…、これはァァッ!!?」
ナジナさんが叫んだ。
「ど、どうしたんですか!?ナジナさんッ、ウォ…ウォズマさんは…?」
僕もその場にたどり着きウォズマさんの様子を見た、思わず息を飲む…。
「ウォ…ウォズマさん…、あなたは立ったまま…」
ピシピシッ!ピシイッ!
まただ、あの耳障りな音…。何だ、これは?そう思っていると音はどんどん激しく、そして数多くなっていく。
ピシインッ!!
一際大きな音がした、そしてこの時初めて分かった。この不快な音の正体…、ウォズマさんの構える剣に無数のヒビが入っていく。そしてついに…。
パキイィィンッ!!
剣が…折れた。まったく同じタイミングで…、そしてまったく同じ形で…。
両の足で立っていたウォズマさんがゆっくりと前に倒れ始めた。きっと両の足と手にした一対の剣の重さが釣り合って直立を支えていたのだろう。それを失いゆっくりとウォズマさんの体が前のめりに崩れ始めた。その手から握られていた剣の柄が地面に落ちた。
「ウォ…、ウォズマ…」
倒れかけたウォズマさんの体をナジナさんが受け止めた。
「ウォズマよォォッ!!」
ナジナさんの絶叫があたりに響き渡った。