第420話 超一流の戦士
「ぬうありゃあああッ!!!」
敵のボスが気合いの声を上げてその剛腕を振るった。唸りを上げて拳が迫り来る、対してウォズマさんはあの軽やかな足捌きが使えない。絶体絶命の危機である。
「ウォズマさんッ!!」
僕は思わず声を上げた。
「ここだッ!!」
敵のボスと正対していたウォズマさんが体を捻る。体の真芯を捉えようとした拳がウォズマさんの体の表面を滑り、同時にウォズマさんの金色の前髪をその風圧で揺らがせる。そしてそのまま拳を放った後の敵のボスの側面にウォズマさんは回り込む、同時に手にした長剣で切りつける。
「い、今までより深い切り傷が…」
野次馬の誰かが目の前で起きた光景に声を上げた。確かに今の一撃でこれまでより切り傷らしい切り傷が敵のボスの体に刻まれていた。
「や、やった…」
その様子にウォズマさんの不利に静まり返っていた民衆がワッと沸いた。その間にも二人の戦いは変化していた、間合いを取り今は互いのスキを窺い油断なく構えている。
「驚いた…、驚いたぞ…。よもやこんな立ち回りをするとは…」
敵のボスが感嘆したといった様子で呟く。
「自らの不利を…、我の力をこのように利するとはな…」
「ああ、使わせてもらった」
「ど、どういう事ですか!?」
「残念ながらオレの力ではあの強靭な肉体に満足な傷を与えられない、だからカウンターを狙った」
「カウンターを?」
「ああ、それなら相手の攻撃の威力を上乗せして打撃を与えられる。つまり、ヤツの一千人戦力にオレの百人戦力を加えた一千百人戦力で攻撃することが出来る…」
「す、すげえぜ!それなら『双刃」の攻撃は奴のパワーを上回る!」
「いけるぞ、『双刃』ーッ!!」
まだ勝った訳でもないのに町衆が沸いた。一方で敵のボスは余裕のある表情を崩さない。
「フフフ…、素人どもには何も分かってはおらぬようだ」
「…続きをしよう。オレの剣はまだ振るわれる事を望んでいる」
「良かろう、その誘いに乗ってやる」
そう言うと敵のボスは再び殴りかかる、しかし先程と同様にウォズマさんが紙一重で…、拳をその身にかすらせるようにしてかわし切りつける…そんな攻防が繰り広げられた。その度に生まれる敵のボスへの切り傷、それが増える度に町衆の歓声は大きくなっていく。いける、勝てるよ、そんな声が頻繁に聞こえるようになってきた時、この一騎打ちに変化が起こった。
「…くっ!」
なんと最初に地に膝を着いたのは有利に戦いを進めていたウォズマさんであったのだ。
□
「よし、残りは一匹!」
大剣のナジナはその時ちょうど一匹のミノタウロスを切り倒した。いくぶんか自分も手傷を負っているが戦いに大きな支障は無い。
「一対一なら…、待ってろウォズマ!すぐ行くぜ!…ッ…ウォズマッ!?」
ナジナは動揺していた。
その視線の先には相棒のウォズマが地面に片膝を着いている。目立つような怪我をしている様子は無いが…いや、血こそ流してはいないが…。
「ヤバえな、すぐに加勢に行く。待ってろ、ウォズマ!」
ナジナは己を奮い立たせ残るミノタウロスを少しでも早く倒そうと剣を構え直した。
□
「な、なんだ!?どうして『双刃』が倒れているんだよ!!」
「こ、攻撃を食らってる様子なんか無かったぜ!!」
「確かに決定打は無い、だが…」
片膝を着いているウォズマさんとは対象的に敵のボスは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった様子だ。
「ようく見てみるが良い、その男の鎧を」
「なにィ、鎧だとぉ…?」
野次馬たちが…、そして僕もウォズマさんの様子を…鎧の状況に注目した。
「こ、これはァァ!?」
「よ、鎧の表面に抉れたようなキズがぁッ!!」
口々に驚きの声が洩れた。
見れば抉れたり削れたり…、ウォズマさんが身につけている板金鎧の表面に無数の傷が刻まれていた。
「我は少々この者をみくびっておったようだ。なるほど確かに剣や盾を上手く扱う者はおる。しかし、鎧までともなるとそうはおらぬ。間違いなくこの者…、超一流の戦士だ」
「鎧を…、上手に…?」
どういう事だ?
「武器や盾でのパリィ(受けの事)が間に合わぬ場合、残る身を守る手立ては鎧しかない。だが鎧はただ着れば良いものではない、超一流の戦士ならば鎧をも上手く使うのだ。装甲の厚い部分で受ける、あるいは敵の攻撃を受け流しやすい箇所で滑らせるなどな…」
「す、スゲえ!だ、だがどうしてそれなら双刃は倒れているんだよッ!」
「愚か者めッ!!我が一撃は岩をも砕く、そのような一撃を常にこの者は体の表面でかすらせ反撃していた。まさに紙一重でな、直撃こそしておらぬが衝撃は鎧を通じてその体内に伝わる。ましてや我の攻撃を見切るだけの集中力…、それを常に切らさず戦い続けた。気力、体力、その者には最早ロクに残ってはおるまい…」
「ま、まずい…。ウォ…ウォズマさんッ!」
その時、ウォズマさんが再び立ち上がった。
「ヤ…ヤツの言う通りだ。ヤツの一千人戦力を上乗せしてのカウンターも戦況の打開には至らなかった…」
「いよいよ幕といったところか…、うぬはここまでよくやった。せめて苦しまぬよう…」
「まだだ!」
疲労困憊のはずのウォズマさんが鋭い声を発した。
「カウンターならば…、カウンターならば手傷は与えられる…」
「…何を言い出すかと思えば。傷とも呼べぬかすり傷をいくら与えたところで…」
「オレにはまだ…出来る事がある。そしてオレには…オレの後ろには守るべき者がいる…」
ウォ…ウォズマさんは…し、死ぬ気だ!差し違えてでも…そんな雰囲気を感じられる。
「ゲンタ君…使わせてもらうよ。オレの思いついた戦法には君のくれたものが不可欠だ」
そう言うとウォズマさんは懐から何かを取り出した。