第393話 決意、新たに
「では、行ってきます」
冒険者ギルド前にはナタダ子爵領から遣された馬車が止まっていた。冒険者ギルドマスターのグライトさんにシルフィさん…そして僕が乗る為だ。
「マニィ、フェミ、後は任せた」
見送る二人の受付嬢にグライトさんが声をかけた。任しといてくれよとばかりマニィさんとフェミさんが頷いた。
「大丈夫だよ、組合長。楽な仕事だぜ!」
「うん。だけどゲンタさん、あんな依頼で良いんですかぁ?」
「はい、大丈夫ですよ。あれも今回の夜会には必要な事ですから。…マオンさん、夜の件…よろしくお願いします」
「こっちは心配いらないよ。大剣と双剣の旦那もいてくれるし、ガントンたちもいるからね。ゲンタ、しっかりね」
「はい」
馬車の扉が閉まる。
「出立いたします」
馭者さんが鞭を当てると馬車が動き始める。
「ふうぅぅ…。こういう夜会には一応ツラだけは出してきたが…、馬車でお迎えとは初めてだ」
スキンヘッドを撫でながらブライトさんがしみじみと言った。
「まったく…、新人サマサマだな」
「今回の夜会、ゲンタさんは酒食の調達だけではありませんから…。今回全ての手筈を整えた…正直驚いています」
「ははは…、僕もここまで出来るとは思ってませんでした」
「やっぱり…例の伯爵令嬢にハラ立ったからだな?」
「はい」
例の伯爵令嬢…、ルーグランカスター伯の長女アザレアさんの事だ。言葉を悪く言えばナタダ子爵家のパーティを乗っとるようなマネをするつもりらしい。社交界にも詳しいヒョイさんやゴクキョウさんによれば夜会壊し(パーティクラッシャー)の異名で知られる令嬢とのこと。邂逅した時の姿からは想像もつかないが容姿に優れ財力豊かな家柄を背景として夜会で目立とうとしてくるらしい。
たしかに挨拶の動作だけ見れば優雅であったと思う、言っちゃあ悪いがあの体型でそう感じさせるんだ。痩せて噂通りの美貌となるなら侮れない存在だろう。…でも、モネ様はその上を行く。僕はそう確信していた。
また、ザンユウさんによればなかなかの美食家であるらしい。普段はなんでも良いからとばかりに貪り食うのだか、夜会ともなれば
マナーを心得た所作で食べその造詣の深さに唸らされる事もあるという。また、食べ物以外にも多くの夜会に出席している事から舌だけでなく目も肥えているとの事。他の人が開いてくれた夜会であるのに演出などにつまらなさを感じると途端に毒舌が火を吹くらしい。…平たく言えばケチをつけるという事だ。
「なんだそりゃ?そんな無礼な奴は馬小屋…、いや豚小屋にでも放り込んじまえば良いじゃねえか」
「まあ、そうもいかないんですよ。一応、客ですから」
「そうは言っても…なあ?」
グライトさんはシルフィさんに同意を求めた。
「ええ。でも、ゲンタさん…何か考えがあるんですよね?」
「ん、どういう事だ?」
「あの子爵邸の入り口でアザレア様とモネ様のやりとりを見てゲンタさんの目の色が変わりました。モネ様を悲しませるなら…、絶対に許さない…そんな目でした」
「売られた喧嘩は買いますよ、ましてや戦いようがあるのなら。僕を師父と呼んでいただいている訳ですから…。父なら子が泣くのを分かっていて手をこまねいたりはしないはずです。だから戦います、商人の僕ができる事で…」
「冒険者ギルド所属なんだがなあ…」
「ははは、商業ギルドとは初日から絶縁ですよ」
そんな話をしていると何やら馬車が止まり外からやりとりの声が聞こえた。そしてすぐまた走り出した。
「どうやら子爵邸の門の中に入ったようですね、降りる準備をしましょうか」
僕はそう言うとパンパンと両手で自分の顔を叩いた。
「気合、入ってますね」
シルフィさんが呟くように言った。
「そう…ですね。今日はただ勝つという訳にはいきませんから」
「それはどういう…」
「完勝です」
意味ですか?…という言葉が続くはずだったのだろうけど僕は食い気味に応じた。
「え?」
「こと今日の夜会に関しては件のご令嬢にはただの一度も出しゃばらせません。主催は誰か…、そして主役は誰かを分からせて差し上げます」
「やる気か、新人?」
「ええ…、モネ様に悲しい顔をさせた事…後悔させてやりますよ」
そう言った時、馬車が止まった。
キィ…。
馬車の扉が開かれた。奥様付きの侍女であり、今回僕と子爵家とのパイプ役になってくれているコレットさんが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
「今日もよろしくお願いします」
さあ、仕事だ。