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第404話 朝起きて 隣で寝てる その人は


 チチチチチチ…。


 雀のものとは少し違う小鳥の鳴き声と窓から入り込む陽光。


「ん…。すごいよな…、地下なのに陽の光は入ってくるし。小鳥のさえずりも聞こえるし…。魔法って凄い」


 見慣れない石造りの部屋、その居室の中にあるベッドの上で僕は目を覚ました。太陽()の光とそれが室内の物に当たって作られる影の長さ、そこから推察できるのは今朝はずいぶんと遅い時間に目が覚めたものだ。いつもは夜明けより少し前には起きてミーン冒険者ギルドでパンを販売する準備をしているだろう。だけど今朝はそれをしていない、…それと言うのも…。


 もぞ…。


 ベッドの…、仰向けにかけられた布団の中でかすかに動く気配がした。一瞬、闇精霊(シャルディエ)のカグヤかと思ったが何か違和感を感じた。


 精霊の状態のカグヤは手のひらサイズ、だから布団の中で動いたとしてもこんなにハッキリした気配ではない。


 では、人間サイズになったカグヤならどうか?


 これも答えはノーだ。人間サイズのカグヤは小学生くらいの体格だ。今、布団の中で感じる気配はそれより少し大きい。それにここは日本ではない、つまりカグヤは受肉していない状態だからこんな大きさにはならない。


 …と、すると誰だ?


 感覚的には人間サイズに近いがそれより小柄、なんていうか華奢(きゃしゃ)な感じがする。小枝のように細いというか…。


「ッ!!?」


 まさか!?僕は突如頭に浮かんだ可能性に驚愕する。


「ううん…」


 もぞ…。 


 布団の中の人物が僕の胸元から首筋近くにせり上がってくる。


 は、はわわわわわ〜。


 い、今、布団の中でかすかに見えたのは綺麗な金髪と長い耳。おまけに僕のよく知るシャンプーの香り…。


 ま、まさか、これは…朝起きたら知らない女の人が横で寝てたとかいうアレですか!?い、いや、この金髪に長い耳、どう考えたってエルフ族の…。シ、シルフィさんと…ま、まさか!?


 もぞ…。


「おはよう…ございます…」


「え、えええええ〜ッ!!!」


 布団の中から現れたのは…。


「ゲンタさん、あなたのフィロス…17歳です」


 ミーンの冒険者ギルド内でも屈指の魔法の使い手、『魔法姫(プリンセス)』の二つ名で知られるフィロスさん…自称17歳であった。



「ど、どうも…すびばせんでした…」


 自分の家だというのにフィロスさんが正座をして平謝り。


 中世ヨーロッパ風の世界でエルフの金髪美人が正座をしているのはどうにも違和感がある。


「駄目だよー、フィロスお姉ちゃん。寝てるゲンタさんのベッドに潜り込んじゃ…」


 冒険者パーティ『エルフの姉弟(きょうだい)たち』の末っ子格、ロヒューメさんがたしなめるように言った。


「そうですよ、お姉様。あの時のシルフィお姉様を止めるのに私たち五人、討ち死にも覚悟したんですから…。朝食が出来たからゲンタさんを起こしてくるとキッチンを離れたらなかなか戻ってこないから…」


 話をまとめるとこうだ。


 昨夜、ナタダ子爵邸での夜会を大成功に導いた僕は他の貴族などが接触してくる気配を感じとった。どんな手法で来るかは分からないが、強引な手段に出るかも知れない。そこで僕はミーンには必要最低限の立ち寄りをするようにしてしばらくほとぼりを冷まそうとした。


 そこでその間の生活の拠点を町の外にある普段は人があまり近づかないフィロスさんが住む塔に身を寄せる事になった。ここなら事情を知らない人からすればかつて塔があった名残…遺跡にしか見えない。


 しかし、その実態は地面の下に塔が埋まっているのだ。普段はそこでフィロスさんは暮らし、様々な魔法の研究などをしているという。つまり彼女は凄腕の魔術師であると共に真理を追い求める学者でもある訳だ。


「あ、あの…、つい出来心で…。お、男の人が我が家に泊まってるって考えたら昨夜は眠れなくて…。…で、起こしに行ったら…、そ、そのベッドで寝てて…。わ、私、チャンスは今しかないと思って…。べ、別にやましい事は望んでなかったの。で、でも、わたしも三百歳超(アラサー)だし、…そ、その男の人が寝てるベッドの感触くらい知りたいかなあ…って」


「………」


 シルフィさん、無言。…クールな顔なんだけど怖い。


「ま、まあまあ、シルフィさん。フィロスさんにも悪気もなかったようですし…」


 …なんて事は言わない。言ったら…、なんかゲームオーバーになりそうな気がする。ちなみにこの異世界、復活の呪文とか死者蘇生なんていう魔法はないらしい。命は一つ、これは間違いないらしい。だから僕もここは目立たぬように発言しない。…だって命は惜しいですから。


「…分かりました」


「「「「「「「えっ!?」」」」」」」


 シルフィさん以外、僕とフィロスさん、そして姉弟(きょうだい)五人、合わせて七人が驚きの声を上げた。まさかこんなに簡単にシルフィさんが(ほこ)を収めるとは…、誰もがそう思ったゆえに上がった声であった。


「そういう事でしたら私もこれ以上は何も言いません」


「い、良いの、シルフィちゃん?」


「はい」


 ふううう〜とフィロスさんが長い長い息を()いた。


「ですが、今後このような事がないように…私がゲンタさんと寝室を共にします」


「えええええ〜!?ダ、ダメよ〜、ダメダメ!!そんな結婚前に…。シルフィちゃん、考え直して」


「結婚前…」


「そうよ、シルフィちゃんはまだまだ清い体でいなくっちゃ!?」


「そう…ですね…」


「うんうん、分かってくれたみたいでお姉ちゃん嬉しいわ!」


「で、お姉様、本音は?」


「そりゃあ、明日の朝も起こしに…。間違ってベッドに迷い込んじゃうかも知れないけど…。…はっ!?」


 ぽん…。シルフィさんがフィロスさんの肩に手を置いた。


「…お姉様。貴女は次に『違うの、違うのよ!シルフィちゃん』という」


「違うの、違うのよ!シルフィちゃん!…はっ!?」


「木々を抜ける風よ、光の彼方へこの者を飛ばせ!!緑黄金の疾走魔法エメラルド・オーバードライヴッ!!」


「あ〜れ〜!!」


 フィロスさんは日中なのに星となって飛んでいった。後にはフィロスさんの体の形にぶち抜かれた壁と地表に向けて空いた一直線の穴だけであった。

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