第414話 精霊の加護と戦いの始まり
いつだったか日本の自室で過ごしていた時にこちらについてきた闇精霊のカグヤが僕にこんな話題を向けてきた事があった。
「ゲンタ、不思議がっていた事があったよね」
「不思議がる?何かあったっけ?…って僕にとって異世界は不思議な事しかないんだけど…」
僕は首を捻りながら彼女に応じた。
「ほら、あの橋をかけた時…」
「え、橋…?」
僕は記憶を呼び起こす、えっと…。町の南…、窪地が大雨の度にぬかるんで荷馬車が通行不能になる。塩を初めとして輸送に頼っていた。今でこそ僕が日本から持ち込む塩が有るがその頃はなかった、それゆえに持ち上がった商業ギルド発案の公共事業的な土木工事の事だ。
「ほら、あの時…。ダンとギュリが倒れて…」
「あ、ああ…あの時…」
土木工事の依頼を受けた冒険者ギルドのメンバー達、その中で年少のダン君とギュリちゃんが過労で倒れていた。その時に渡したのが…。
「栄養ドリンク…」
「そう」
カグヤがにこ…と笑って返事をした。
「あれは私達の加護が宿っている」
「加護?エルフの服みたいに?」
カグヤが頷いた。
「思い出して…、私達はあの薬を渡す前にビンを…」
「ビンを…、えっと…転がして遊んでた。特にサクヤが激しく…。あっ!もしかしてエルフの服の時みたいにたくさん触れていた…。ま、まさか触れる事…、それが加護につながって…」
「ふふ、正解…。精霊の加護は効き目を飛躍的に上げる」
そうか、だからあんなあり得ないぐらいの効き目になったのか…。
……………。
………。
…。
「これはあの時の霊薬…」
「傷は治せませんまけど…、スタミナは回復するはずです」
だって今朝もこのビンを大玉転がしのように精霊たちがこれで遊んでいたから…、特にカグヤとホムラが激しく…。加護の力はきっと宿っているはずだ。
「ありがとよ、兄ちゃん。行くぜ、ウォズマ」
「ああ、相棒」
そう言って二人が戦いに向かった。僕はそれを無事を祈りながら見送る事しか出来なかった。
□
四つの車輪が付いた玉座のようなものに乗った大きな存在、ミノタウロス達のボスだろうか…それが再び片手を上げた。
「止まれ」
決して大声を出した訳じゃない、それなのにその声はだいぶ距離が離れている僕の耳にまで届いた。
すると前に進んでいた六体のミノタウロスがピタリと歩みを止めた。
「二人か…。ならば同じ数で迎えてやれい」
それに応じてか二体のミノタウロスがナジナさんとウォズマさんの前に立ち塞がった。大きい…ナジナさんは2メートル近くの上背を誇る偉丈夫だ。ウォズマさんだって180センチをゆうに超えている。その二人よりミノタウロスの方が明らかに大柄だ。僕なんかじゃ大人と子供くらいの体格差だろう。二体とも木をそのまみ削り出したような棍棒を手にしている。
ナジナさんは愛用の大剣を背中から、ウォズマさんさんは腰から刀身が幅広の剣を抜いた。そのまま二人はゆっくりと足元を確かめるようにミノタウロスたちに近づいていく…。
一方でミノタウロスたちも二人を迎え打つべく棍棒を構えた。まずナジナさんが大剣の間合いに入った…剣道で言う一足一刀の間、対峙するミノタウロス…両者が同時に動いた。
ミノタウロスが棍棒を頭上に振りかぶった、力はあるが素早くはなさそうだ…僕はミノタウロスをそう見ていたのだが…。
「は、速いッ!!?」
予想外の動作の速さに僕は驚いていた。
「ぬうああああッッッ!!」
対するナジナさんも大剣を振り上げていた。それをそのまま何の小細工もせず振り下ろした、いわゆる袈裟斬り、斜めに切りつける。真正面から棍棒と大剣がぶつかり合う!!
ズバアッ!!
次の瞬間、勝負は決していた。
「あ、ああ…」
ナジナさんの大剣はミノタウロスの棍棒を断ち割りさらにミノタウロスをざっくりと切りつけていた。肩口から胴体中央まで…どう見ても致命傷に思えた。
「致命傷…?いや即死していたっておかしくは…」
僕は口から出た言葉に驚きを隠せずにいた。なんとミノタウロスはまだ生きていた、断ち割られた棍棒からはすでに手を離しナジナさんに掴みかかろうとしている。おそるべき生命力だった。…が、ミノタウロスの抵抗もそこまで、手を伸ばしたところでミノタウロスが膝から崩れた。ナジナさんは剣を引き抜きながら後ろに飛んだ。ミノタウロスはそのまま前のめりに地面に倒れた。
一方、ウォズマさんはと言うと彼はミノタウロスにゆっくりと近づいていた。彼の武器はナジナさんより短い片手剣である。しっかり接近する必要がある。対してミノタウロスの方は棍棒、その大きな体格に見合う長さがある。そのリーチの差を活かして振り上げた棍棒で先に仕掛けた。
「ブンモォォッッ!!」
ウォズマさん目掛けて棍棒が振り下ろされた。一方ウォズマさんはこの間合いでは剣が届かない、なんとかあれをかわさないと…。
どしっ!!
いつの間にか振り下ろさる棍棒の真下にいたはずのウォズマさんの姿が消えミノタウロスの攻撃は空を切った。空振りした棍棒が虚しく、そして激しく地面を打つ。
ぴたり…。
ウォズマさんは仕掛けてきたミノタウロスのすぐ隣に…、そしてその首筋に愛剣が添えられていた。棍棒が振り下ろされようとする瞬間、一気にミノタウロスのすぐ近くに肉薄したのだ。そして今、体勢を崩し前のめりになったミノタウロスとウォズマさんは互いの左耳が触れ合うような間合いにいる…。
シュッ!!
ミノタウロスと触れ合うような近さにいたウォズマさんはそのまま体を半回転、ミノタウロスの首に添えられていた愛剣を両手で持って一気に振り抜いた。腕の動きと体を使った円運動、そのままミノタウロスの首が落ち残る胴体もまたゆっくりと倒れていった。
ブンッ!
ウォズマさんが刀身を軽く振った、血糊でも払ったのかも知れない。同時にミノタウロスの切られた断面から今頃になって血が吹き出している。おそらくあまりの切れ味か、ウォズマさんの技量により切断面が綺麗過ぎたのだろう。だから血が吹き出すまでに時間を要したのではなかろうか。
「どうやら先程の有象無象とは違うようだな…」
玉座に座るミノタウロスたちのボスが呟く声が聞こえた。