第417話 踊るような足捌き
「勝てない…か」
風に乗ってウォズマさんの呟きが聞こえた、それと同時に剣を掴んでいた両の手でダラリと下げた。今まで敵のボスに向けていた長剣の切先も今は腕と同様に地面に向いている。
「えっ…?ま、まさかウォズマさん…勝負を…、諦めたっていうのか?」
思わず不安が口から洩れた。
凄腕で常に冷静なウォズマさん、その彼が洩らした呟きと解いた剣の構え。その光景が僕にはひどく絶望的なものに感じた。
ミーン最強の二人とさえ言われているウォズマさん…、その彼がそんな風に口にしたのだ。それじゃあこの町に住む人たち誰にも勝てないって事じゃないか。
「もし魔族が勝ったら…ここミーンが蹂躙される…?」
思わずそんな事を考えてしまった。
だが、そんな僕の不安に対して意外な人物が声を上げた。
「ほう…」
敵の…ミノタウロスたちのボスであった。
「うぬ(お前という意味)にはまだ我に見せておらぬ戦技があるようだな。面白い、やってみせよ。だが、くれぐれも我を失望させるなよ?その瞬間、うぬの首と胴は永遠の別れを遂げる事になるぞ!」
不敵な笑みを浮かべミノタウロスたちのボスが余裕を見せる。それに対しウォズマさんは無防備極まりないくらい気軽な雰囲気で敵に近づいていく…。うららかな陽気に誘われて鼻歌でも歌いながら散歩するくらいの気軽さだ。
たんっ!たたんっ!たったったたんっ!!
「ウォ…、ウォズマさんが…踊るような…、軽やかな足捌きを…。あ、あれ…見た事がある…!!」
ブ…、ブ○ース・リーだ、アクションスターの…。武道家でもあるあの人みたいなステップだ。
「フッ…、来るが良い」
敵のボスが軽く手招きする。
「ああ」
シュパッ!!
空気を切り裂くような音がしたかと思うと次の瞬間にはウォズマさんが敵のボスに肉薄していた。元々俊敏なウォズマさんだが今の彼はそれをさらに上回っている。あの足捌き…、もしかするとこれはウォズマさんの切り札なのかも知れない。
「ぬゥんッ!!」
一方、敵もさるもの。そんな目にも留まらぬウォズマさんの接近に対して迎え打つばかりに右の拳を突き出している。タイミング的にはドンピシャ、完璧なカウンターだ。
「まずい、あれじゃウォズマさんが…」
やられてしまう…、僕の口からそんな言葉が洩れそうになった。だが、そんな懸念は杞憂に終わる。
グンッ!!
肉薄するウォズマさんは姿勢をより低く、そしてさらにスピードを増した。敵のカウンターで突き出した右拳をくぐり抜ける。
「やった!!ガラ空きの胸元に突っ込んだぜ!」
この戦いを見守っている野次馬の一人がそんな歓声を上げた。しかしこの二人の攻防はこれで終わりではなかった、まだ続きがあったのだ。
「ああっ!?ひ、左の拳があッ!?」
なんと敵のボスはさらに左の拳をショートアッパー気味に放とうとしていた。
「ウォ、ウォズマさんがこうする事を読んでいたのか!?」
身を沈め接近するウォズマさんに対して完全に反応していた、もしかするとウォズマさをんが回避する事を…いやもしかするとワザと身を沈める回避するように仕向けていたのかも知れない。
「ヌルいわッ!!」
敵のボスが左の拳を突き上げる…、マズい…やられる…そう思った時だった。
「まったくだね」
ズザアアアアアッ!!
なんとウォズマさんは野球のランナーが見せるようなスライディングを敢行、地面を滑っていた。これではいかに敵のボスの腕が長いと言えどもその拳がウォズマさんに届く事はない。
「ぬうッ!?」
ウォズマさんはスライディングの勢いをそのまま活かしボスの両足の間を滑り抜けた。
「う、うぬ(お前という意味)は始めから我の背後を衝く事をッ…」
「ああ、狙っていたさ。まともに太刀打ちできる相手じゃない」
完全に敵の背後に回ったウォズマさんは片足を地面に踏ん張り急停止、その反動で体が起きる。そして振り向きながら後方に跳ぶ…。そこには敵のボスの無防備な背中があった。
「もらった!!」
ウォズマさんの声が上がった、これで勝利だと言わんばかりの自信に満ちた呟き。僕は見た、それはあまりにも決定的な瞬間だった。
そこには剣を…、そして自らの体も一緒にぶつけていくような感じでウォズマさんの狙いすました突きが敵の無防備な背中に向けて放たれているところであった。
次回予告。
敵のボスの背後を取り、狙い澄ました突きを繰り出したウォズマ。彼は言う、自分は二つ名持ちの冒険者…兵士百人に匹敵する存在であると…。
次回、異世界産物記第415話。
『百人戦力のウォズマ』
お楽しみに。