第398話 挨拶と贈り物
今回の野薔薇の花を食い尽くすエピソード、戦国時代のとあるエピソードを元にしたんですがご存知の方はおられますか?
「此度の夜会にお招きいただき感謝いたします、ナタダ子爵夫人。併せて貴女が生まれた記念すべき日に同席出来た事、また御息女の健やかなる御成長を見ることが叶い嬉しく思いますぞ。願わくば今後とも我がドールエン家では末長く昵懇に…」
品の良い貴族風の男性が何やら丁寧に奥方様やモネ様に挨拶をしている。
「ドールエン伯が自らご挨拶に向かわれたぞ」
「あの交通の要衝に領を持つドールエン家が…」
「それだけ今回の夜会に参加してナタダ子爵家に好印象を持たれたのか…」
「御息女も美しいし…、こうしちゃいられない」
「今のうちからしっかりとナタダ子爵家と誼を通じておいた方が…」
そんな声が周りで囁かれると招待客たちは挙って奥方様やモネ様の前に列を作り始めた。
「あっ。贈り物はこのタイミング…、ヒョイさんに聞いてた通り挨拶の終わりに渡すんだ。しかも自信のある品の場合は他の客にも見えるように…、本当だったんだ」
「自家の威勢を見せる機会でもありますからな。当事者同士だけでなくここでは他家の方も見ています、迂闊な物は出せません。人の口に戸は立てられませんので…、巡り巡ってそれが大きな噂となるのです」
フリーになったヒョイさんが教えてくれた。
「大変なんだな、お貴族サマも。俺にはなんだか背比べをしているように見えちまう」
グライトさんがしみじみと言った。
「ほほほ、それは真実を突いていらっしゃる。見栄の張り合い…自慢比べ…そのような話をよく聞きます」
ヒョイさんが目を細める。そんな魑魅魍魎が多数這い回ってそうな場所を離れ僕たちは会場中央から少し離れた所から参加者たちのやりとりを眺めていた。
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挨拶というのは主催者側が立ったまま、希望者がいなくなるまで続くものらしい。気の利いた言葉でサッと引く者もいればなんとかとっかかりを得ようと長っ尻で粘る者もいる。
ちなみに件の伯爵令嬢はどうやら手ぶらで来たようだ、先程から料理をむしゃむしゃと貪り続けている。挨拶する気も無いらしい。
今は商業ギルドのターンだろうか、ハンガスとブド・ライアーがしきりに何か言っている。最初こそ奥方様やモネ様を祝したが後はなんとか取り入ろうとする魂胆丸見えの言葉が並び最後はプレゼントとして銀で作られた鳥の彫像を差し出した。
「ああ、あれはいけない」
ヒョイさんが思わずといった感じで呟いた。
「どうしたんですか?」
「あれは棘野鳩という鳥を型取った像です。なんて事を…」
「何かまずい事でも?」
「ええ、ナタダ子爵家の紋章は野薔薇。ゲンタさん、あの棘野鳩は別名ピジョン・イン・ソーンとも言われましてね、鳥の中でも珍しい茨や棘の多い植物の中に住処を作る変わり者なんですよ」
「はあ…。しかし、なぜそれがいけないのですか?」
「あの鳥は野薔薇の花を食べるのです。花を食い尽くすとまた次の枝へ…。分かりますかなゲンタさん、己が家の家紋である野薔薇の花を食い散らかすような鳥の飾り物を贈られて…。奥方様は面には出さずともその心中は穏やかではございますまい」
ヒョイさんがいつになく真面目な顔で言った。
「難しいモンなんだな、贈り物一つとっても…。おお。怖い怖い。貴族ってのも大変だ」
「ははは、そう恐れずとも…。要は贈る相手の事を思えば失敗はありませんから…。おや、頃合いですかな…、では、そろそろ私も…。お先に失礼いたしますよ」
そう言ってヒョイさんは挨拶に出向いていく。一応、挨拶の順番は決まってはいないがそこはそれ、暗黙の了解がある。上位の貴族などから先に行くのが通例だ。それが終わると平民が行く事になる。ヒョイさんがハンガスたちの後に行ったのは立場ゆえだろう。ハンガスは商業ギルドのマスター、ヒョイさんはギルドには属していないとはいえその相談役だ。そのあたりを加味して後にしたのだろう。
そのヒョイさんは手短に要所を押さえた挨拶をして下がる。残ったのは僕ら冒険者ギルド。
「新人、任せた」
「えっ?グライトさん」
「俺は所詮礼儀も知らん戦士上がりだ。だが新人、お前はなんと言うか礼儀作法も心得ているようだしな…。シルフィ、横につけ、新人を頼むぞ」
そう言ってグライトさんは会場の端に身を引いた。
「ゲンタさん…」
「…行きましょうか、シルフィさん」
どちらからともなく僕たちは声をかけ合った。
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「おっ、冒険者ギルドかあ。まさか自慢の食べ物でも出すのか?」
「いや、森で獲ってきた毛皮か?」
汚いヤジが飛ぶ。ブド・ライアーとハンガスのものだ。空気読めよ、僕は心の中で舌打ちした。しかし、今はお二人を祝う場。つまらない事は考えないようにする。隣にはシルフィさん、実は今僕たちはペアルックだったりする。日本の紳士服店で買ったスーツである。黒色に細い縦ストライプ、その胸元や襟元など各所に飾りの刺繍が入っている。ピースギーさんたちが縫ってくれたものだ。あえて違いを挙げるとすればネクタイの有無くらいだろうか。
「ナタダ子爵家奥方様、御息女様…」
僕は二人の前に進み出て片膝を着き口上を述べ始めた。公の場だ、直接の名前を口にするのは不敬に当たる。それゆえ立場や肩書きで呼ぶ事になる。奥方様の誕生日、モネ様の社交界デビューを祝う言葉を続けた。
ざわざわ…。
「あの二人、見慣れぬ服装だが…」
「だが、礼服の条件は満たしている。もしかすると異国の…?」
「それに見ろ。あの布を飾る糸は男の方は金糸、エルフの方は銀糸か…?」
「他にも細かい所に鮮やかな赤に青、深緑に紫まで…。まさか金糸や銀糸が本物の金や銀を伸ばして作るように…。まさかあの色、宝石でも伸ばして糸にしたのか?」
僕とグライトさんの服装は黒地に金を、シルフィさんは銀をメインに刺繍されている。
そして手短に祝辞を述べた僕は徐に切り出した。
「奥方様、御息女様、早速ながら喉が渇いてはおりませぬか?」
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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通算400回達成。
次回、『その名は水精霊』
お楽しみに