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第39話 未知と出会う宴会(3) 黒い冬、白いパン

「無力な糞餓鬼(クソガキ)、…それが俺だったのさ」


 悲しみとも自嘲とも言えるような感情を(ともな)いながら、ナジナさんは自分の事をそう評した。

 その言葉には明らかに後悔の二文字が浮かび上がる。


「それから…、姉ちゃんは日に日に弱っていった。元々体が丈夫じゃなかったから、冬に寝込む事もあった。だが、今回のは今までの(モン)とは違う…、医者じゃねえ俺にもそれぐらいは分かったぜ…」


 きっとナジナさんにとって一番辛い事実をこれから話すのだろう。彼は視線()を伏せ、もう変わらない…、変えられない過去を話していく。


「俺はその日、村外れの川にいた。そこは川の底が砂地でな、濁りも少なく冬の冷たい水の為にあまり動かない川魚を()るには絶好の場所だ…、この季節は漁れる魚の数が少なく、どんな上手くやっても体が多少は濡れるからな…あまり来たくはなかったってのが本音だ。だが、そうも言ってはいられねえ…。なんせ、食う(モン)()えんだからな…。贅沢(せいたく)は言えねえ、この前の日も川に入り魚や小さな(かに)を漁り飢えをしのいだのさ…」


「冬の川の中だなんて…。冷たかろうに…」

その辛さを察したのだろう、マオンさんの呟きが漏れる。


「ああ…、身を切るような寒さってなぁ…よく言ったもんだな。寒い、冷たいじゃねえんだよな。(いて)え、なんだ。そして感覚がなくなっていきやがる。やっとこさ食える(モン)を漁って帰ってみたら…、姉ちゃんが倒れていたんだ。寝てよぉ…、体を休めていてくれって言ってたんだがな…。…俺が前の日に体を濡らして帰ってきたから、今日は火を()いておこうと…、湯を沸かそうとしてな…」


「家ン中を暖かくして、ダンナを迎えたかったんだね…」


「ああ…、起き上がるのも辛いだろうによぉ…。姉ちゃん、俺の事を先に考えてんだぜ…。足先、指先が冷えてるから湯を沸かして、それを(タライ)に入れて水を丁度良い加減に入れりゃ…そのまま冷えた手足を入れられる。あるいは布切れを(ひた)して(しぼ)りゃ体のどこにでも当てられる。冷えて帰ってくる俺が心配だったんだろうな…。だけど、姉ちゃんはそのまま…」


 いかに偉丈夫(いじょうぶ)と言えど、喜びも有れば悲しみもある。ましてや両親を亡くし、たった一人残った肉親だ。親代わりであり、姉弟(きょうだい)二人で力を合わせて生きて来たのだろう。

 言葉の端々(はしばし)からもナジナさんがお姉さんの事をとても大切に思ってきた事も分かる。痩せた土地の寒村で天候不順による不作、それは山や森での採取や狩猟にも影響し、秋頃まではともかく冬に入ると生き物がとにかくいない暗い無の世界と化した。



 『玄冬(げんとう)』という言葉がある。耳慣れない言葉だが冬を指す言葉で、玄とは黒の意味である。『素人(しろうと)』の対義語である『玄人(くろうと)』という単語があるから読み方には抵抗が無いかも知れない。冬は雪のイメージがあるから白と思う人は多い。しかし、日の出が遅く日の暮れが早い冬は当然夜が長く昼が短い。植物の葉や花が極端に減り生き物達が姿を消す物寂しい世界は、青や赤の鮮やかな色にも白のような高い空から降り注ぐ光のイメージでもない。閉ざされた世界は塗りつぶされたような黒、時に音さえも無い。


 同じ季節を表す言葉に『青春(せいしゅん)』がある。これが一番知名度は高いだろう。季節を表す言葉というよりは青春時代というような人生の若い時期を意味する単語として用いる方が圧倒的に多いだろう。春の木々が芽吹く活力溢れる様子から転じて、人間の若くエネルギッシュな時期に当てはめて使われる。

 残る季節にはそれぞれ『朱夏(しゅか)』、『白秋(はくしゅう)』と呼ばれ、夏や冬の呼び方を知らない人は多いが、秋は作家の北原白秋がいることから白秋の呼び名を知る人はいる。


 その(くろ)い冬。ナジナさんがお姉さんを失った冬。

たった一人の肉親を失った、まだ大人ですらなかったナジナさん。


「その後、俺は村を出た…。わずかな身の回りの物を持ってな…。山育ちだったからな、何でもやらなきゃいけなかった。農作業も獣獲りも、家に帰りゃ炊事もあるし雨漏り直したりな、冒険者になったのはそのあたりのやってきた事が意外に()きたからな…」


 日本でも地方だと何でも出来る人というのが結構多い。車が無いとどうにもならない、そんな事が結構ある。車が故障とかしてしまうと手詰まりになったりするから、都会では整備を店に頼むが田舎では自分で直してしまう人もいる。キャブ車のバイクなら中学生の頃からいじっている友達もいた。冒険者というのは依頼を受け、これを完了(こな)して金を得る。色々な事が出来れば、それだけ金を得る機会に恵まれるのだ。

 そういえば、ナジナさんは昼間に(かまど)周辺を片付けてくれていたが、手馴れた様子だった。


 依頼というのは、依頼者が何か問題を抱えていて、それを解消する為の物だ。人手が足りない、自分には手に余る困難な事、そういう事があるから頼むのだ。効率を追求する為に分業し、自分はある作業だけに専念するといった事もあるだろう。例えば、昼にマオンさんへのプレゼントとして買った毛布なら、狼を狩猟し材料となる狼を狩猟してくるのが狩人や冒険者、それを加工し毛布にするのが職人、販売するのが商人である。


 冒険者というと、剣と魔法の物語じゃないが冒険譚(ぼうけんたん)のようなイメージがある。迷宮に潜り、ドラゴンを退け、魔王を討つ…、そんな華やかな物語。

 しかし、実際は違う。依頼は大多数が町の困り事の解決である。農地や狩猟場(かりば)を荒らす猛獣の駆除、町から町へと移動する隊商(キャラバン)の護衛、特定の素材の採取や品物の配達、中には普請場の人足なんてものもある。なんでも出来る人、そんな人が重宝されたり活躍したりするのは日本も異世界も同じである。


 武器を携帯しているが、常に戦っている訳ではない。

 たとえ、駆除や狩猟であっても実際に戦っている時間よりも移動や準備、持ち帰る事の出来る物を回収したり、食事や用足しの時間の方が圧倒的に長いだろう。

 依頼を受けている時も生活の一部、戦っている時だけが依頼ではない。いや、そもそも武器を抜いている時だけが戦いなのではないのだ、あらゆる瞬間が戦いにつながるのだ。

 疲れや体調不良があれば実力は十分に発揮出来ないし、準備不足で必要な物が無ければ効率が悪くなったり最悪の場合には出来ない事もあるだろう。


 紀元前200年頃の古代中国で秦の後に覇を競った項羽(こうう)率いる()の国との一連の戦争…いわゆる『楚漢戦争』に勝利した漢の『劉邦(りゅうほう)』は後に皇帝となった。いわゆる前漢である。

 その時、劉邦に仕えたり協力した諸侯の功績が議論され功績第一とされたのは鬼神も驚く軍略を発揮した大元帥『韓信(かんしん)』でも、内では政治を(つかさど)り外では各地の諸侯を説得し味方につけた『張良(ちょうりょう)』でもなく、本拠地を常に守り、戦においては一度も補給を(とどこお)らせた事がないと言われる『蕭何(しょうか)』であった。

 常に命がけで戦場で戦ってきた諸侯からは不満が上がったが、劉邦は取り合わずそのまま蕭何を功績第一として決定した。

 劉邦は敗戦して逃げても身を置ける本拠地が常に有った事、そしていざ勝ち(いくさ)になっても攻め続ける事が出来なければ敵を追い払って終わりであるが、補給を絶やさなければ敗走する敵勢を攻め続け更に敵地にまで攻め入る事も出来る。逆に補給が絶え軍需兵糧(ぐんじゅひょうろう)が尽きればいかに優勢であってもそこで終わり、残る選択肢は玉砕覚悟の強攻か撤退の二つのみである。


 (いくさ)の勝敗は兵家の常。しかし、実際には戦そのものだけで決まる訳ではなく、事前の段取りや継続していけるだけの補給を得られるか…、これこそが勝てる戦が勝てない、負けると思われた戦を引き分けに持ち込み場合によっては逆転する事すらある。向かう所敵なしの剛勇を誇る項羽に対し、最終的には勝利を得る事が出来た劉邦はそれをよく理解していたのである。


 剣の腕が立ち、戦闘以外にも気を配り山野に伏す事も苦にならず食料をはじめとする様々な物を現地で得る事も出来て、身の回りの日常的な事を器用にこなす…。冒険者とは戦いに身をおきながらも準備も補給も全てが自己責任。戦う事に()け、場合によっては現地で臨機応変に対応が求められる。

 冒険者の死は戦傷による死だけではない。飢えや渇き、暑さ寒さ、事故によるものもある。それらの危険を避ける入念な準備、不慮(アクシデント)を切り抜ける生存術に『大剣』の異名がつく程の圧倒的な強さ、前述の劉邦による人物評ではないが平時の準備も有事の強さも兼ね備えているナジナは素晴らしい冒険者であった。



「冒険者になって…、暮らしていけるだけの金も稼げるようにもなった。こうやって色んな奴と話し飲み食いするようにも。憧れだった甘い(モン)も食えたりな…。だがよう…、姉ちゃんはもういねえ…」


 ナジナさんは軽くグスンと鼻をすする。


黒麦(ライむぎ)すら満足(ロク)に使ってやれねえ、脂樹(あぶらぎ)の皮を()いだ物を多く混ぜた黒くて不味(まず)いパン…、そんなパンしか食わせてやれなかった…。一度で良い、こんな白いパンを…、甘くて香ばしいこんな美味(うま)いパンを食わせてやりたかった。十五歳(おとな)になるまで生きられなかった俺の…、俺の姉ちゃんに…。何も…、何もしてやれなかった姉ちゃんに…」


 深い悲しみ、それを胸に抱えるナジナさんに冒険者が何を言えるだろう。自分の半身をもぎ取られたような…、もしかすると全てかも知れない。

何もしてやれなかったと嘆くナジナさん。彼にかけられる言葉は僕には無いんだと思う。しかし、それでも僕は口を開いた。


「ナジナさん…。僕はこのパンを出す事ができました。しかし、ナジナさんのように猟をして獲物を獲る力はありません」



脂樹(あぶらぎ)について》

この話に出てくる脂樹は、日本の松の木をイメージしています。他の樹木に比べて痩せた土地でも育ち、松明(たいまつ)の字に松が使われるように、燃料として役立つ松脂((まつやに)が採れます。

また、日本の城に松の木が植えられる事が多いのは、いざ有事に籠城した際に上記の松脂が採れる事、また表皮を剥ぎ裏側を刮ぎ取った物を餅にして食べる事が出来た為で、栗などと同じように備荒食として珍重されたという逸話から、ナジナの生まれ育った痩せた土地の村でも登場させました。

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