第401話 御退場いただきましょう(ざまあ回)
奥方様とモネ様への挨拶と贈り物を渡す時間は終わった。皆、言葉もない…。ある二人を除いては…。
「な、なんだってんだよォォ。こ、こんなのって…」
「ギルドに加入すらしてない分際で…」
ハンガスとブド・ライアーである。ハンガスは悪酔いしているのか口がだんだんと悪くなってきている。なんと言うか、日本で例えると新宿のトー横とかでギャーギャー言ってるヤツとそう大して変わらない。
だが、成人をとうに過ぎているのにこんな言葉使いを続けているあたりが痛々しい。仮にいい大人と言われるような年齢の女性が十代半ば過ぎのギャルたちが使うような言葉を臆面もなく使っていたら…、なかなかに見ていて辛い事になるだろう。
「商業ギルドの組合長ならびに副組合長、両名にラ・フォンティーヌ・ナタダが申し渡す」
奥方様がハンガスたちを肩書で、そして自分の名を冠して告げると言った。これは公式の発言という事になる。
「今宵は宴…、また妾と娘モネのために参った事もあり大目に見ていたが…。これまでのゲンタに対する悪口雑言我慢がならぬ。ただちにあの不快極まりない彫像と共に出ていくがよい!」
「なっ!?」
「お、お待ち下さい!」
ハンガスたちが慌てた。追い出されるのも大概だが、贈り物まで突っ返されたとあってはメンツが丸潰れも良いところだ。ましてや贈り物が不快極まりないと言われては…、物品を扱い売り買いする事を生業とする商人の名折れである。
「いいや待たぬ。これなるゲンタは我が娘の傅育を務め、モネから師父の礼を受けておる。分かるか?その方らはモネの師であり父に等しき者に暴言を重ねたのだ。その罪、許し難い」
師父という言葉に呆気にとられ声もだせない二人にさらに奥方様が続けた。
「今後しばらく商業ギルドとの取引を中断いたす」
「「ええっ!?」」
「以上である、立ち去れ」
「ご、ご再考を!」
「ならぬ。これ以上騒ぐなら…、衛兵を呼ぶか?」
「「…ぐうっ!!か、かしこまりました」」
衛兵を呼ぶ、それは引っ立てるためだ。それすなわち罪人への対応だ。日本で言えば有無を言わさず警察官に両脇抱えられていくようなものだ。そうなっては大変とばかりにハンガスたちは立ち去る事にしたようだ。
「こちらへ…」
侍女の一人が二人を会場の外に案内する。ブド・ライアーが件の彫像を重そうに抱えている。ナタダ家の紋章である野薔薇の花を食べてしまうという棘野鳩を型取ったものだ。
「「ど、どうして彫像まで…」」
どうやら二人には不快極まりないと言われた理由が思い当たらないらしい。問題児たちはそのまま退場していった。
□
ばくばく、むしゃむしゃ!!
問題児はもう一人いた、件の伯爵令嬢である。
着飾ってきたドレスもアクセサリーも奥方様やモネ様と比べれば普段使い、ひけらかした生魚の知識もただの狭い見識に過ぎなかった。誰にも見向きされないのが面白くないのだろう。こうなれば愛想も作法も何もない。目につく物を手当たり次第、バキュームカーのように胃に送っている。
「これではあの方一人に会場の料理が食べ尽くされてしまいます」
コレットさんが眉を顰めた。
「なんとかしなきゃ。他のお客様の分がなくなってしまう…」
「かと言ってあの令嬢がご遠慮下さいの一言で手を止めるとは思えません」
シルフィさんも心配そうだ。
「そうですね、そんな事したら『主催者が客を満足もさせられない程度の量しか用意してないのか』とでも文句を言いそうですからね」
夜会では参加者が食べ切れないくらいの料理を用意するのが常識とされる。余る分には問題ない、それは使用人たちへの下賜物になる。元は夜会で出すような物だ、そんじょそこらでは口に出来ない御馳走である。
「しかし…、このままにはできないな。どうするか…、要は腹いっぱいにさせて満腹感を与えれば…。血糖値を上げさせ、満足感もあれば…かと言って材料に余裕は無し。….あっ、アレで良いか!」
「ゲンタさん、どうしましょう?」
心配そうにコレットさんが尋ねてきた。
「思いつきました。コレットさん、厨房に急いで下さい。大鍋と…僕の用意した調味料を全て。それと…」
「ええっ!?あれは切り落とした…、アレを使うんですか?」
「はい、僕は庭園へ。石のタイルを一枚拝借してきます、急ぎましょう」
□
「さあさあ、皆様」
会場に戻った僕は辻売をするように声を張り上げた。料理を乗せていたテーブルに石のタイルを置きその上には鉄の大鍋、中には油を満たしている。
「新たな甘味をご覧に入れましょう。あ、そぉ〜れい!!」
日本の古典芸能のようなかけ声を上げ僕は手にしたパンの耳を鍋に投入した。サンドイッチを作るために食パンの端っこを切り落としていた、それを利用したのだ。鍋の油は火精霊のホムラによって既に適温にまで達している。
じゃあ〜っ!!
「な、なんだ!棒状の物を投げ入れたぞ!!」
「見た感じでは小麦を焼いた物のようだが…」
頃合いを見計らい金網で油から上げた。油切りをして大皿に盛る。
「な、なんだ!?あの真っ白な物はァ?」
僕が高い位置から振りかける白い粉末状の物を見て招待客の一人が声を上げた。
「これぞミーン名物『白いシリーズ』、純白の砂糖でござーい!!」
「さ、砂糖だってェ!?」
「胡椒に勝るとも劣らぬ高価な物ではないか!」
「しかもあれだけの…、粉雪の如き真っ白な砂糖などいったいいくらの値が付くのだ!?」
「さあ、ご覧あれェーい!!お食べくだされェーい!!世にも不思議な熱々のところを食べる甘味にござーい!!」
「う、うむ」
「で、では…」
何人かの招待客が近づいてくる。
「いいえ、私が!」
近づいてきた件の令嬢を見て僕は魚が針にかかったと思った。大鍋には間髪入れずに次のパンの耳を投入している。
「これは単純ですが美味しいですわァァ!!」
一口食べたアザレア令嬢は大きな声を上げた。
すっ…。
食べ始めた伯爵令嬢のすぐ近くにコレットさんがなみなみと注がれたワインが入ったグラスを置いた。
「小麦を固めて焼いた物をさらに油で揚げ砂糖を振りかけた事で甘みに加えてコクが加わって…。グビグビ…、ぶはあっ!これは止まりませんわあっ!!」
最初こそアザレア令嬢はフォークを使ってパンの耳を揚げ砂糖を振りかけた物を食べていたが、それもまどろっこしいとばかりに今では素手で掴み口に運んでむしゃむしゃ、ワインをグビグビと流し込む。
そんな様子を周りの客たちは唖然として見ている。
作戦は成功だ、僕はそう思った。使わないパンの耳、それを揚げて砂糖を振る事で甘く油っ気のあるおやつに変身。油と小麦と砂糖、成分だけならドーナツに近いかも知れない。兎にも角にもアザレア令嬢を他の料理から引き離す事に成功した。使わない食材を使って…。
「おほほほほッ!!甘ぁい、ジューシー!止まりませんわあ!!」
「い、いけません、アザレアお嬢様!今のお姿は痩身ポーションで得た仮初のもの…。そ、それ以上、不必要に食べ続けたら…」
アザレア令嬢お付きの執事のような人が慌てて飛び込んでくる。
「フゴッ、なァんで止めますのォ?お、おかしいどすわね、フ、フゴッ、なんだか息苦しくなって…」
「あ、あ、あ、お嬢様ァァ!!」
あれ?なんかアザレア令嬢の顔がむくんできたような…、それでもアザレア令嬢の食べる手は止まらない。
「バクバク…、ブ、ブヒッ…、どうしたのかしら?か、体が…」
ピチッ、ピチッ、ビリッ!
「なんだ?布が裂けるような音が…?」
妙な音に客の一人が首を捻った。
「ド、ドレスが何やらキツく…。ひぃ〜〜でぇ〜〜ブヒィィッ!!」
バリバリッ、びりぃっ!!
「ああっ!!なんだ、この醜い肉塊はァ!?」
そこには見るも無残な…裂けて赤いボロ布同然の物を身につけた…、アザレア令嬢の肥満体が復活していたのだった。