第389話 呪いのポーション
「呪いの…、ポーション?」
何とも物騒な単語に僕は首を傾げた。呪いは分かる、そしてポーションも…。ポーションってアレでしょ、ロールプレイングゲームでおなじみの回復アイテムだよね。
「ポーションっちゅうんはまあ水薬っちゅうヤツやな。液体状の飲み薬…、それがポーションや」
液体の飲み薬…うん、予想通りだ。ゴクッという効果音と共にポーションを飲むキャラクターの絵面が僕の頭に浮かんだ。
「はい、実物を見た事はありませんがポーションがどういうものかは大体分かります。ですが、呪い…というのは?」
「良くない効果をもたらすポーションやな」
「良くない効果…」
「単純な物なら毒薬や。まあ、こんなんわざわざポーションなんて言わへんけどな」
「ゲンタさん、ポーションには様々な種類があります」
シルフィさんが横から教えてくれた。様々な種類…、僕は日本のドラッグストアを思い出す。そう言えば風邪薬だって沢山並んでいるもんな…。
「それでやな、件のご令嬢のポーションっちゅうんは衰弱薬…、その名も『ポーション・オブ・エナジードレイン』や」
「それってどんなポーションなんですか?エナジードレイン…、体力とか生命力みたいなものが抜き取られるようなイメージなんですけど…」
「だいたい合うとる」
ゴクキョウさんがうんうんと頷きながら応じた。
「ゲンタさん、ポーション・オブ・エナジードレインはダンジョンなどでたまに見つかるアイテムです。飲むと体力が失われます、具体的には体から一気に栄養が抜けると言うか…」
「シルフィ嬢の言う通りやな、空腹時に飲むとだいたい1過重(地球換算で996グラム)体重が減るくらいの栄養が抜けるんや」
「なるほど、生命力ではなく活力の源になる栄養が体から抜けてしまうんですね。でも、それってそんなに怖い…それこそ呪いなんて言葉を付けるほどでしょうか?」
呪いという言葉に過度に反応しすぎたかな、世の中の女性たちからそんなのあるならすぐ欲しいと言われそうだ。
「いやいや、怖いポーションやでゲンタはん。仮に痩せ細った人に飲ませてみい、たちまち衰弱しきって死んでまう」
「冒険者もまた同じです、飲んだらたちまち体が弱ってしまいます。いつ何が起こるか分からない状態でこれだけ体から栄養が抜けてしまうのはかなりの危機と言えます」
ゴクキョウさんの発言にシルフィさんも同調した。
「あ…」
そうか、考えてみれば強制的に栄養失調にさせる薬だ…。危険性もたしかにあるなあ…。
「せやけど…」
ゴクキョウさんが声を潜めた。
「これはナイショやで。このポーションを愛用される方がおるんや」
「もしかして…、それがルーグランカスター伯爵令嬢という訳なんですね」
「そうや。取ってくる冒険者からしたら役立てるのが難しいモンやけど、件のご令嬢からしたらすぐに痩せられるポーションやからな。よく買ってくれるんや」
「もしかして、お得意様なんですか?」
「ははは、使い道のないモンを買うてくれるんや。もっとも呪いのポーションとは言わへんけどな、痩身ポーションって銘打って納品してるんや」
ははあ…、なるほどねえ。僕もこれが手に入るなら日本に持ち帰って売ってみたいかも…。もっとも法律とかの問題で難しいかな?
「んで、このお嬢はんがな何十と買うてくれるワケや。そんで一気に激ヤセするっちゅう事やな」
そうか、何十もこのポーションを飲めば当然何十キロも痩せる。伯爵令嬢…それも裕福な領地を持ち実質的に侯爵とさえ言われる地位、琥珀金の産出などで儲けた財力で買ったドレス等、そして痩身ポーションこと呪いのポーションを使ってのダイエット…。
先ほど初めて会った時のアザレア伯爵令嬢は綺麗な所作をしていた。確かにサマになっていた、あの人が痩せたら…想像がつかないが優雅さは感じられるような気がする。
「……………」
夜会壊し(パーティクラッシャー)、そんな異名で呼ばれるくらいだ、もしかするとコイツは本物か…。だったらなおさらあのアザレア伯爵令嬢の好きにさせないように僕は全力を尽くさないと!
「お願いがあります」
僕はヒョイさんたち三人に向かって声をかけた。
「僕はモネ様、奥方様の夜会を成功に終わって欲しいと思っています。その為に持てる力を尽くすつもりでいます。ですが、僕にできるのは品物を用意する事だけ。そこで御三方のお力を貸して下さい。これは僕の…、皆様へ仕事をお願いする事でもあります」
僕がそう言い切るとヒョイさんら三人はグッと椅子に深く座った。
「ゲンタさん」
ヒョイさんが僕に声をかけてきた。いつもよりやや低い、真面目な声。
「仕事…と言うからにはお金が発生します。手抜かり無きよう私も事に臨みますが…、それでよろしいのですね?」
「はい」
「ほなら、言うてんか?ワイら、何したら良えんや?」
ヒョイさん、ゴクキョウさんが返事を返してきた。見ればザンユウさんもまた頷いている。
「はい、それでは…」
僕は現時点で思いついた内容を三人に話し始めた。