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第40話 未知と出会う宴会(4) 人の絆

「ナジナさん…、僕はこのパンを出す事が出来ました。しかし、ナジナさんのように猟をして獲物を獲る力はありません」


 意を決して僕は声を出した。まだ成人さえしてなかったナジナさんが一人で生まれ育った村を出て日々を暮らして命をつなぎ、今や凄腕の冒険者になった…。


「俺にはそのぐらいしか出来ねえからな…。姉ちゃんを幸せに…、いやせめて少しでも楽な暮らしをさせてやりたかったのによ…。不幸せな暮らしだったんじゃあ…」


 寂しそうにも、悔しそうにも取れる様子でナジナさんが返事(こた)える。


「僕は…、お姉さんは決して不幸ではなかったと思います」


 これだけはしっかりと、僕は強い意志を持って言う。


「成人前に二人で…、(ちから)を合わせてこられた…。冷たい川から帰ってくるナジナさんを暖かく迎えたくて火を焚く準備をしていた…。そこにはナジナさんを思う優しさを強く感じます。そして、飢饉(ききん)の年の冬に食べる物が無い中で獲って来ようと川にまで入って…、ナジナさんもお姉さんに少しでも滋養(じよう)を付けて欲しかったんですよね。互いを大事に思いやる素敵なご姉弟(きょうだい)じゃないですか」


「そうだぜ、ダンナ!オレもそう思うぜ!ラクじゃねえ生活で子供を捨てちまったり売ったりしちまう親だって世の中いるんだ」


「私もそう思います。捨てないにしても、子供を働かせて自分は酒びたりみたいな親だっています。逆に動けなくなった親を捨てる子だって…」


 マニィさんが弾かれたように、フェミさんはいつもののんびりとした口調ではなく真っ直ぐにナジナさんに声をかける。

 そしてフェミさんの言葉…、悲しい事であるがやはり、育児放棄や虐待のような物はこの世界でも無縁ではないらしい。


「家族だから力を尽くします。だけど、叶わない事もあります。それでも互いを思いやって出来る限りを尽くそうとします。その最善を尽くしてくれたナジナさんがいて…、お姉さんはきっと嬉しかったと思いますよ。決して不幸なんかじゃありません!」


 詭弁かも知れない、綺麗事かも知れない。介護とか看護は決して美しいだけの物じゃない。負担もある、苦痛もある、その手を離してしまいたくなる事もある。不幸にも介護疲れの果てに家族に手をかけてしまう人もいる。

 だけど、成人すらしていなかったナジナさんは厳しい飢饉の冬でもお姉さんの手を決して離さなかった。


「だからこそ…、だからこそお姉さんは冷たい川に入って魚を()ってくるナジナさんを暖かく迎えようとしたんだと思いますよ。その時出来る事を、ナジナさんへの気持ちを込めて」


「『イチゴ…イチエ』ってやつかい?」


 朝、ギルドでみんなでサンドイッチを食べた時に出した言葉だ…、一期一会。この人と会えるのは今この時しか無いかも知れない、実際にそうなってしまったのだからとても辛い気持ちになる。


「…はい」


 二度と会えなくなるなら…、あれをしてやれば良かった、こうしておけば良かった…、そう思うと後悔は必ずやってくる。そうならないように…、出来る限りの事をする。


 さくっ。


 食パンを再び(かじ)る音がする。


美味(うめ)えよ…、世の中にはこんなに美味いパンがあってよう…、だが姉ちゃんはそれを知らずに逝っちまった。…食わせてやりたかった…。…来世って奴があるなら俺は必ずこのパンを姉ちゃんに食わせてやりてぇ…」


「相棒…」


「こんな白くて…柔らかくてよぉ…。具の入ったパンも、甘いのも良い。しかし、やはりパンなんだ。誰しもが(パン)を得る為に働く。寒くても暑くても、雨や雪でもな…。そして、疲れて(ハラァ)()かせて帰った時にこんなパンが出てきたら幸せだろうなぁ…。…誰も飢えたりしねえでよぅ…明日も変わらねえ日が来るような…」


「ナジナさん…」


「ありがとよ…、兄ちゃん。こんな凄えパンに出会わせてくれてよ…。他のみんなもすまねえな、あまりに美味くてよ…。せっかくの場を冷ましちまった」


 すっかり落ち込んで、ナジナさんが頭を下げる。


「フン、無理に明るく振る舞う(コタァ)()え。騒ぐ酒もあらぁ。だが、しんみり飲む酒もある。今夜は各自(めいめい)の思い出を(さかな)に飲みゃあ良い。(しの)ぶんだったら泣きゃあ良い、(きょう)が乗ったら(わら)やあ良い。…だがよ、お(めえ)一人泣かせとく程、俺達も他人行儀な間柄(なか)じゃねえ」


 そう言うと、雑貨屋のお爺さんがナジナさんのコップに焼酎をなみなみと注いだ。


「さあ!グッといけ!らしくねえぞ、メソメソしてるお(めえ)なんざ。大酒喰らって腹ァ抱えて笑ってるのがお似合いってもんよ、…こんの世話ァ焼かせるバカチンがぁ!」


 言い終わるとお爺さんはナジナさんに焼酎入りのコップを押し付けた。受け取ったナジナさんは、お爺さんとコップの交互に視線を移し意を決して一息に焼酎を飲み干す。


 …!!アルコール25度ですよ、大丈夫なの?調子に乗った学生の一気飲みじゃないんだから!


「…んっ!ふはぁ〜!効くぜ…、こいつぁよう」


 深く大きな息を吐いた後、ナジナさんは夜空を見上げた。


「酒ってなあ涙を洗い流してくれる感じがするな…。すまねえな、みんな。それと爺さん、良い事をたまには言うじゃねえか。…伊達に(トシ)食ってねえな」


「だから、爺さんじゃねえよっ!」


 今日何回目かの爺さんじゃねえよが炸裂したのだった。



 社会保障制度がある日本なら子供一人になってしまっても、生きるのは何とかなる。しかし、十分な養育がされるかと言えばそうとは限らないだろうが、飢え死にはしない。幸いな事に働く(ちから)がまだ無い子供達を守る事は出来、学校に通うという事は出来ている。


 ただ、異世界のこのミーンの町では社会保障制度はそこまで発達しておらず、スラム…いわゆる貧民街のような場所があるらしい。僕がいる地球でもスラムで生きる子供達…、いわゆるストリートチルドレンはいる。

 その子供達(ストリートチルドレン)は幼い頃から常に食うや食わずのその日暮らしの生活の為、教育を受ける事が出来ずその不安定な生活から抜け出そうにも抜け出せない。安定した職種で働こうにも就ける職がなく、子を成したとしても次の世代も貧困、さらにその次も…そんな負の連鎖があるのだろう。


 ナジナさんは農村で生まれ育ち、その後町に出て冒険者となった。恵まれた体格、とは言っても幼い頃はひょろっとしていたというから町に出て依頼をこなしながら獲物も獲り、自の体を鍛え筋力を養っていったのだろう。そして現在のような筋骨隆々の偉丈夫となった、町に出てから文字にも親しみ顔も広くその評判はマオンさんやフェミさんによれば良いものだ。


 凄いなあ、僕は正直そう思う。

 小さい頃、自分自身の話だが色々な言葉や物を知る事の延長みたいな感じで文字や算数を覚えていったような感覚がある。


 しかし、中学、高校、大学…より進学していく(たび)により狭く深く学んでいくので幼い頃みたいに真綿に水が染み込むようにグングン吸収していくような感覚は無い。難度が増したからかも知れない、だがもしかすると年齢を重ねれば重ねる程に物を覚えにくくなるのかも知れない。

 単純な比較は出来ないが、幼い頃と比べて何かに熱中できていない事は事実だ。のめり込む事でその瞬間は他の事なんて目に入らない。小学校の頃に熱中したゲームは今でも結構詳しく覚えているが、数ヶ月前にやった物は意外と忘れている。


 ナジナさんが未成年で村を出たと言っても年齢一ケタって事はないだろう。学ぶには遅いという程ではないが決して早いというものでもない。しかも、危険もある冒険者として活動しながら字を学んだり、身体能力を向上させるだけでなく『大剣』と呼ばれる程に剣技も習得している。


 学ぶに遅いという事はないと言うが、実際にそうするとなれば苦労があるだろう。豪放磊落(ごうほうらいらく)でありながら慎重さを(あわ)せ持ち、様々な事に目を向ける…、こういう人が年齢などは関係なく伸びていくのだろう。


 ハンバーグと食パンを(かじ)り酒を飲んで次第に元気を取り戻しつつあるナジナさんを見ながら僕はそんな風に思うのだった。



ご覧いただいてありがとうございます。


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次回、白い少女?小女?

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