第391話 その名はお色直し
ピースギーさん、一回限りのゲストキャラにしようと思ったんですが、一回で終わらせるには惜しい濃さがあったんで再登板。
ごめんよ、ミミ。今回のミミのターンは無かった事に…。
ヒョイさんの社交場で仕立て職人ピースギーさんたちにドレスの製作をお願いした。なんでもピースギーさんはヒョイさんの知り合いの職人というだけではなく、ラ・フォンティーヌ様やモネ様の仕立てをする事もあるという。
翌日、早朝の冒険者ギルドでのパン販売を終えた僕は再びシルフィさんとヒョイさんの社交場に向かった。昨夜からドレスの仕立てをしているであろうピースギーさんたちを訪問する為である。
「お仕立ては順調よ、任せてちょうだい!」
上機嫌なピースギーさんたちが出迎えた。
「ありがとうございます。ですが、あまり無理はなさらないで下さいね。聞けば不眠不休でずっと続けておられるとか…」
「だいじょぶよぉ!急ぎの仕事で何が何でも間に合わせなきゃって時もあるしぃ…」
ピースギーさんは手を少し止めて応じた。
「それにアタシは今、ものすごくヤる気に溢れているの!もうね、アタマの中からアイディアが次から次へと…、これはもう一日や二日は寝ないで突っ走っていきたくなるくらい!ああああんッ!!」
クネクネと身をよじりながら話すピースギーさん、話してるうちにだんだんと興奮してきたのか一気にヒートアップした様子で語る。
「い、一着なんかじゃ足りないわぁんッ!作りたいのォッ、アタシ今すぐにでも何着も作りたいのにィィ!!」
「そ、それなら奥方様とモネ様のドレスを複数作ってはいただけませんか?」
「い、一着だけじゃなくて良いのッ!?…パ、夜会で着る一着だけでなく…?」
「はい。例えばパーティの途中で奥方様とモネ様の衣装替えを行うのです。主催者として登場した時に美しさと気品、さらには格調高さを合わせ持ったようなドレス…。これはスカートの裾を後ろに長く…、踏んづけたりしないように侍女の方が後ろから持つような…」
僕は結婚式でウェディングドレスを着て入場する花嫁さんを頭に思い浮かべながら話した。
「裾の長いドレス…、うんっ、うん!凄いわぁ、普通そんなに布地を余らせたりはしないわよぉ!だけど、これだけキレイな布地がたくさんあるなら…。うふぅッ、なんて贅沢なのかしらんッ!それならぁ…、今作ってるドレスの裾を長いものに…」
ピースギーさんは僕の話を食い入るように聞いている。
「それから…今回の件パーティは立食形式で行います。奥方様とモネ様の元には次々と招待客が挨拶に来ると思うんです」
「そうよ、そうよねえ!」
「ですから次のドレスは挨拶にやってくる招待客と会話したりするのに適した機能性にあふれたドレス…」
「良いわねぇ!でも、それだと立って応対するでしょうから軽さも重視しないとねぇんっ!服の重さって意外とバカにならないのよォ」
「お姉様ぁん、それに加えて目を引く色なんか良いんじゃなぁい!?」
「そうよぉ!招待客が入り混じるように行き来するなら目立った方が良いわよォ」
「あぁん、一着目とはガラリと違う色にしたらきっと印象も強く残るわぁん!」
カルーセさんら三人の職人さん…ピースギーさんのお弟子さんらしいのだが彼ら(彼女ら?)からもアイディアが出される。
「あらぁん、良いかも。ちょっと具体的に考えてみるぅ?」
「「「はぁい、お姉様ぁん!!」」」
「あ、それでしたら休憩がてらお茶にでも…」
「あっ、良いわねぇ」
ぐぅ〜。
誰かのお腹が鳴った。
「ヤダ、いっけなぁ〜い!寝食忘れてお針子してたから…」
ピースギーさんが体をくねらせる。
「それはいけません、差し入れもありますんで食事にしましょう。ホムラ、セラ、お湯の準備をお願い」
そう言って僕はリュックから大きなタッパーを取り出した。
「ゲンタちゃん、これは?」
「サンドイッチと言いましてパンに具材を挟んだものです。これなら片手で食べられるからちょっとした作業の合間につまめるかと思いまして。僕の手作りで申し訳ないんですがよろしければどうぞ」
「きゃあああん、真っ白なパンだわぁ!これがイッフォーの言ってたゲンタちゃんのパンなのね!」
紙コップにティーパックを入れホムラとセラが沸かしてくれた湯を入れた。
「さあ、どうぞ。もう一箱ありますんで」
「美味しそう!」
「アタシ、ガツガツ食べちゃうわぁん!」
「コレ、卵?なめらかぁ〜」
ピースギーさんたち四人は先を争うように食べ始めた。僕はもう一つのタッパーを開けた。
「こちらはジャムなど甘いものを塗ってあるサンドイッチです」
「きゃあああん、ゲンタちゃん良いわぁ!オンナってねいくら食べても甘いものは別腹なのよぉんッ!!」
大容量サイズのタッパー二つ、あっさりと完食。さすが男性の胃袋…、いや女性…なのかな?とにかくあっさりとなくなった。今日一日分くらいにはなるかと思っていたんだが…。
もしかするとピースギーさんたちは男性の胃袋、そして女性特有の理論である甘いものは別腹理論を地でいく性別を超越した存在なのではなかろうか?…そうだ、それに違いない。
「ふうゥゥ、アタシ満足ぅ〜」
「それにしてもイッフォー良いわねぇ、こんな美味しいパンを食べられるなんて…」
「アタシも冒険者になろうかしら…」
カルーセさんたちがすっかり満足したような様子で話している。
ぱぁん!ぱぁん!
ピースギーさんが手を強く叩いた。
「さっ、それよりアンタたち!二着目のドレスはどんな風にするのか決めていくわよッ!仕事よ、仕事ッ!アタマ切り替えて!」
「「「はぁ〜い!!」」」
結婚式で衣装を着替えるお色直し、それを思い出して一つのパーティの間にドレスを着替える事を思い出した僕が複数のドレスをすぐにでも作りたいピースギーさんの思いと合致した。話はトントン拍子に進んでいく。
「良いわぁ、面白いわぁ!色々なお洋服を作れる…、アタシ幸せぇ!」
「ありがとうございます。僕もピースギーさんに引き受けていただいて良かったです」
「これならね、これならねっ、順調にいくわよォ!少し時間も余裕取れそう。ねえ、ゲンタちゃん。他にもアタシたちが何かできる事なぁい?今なら全部まとめて引き受けちゃうわよお!?」
「あ…それなら…。もう一つお願いが…」
「良いわよぉ、なぁに?」
……………。
………。
…。
社交場にある一室で熱心に打ち合わせをするゲンタたち、それを柱の陰から覗くいくつかの視線があった。本人たちは隠れているつもりだが残念ながらその長い耳は柱の陰には収まっていない。
「ねえ、ミミ?」
「何?」
「アタシたち、ゲンタさんに何か頼まれるって話よね?」
「そう」
「忘れられてない?」
「違う、これはゲンタの放置プレイ。はぁはぁ」
「ヒョイおじさん、大変!ミミが勝手に発情してる!」
ドレス製作に熱を帯びるゲンタたち。その一方でなぜか体に熱を帯びる少女がいたとかいないとか…、これはゲンタが全く知らない出来事であった。