第394話 主役入場(ざまあ回)
第三者視点です。
ナタダ子爵邸には次々と人が集まってきていた。ナタダ子爵夫人であるラ・フォンティーヌの誕生日を祝い、その愛娘であるモネの地元での顔見せを目的とする夜会である。
空を夕闇が染め始めた頃、全ての招待客がナタダ子爵邸の広間に入った。後は主催者が登場し夜会の始まりを宣言するのを待つばかりだ。
「立食形式…、まあ一般的ですわね」
招待客の一人、ルーグランカスター伯爵家令嬢アザレアはポツリと呟いた。本来、招待された者は主催者やその日の主役になるべき者が一番目立つように遠慮した服装をすべきである。にも関わらずアザレアはこの異世界では染色が難しいために貴重な赤い布地をふんだんに用いたドレス、煌びやかな数々の装飾品を身に着けている。
そのアザレアは招待客たち全ての注目の的であった。赤いドレスのせいだけではない。その美貌…、少なくとも昨夜までの姿は嘲笑の的であったろう。だが、今は….。
「なんと見事な…」
「あのお美しい方は誰だ?」
「ルーグランカスター伯の…」
「おお…、あの」
周囲の騒めきが心地よい、得意そうにアザレアはその形の良い鼻をわずかばかり膨らませた。
「まったく、殺風景にも程がありますわね」
アザレアは聞こえよがしに独り言。
「王宮での晩餐会…とまでは申しませんが…」
自分に耳目が集まる、だからアザレアは聞こえるように言葉を続けた。
「楽団…いえ楽士の一人でも置いておかなければ主催者が現れる時に華やかさの欠片もないでしょうに…。もっともこんな片田舎では…」
絶対に無理でしょうね、そう言外に匂わせてアザレアは目を伏せ顔を横に数回振った。我が家ならそんな事はないのに…と言わんばかりに。他者を貶しその立ち位置を低くさせ己を相対的に高める…アザレアの常套戦術であった。
その時である。
フッ…。
会場である広間が薄暗くなった、かろうじて顔の前にもってきた自分の手の平が確認できる程度の暗さであった。
ぱぁ〜ん…ぱらぱらっぱら〜ん…♪
ぱぁ〜ん…ぱらぱらっぱら〜ん…♪
トランペットの独奏がイントロを奏で始める。
ぱらぱらぁ〜ん…ぱらぱらぁ〜ん…♪
日本で…いや世界中にもよく知られている日本の国民的ロールプレイングゲームの序曲、そのフルバージョン…。
たんたたったったったたらぁ〜ん、たんたったぁ〜たたたたぁ〜ん♪
一気に奏でる楽器が増えるオーケストラの演奏、そしてパッと二つのスポットライト!サクヤたち光精霊の力によるものだ。ちなみに広間を暗くしたのはカグヤたち闇精霊だ。
「…………」
皆、声も出ない…。
白を基調としたウェディングドレスのような長い長い裾…、誰もが見た事がないような素晴らしい布地…。この場にいる誰もよりも上質な布で作られているのが一目で分かった。このドレスを前にしてはさすがのアザレア伯爵令嬢のドレスも二流品にしか見えなかった。ただの野暮ったい村祭で着るのに丁度良いくらいの服に過ぎなかった。
さらには装飾品も素晴らしい。
およそ名工の手による物だと一目で分かる逸品だ、いや…名工なんてめのじゃない。少なくとも人の手では無理だ。
「まさか…、ドワーフ?」
思わずアザレアは呟いた。
その通りだった。先日の町の広場で大金を得たゲンタは大商会の当主であるゴクキョウに両替をしてもらい白金貨をえていた。その一枚が日本円にして百万円に相当する。それをニ十枚手に入れてガントンたちに装飾品の製作を依頼した。髪飾り(ティアラ)に首飾り(ネックレス)、腕輪、指輪…その全ての地金が白金であり見事な細工がされている。
それだけではない、その白金に負けてないのが彩りを添える宝石だ。ゲンタはネット通販で人工宝石を入手していた。海より深い蒼いサファイアが視線を独り占めする。
「あ、ありえませんわ…」
アザレアの震える声。ドワーフは腕が確かな職人集団だ、その鍛治技術は人間の作るものとは比べるべくもない。しかし、彼らは頑固な事でよく知られている。剣や斧など鍛治の花形仕事である武器なら喜んで打つが、そうでなければつむじを曲げる。そんなドワーフが作ったと言うの…、アザレアは悔しさに爪を噛んだ。予想通りなら白金貨で五十…いや百枚を数えるかも知れない逸品だ。
アザレアの考えた通り装飾品はドワーフの手による物だった。ゲンタが一連の事情を話しガントンたちに協力を願った。同じ席で酒を飲み、子爵婦人が酒に詳しい…味が分かる奴だと認識していた事、さらにはゲンタの元で学ぶモネの真摯な人柄にもガントンたちは好感を覚えていた。あの二人の為なら…、気持ちで動くのもまたドワーフ族だ。ゲンタとの交流を通じてガントンたちと知遇を得ていた事…、これもプラスに働いた。
そしてもう一つ、ゲンタの持ち込んだ日本で購入した人工宝石もまたガントンたちが引き受けた理由の一つであった。異世界の採掘技術では手に入らないような品質の宝石を工業的に生産したのが人工宝石。その大きさ、均一な品質、深い色合い、その全てにガントンたちは注目した。そんな素晴らしい宝石と自分たちの細工の技術を競ってみたい、果たして匹敵するのか…負けられん…そんな思いに駆られたという。
そんな装飾品が一つではない、母娘がお揃いで身に着けている。これは単純に二倍の金を出したからと言って得られる物ではない。まず作れる事が奇跡、それにあえて値段をつければ五倍でも安くはないだろう。
「はぁ…、…………ッ!!?」
感嘆の声を洩らしかけアザレアは慌てて口を噤んだ。さらにさらに許せない。ドレスも、装飾品も確かに美しい。だが、それ以上に…。
「て、天使か…」
招待客の一人が呟く。
ラ・フォンティーヌが…、モネが…、あまりに美しいのだ。何があったというのだ、この数日の間に!?
子爵邸入り口で会った時のモネ、その後に挨拶したラ・フォンティーヌ、まるで違う。別人という訳ではないのだがその輝きがまるで違う。
アザレアは悔しさに打ち震える、これではまるで大した事がないのに調子に乗っただけの引き立て役ではないかと…。
夜会はまだ始まったばかりであった。