第407話 アリスちゃんが泣いている
フィロスさんの塔での暮らし…、冒険者ギルドのマスターやマオンさんとガントンさんらドワーフ一行、それにナジナさんなどの少数の人々にだけ僕の居場所は伝えておいた。
朝の朝食販売については日本のスーパーからの購入物ではなく、現地生産方式に。具体的には二日目はカレーライス、そして三日目の今朝は…。
「ゲンタさん、今朝も好評だったよ。初めて食べる味だけどみんな美味しいって!」
「そうですか、それは良かった」
冒険者ギルドの様子を見に行ったロヒューメさんに僕は応じた。
今朝、猪の肉を適当な大きさに切ったものに刻んだ玉葱を加え醤油と砂糖を加えて煮た。それを炊いたご飯に盛ってやれば…。
「わはは、上手いな!甘辛くってよぉ!」
開口一番ナジナさんが大絶賛したそうだ。
「うーん、ナジナさんて凄腕なんだよなあ。だけど、ほとんど毎朝一番に並んでるし…。まあ、ギルドの方が問題ないようなら僕がいなくても…」
「あ…、それが問題というか…。ゲンタさんが不在な事でお困りの方がいまして…」
「え、どういう事でしょうか?サリスさん」
五人組パーティの真ん中、次女格であるサリスさんの言葉が気になった。
「実はゲンタさんの姿がギルドから…、町から消えてから…」
サリスさんが言うには僕とシルフィさんが姿を消して『駆け落ち』か、『いやいや、坊やを婿にしたんだろ』というような噂話が飛び交っていたという。噂は噂を呼び『フェミとマニィを置いたままでか?親元に挨拶しに行っただけだろ』とか、『いや、坊やの仕入れの旅にシルフィを連れて行ったんじゃないのか』…など。まったく人の想像力はたくましい、それだけなら良かったのだが『ゲンタはどこに行ったの?」と社交場のミミさんたちが訪ねて来たりしたそうだ。…が、どこから話が洩れるか分からないから町の近くに身を潜めている事は言わない。
しかし、その僕の行方が分からない事で深く悲しんだ人がいた。アリスちゃんである。僕がシルフィさんと姿を消した事をどこからか聞きつけたらしく、それで冒険者ギルドに来てしまったらしい。
「私が一番にお嫁さんになるって言ったのに」
そう言って泣いていたという。
「う〜ん…」
僕は思わず唸った。アリスちゃんが泣いていたのか…。ウォズマさんも僕が身を潜めているこの場所を知っている。だけどそれを娘であるアリスちゃんにも知らせずにいてくれたんだ…。ウォズマさんは家族を大切にしている。
つんつん…。
「ん…?」
シャツの胸ポケットにいるカグヤが指で僕を突っついた。
にこ…。
僕を見上げてカグヤが静かに笑った。
□
一人は泣きべそをかく幼い女の子とその母親と思しき女性、さらにその近くには大柄な二人の男性…そんな四人が町を歩いているのが見えた。
泣いている女の子はアリスちゃん、寄り添っているのは母親のナタリアさん。男性二人はウォズマさんとナジナさんだ。しかし、こういう時に男親というのはあまり力になれないみたいだ。アリスちゃんは母親であるナタリアさんにひっついている。
「えぐっ、えぐっ、ゲンタ…」
アリスちゃんが泣きながら歩いている、待たせちゃいけない。
「アリスちゃん」
「…だあれ?」
僕が呼ぶ声にアリスちゃんが不思議そうに見回している。
「どうしたの、アリス?」
ナタリアさんが立ち止まったアリスちゃんに声をかけた。
「わかんない。だけど誰かに呼ばれたの」
「誰かに?」
ウォズマさんも心配そうに愛娘の顔を見ている。
「僕だよ、アリスちゃん」
僕はパチンと指を鳴らした。
「…ッ!?ゲンタぁ!」
数日ぶり、僕とアリスちゃんの再会であった。