第402話 宴の終わり
「ド、ドレスが何やらキツく…。ひぃ〜〜、でぇ〜〜、ブヒィィッ!!」
バリバリッ、びりぃっ!!
いきなり体が膨れ出したかと思ったら金髪縦巻きロールのお嬢様が一瞬でお相撲さんのような体格に変化した。細身の体に合わせた派手な赤いドレスは見るも無残なハギレ状態。いくら高価な布地でもあんなビリビリの状態じゃ雑巾にだって使えない。
「ああっ!お嬢様ッ!ポーションの効果で急激に体重を減らしただけですからッ。大量に食べたらすぐに元通りになってしまうと日頃から申しておりましたのにィ!?」
執事の男性は慌てた様子でアザレア令嬢に駆け寄る。
「く、靴も…キ、キツく…」
ポキィッ!!軽く乾いた音を立ててアザレア令嬢のハイヒールの踵部分が折れた。たちまちバランスを崩す。
「お、お嬢様ァァッ!!ぷぎゃ!!」
倒れていくアザレア令嬢は支えようとした男性執事を下敷きに倒れた。
「こ、これは見事な浴びせ倒し…。じゃなかった、大丈夫ですか!?」
声をかけたものの執事さんは気絶、アザレア令嬢は大きくなりすぎたお腹が邪魔をして自力では立ち上がれずにいる。いや、立ち上がったとて踵が折れたハイヒールではまた転んでしまうだろう。
ガラガラガラ…。
「ルーグランカスター伯爵家、ご息女アザレア様。お履物がその状態では立ち上がるのも危のうございます。どうぞこちらにお乗り下さい」
そこにやってきたのはコレットさん。あの大小二枚の鏡を運んだ台車を持ってきていた。
重い体に悪戦苦闘、ぜーぜー、はーはー、ブヒィブヒィ。荒い息を吐きながらアザレア令嬢はなんとか台車に乗っかった。
「皆様、ルーグランカスター伯爵家ご息女アザレア様が止むに止まれぬ事情にて一足先にご退席されます。出入り口付近をお空け下さい」
そう言ってコレットさんが台車でガタゴトと…、執事の方は子爵家の男性の使用人たちによって運び出された。
その後は会場の端の方にでもいようと思っていたのだが揚げたての熱々、真っ白な砂糖を使った甘味というのが招待客たちの心を掴んだらしい。リクエストが途切れない、僕はひたすらひたすらに揚げていた。
そうこうするうちに夜会に参加した人たちも飲み食いに満足し、居合わせた人同士の交流も落ち着いてきた。
「それでは今日の夜会の締めに皆様のお目を拝借、テラスより夜空をご覧下さい」
ホムラが…、サクヤが…、友達を連れて夜空に舞う。彼女たちは密かに練習をしていたのだろう。以前、打ち上げ花火をやった時より様々な演出をして見せた。五分ほどだろうか、様々な光と炎で僕たちの目を楽しませた。
「良いぞ〜!!」
「ブラボー!!…おお、ブラボー!!」
「いやあ、ナタダ子爵夫人、素晴らしい!」
会場中から称賛の声が上がった。しかし、歓声が上がったのは広間の中だけではなかった。
うおおおっ!!
わああああっ!!
きゃあ、きゃあ!
ウララァァーッ!!
URYYYッ!!
老若男女、どっと完成が上がった。ウララ〜とかは犬獣人族の人…特に狩猟士の人が上げる狩猟民の雄叫びだろうか。
ナタダ子爵家、万歳!!
うおおお!!
わあああ!!
たくさんの声が上がる。
「な、なんだ、この鬨の声のようなものは!?」
「屋敷の外からか?」
「民が…、この町の民が子爵家を祝って声を上げているのか!」
会場中の客たちが顔を見合わせている。
「ナタダ子爵家…、子爵自身がご不在の中でもこれほど民衆の心を掴んでおるのか…」
「さすがは能吏の異名を欲しいままにしたナタダ殿、自領の政も安定しているとみえる」
この大きな歓声は町中から上がっているものだ。今日の夜会に花火を上げる事を計画していたので酒や食べ物を片手にそれを眺めてはどうかと。冒険者の皆さんをはじめとして猫獣人族や犬獣人族の皆さんなど関わりの僕と深い人たちも誘った。酒や食べ物は無料で提供、ただし花火が終わったタイミングで奥方様やモネ様、子爵家に万歳の歓声を上げる事が交換条件である。
その現地での手配はマニィさんやフェミさんに任せた。どうやら上手くやってくれたらしい。そして上がった歓声をライブ音声のように風の精霊の力によって夜会が行われている広間にまで送られてくる。つまりは町中で上がっている声を遠くではなく間近で聞いているようなものだ。例えればライブ会場の最前列に陣取っているに等しい、そりゃあ迫力ある音声だろう。
「夜会もまた貴族の争い」
ヒョイさんに教えてもらった事の一つだ。他の貴族や力のある人と誼を通じたりするのが目的だが、そのアプローチ法は様々だ。それにただ仲良くしようと言うだけのもものではない。くっつくにはくっつくだけのメリットが必要る。
あの家と仲良くしておくと良い事があるのではないか…、そう思わせるのが今回の目的だ。貴族というのは実利を求める、そういう意味ではナタダ家の面目は十分に立っている。あくまで内輪のお祝いに出された酒食なのに王宮で出される物に劣らない。やろうと思えばまだまだレベルを上げる事はできたがそこは王室より豪華にしたとあってはどんな難癖をつけられるか分からない。そのあたりを遠慮してある程度のところにとどめた。
しかし、贈り物にした姿見などは少しばかり話が違ってくる。王室でもこれほどの物は手に入らないと言われる物だが、これはあくまで僕が用意した物だ。僕という人間があくまで用意した物…、別にナタダ子爵家が作らせた訳ではない。つまりは文句を言われる筋合いはない。
いずれにせよナタダ子爵家の夜会は大成功だ。今は屋敷の玄関先に場所を変え、出席客たちが奥方様とモネ様に退去前の挨拶をする為に列を作り始めている。こういうものは身分というか、その人物の格が上の順から挨拶していくようだ。そういう意味では僕は最後も最後だろう。
「ゲンタさん」
侍女のコレットさんがやってきて僕に小声で耳打ちした。
「少々まずい事に…。奥様から密かに屋敷を脱した方が良いかも知れぬと伝言です」
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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侍女コレットが耳打ちした子爵邸からの退去。
ゲンタは急ぎ子爵邸から脱するが…。
次回、今章エピローグ。
『二人の逃避行』
お楽しみに。