第387話 パーティクラッシャー
最初はアザレア伯爵令嬢を憎らしい悪役令嬢にしようとしてたんですが、書いてるうちにコミカルになってきてしまった…。
「ルーグランカスター伯ご令嬢、アザレア・ヒス・テリック…(中略)…ムチ・ンドンド・ルーグランカスター様、御成ィィ〜!!」
執事なのか付き人なのかよく分からないが、大音声に呼ばれる長ったらしい名前。その声に応じるように木製の馬車がギィッと音を立てた。おそらく中で座っていた人が立ち上がり重心が動いた事で馬車の床や壁、あるいは柱となる部分の木が擦れたのだろう。
ナタダ子爵家所有の馬車より少し大きく、色々と飾りも付いている豪華な馬車。執事の人が降りてくるのは伯爵家のご令嬢と言っていた、つまり子爵家より上位の貴族だ。その支配規模とか経済規模はナタダ子爵家より大きいのだろう。馬車が大きいのも自然な事なのかも知れない。
ヒョイさんに聞いた感じ、貴族の階級のひとつ伯爵は日本的な考え方で言えば一国一城の主…大名みたいな位置付けのようだ。伊達家とか島津家とか…、何十万石とあるような大大名のような感じ。それと比べると子爵家は家格が幾分か落ちる、もしかすると爵位によって乗れる馬車の大きさや装飾にも細かい決まりごとがあるのかも知れない。
カツ…、カツ…。
中の人物の足跡だろうか、やや高い音がする。木の床面ならコツコツという音がしそうなもんだが….はて?
カツ…。
馬車の中は薄暗くよく分からないが足元は日の光によって照らされている。あっ!?中の床の表面に鉄を張っているんだ。これはもしかして万が一の襲撃に対して立て籠もれるようにしているのだろうか?さすがは伯爵家の馬車、中に乗る人物はそれだけ重要って事なのか…。
中の人物の足元が見えた。馬車の扉の左右両脇に控えた執事らしき人と侍女がスッと両手を差し出した。
あれ?こういう時は片側から侍女が形式的に片手だけ差し出すもんじゃなかったっけ?そんな風に思っているといよいよ中の人物が馬車の外に降りるところになった。
…デカい、デカ過ぎる。
S玉県銘菓の十万キロ饅頭のテレビCMのナレーションが思わず口をついて出てきそうな体格の女性だ。なんというか、全体的にデカい。ふくよかである。小学校の音楽室に貼られていた作曲家たちのようなグルグル巻いたような後ろ髪、もみあげのあたりは縦巻きロールだ。着ている物も高価そうでモネ様より年上…おそらくは成人に近い年齢、なるほどこれが伯爵家のご令嬢か…。
「ッ!!」
「ッン!!」
そんな降りてくる巨体のご令嬢の手を執事と侍女らしき人が足がグッと踏ん張り両側から支えた。これは相当な力仕事だ。それでも二人共『よいしょ!』とか『どっこい!』とか力を入れる際に思わず洩れてしまいそうなかけ声を吐き出さなかった事は称賛に値するのではなかろうか。
「ブフフゥ〜。ナタダ子爵領…相変わらずの山の中。何にも無いですわねえ…。…あ、でも、山や森にいる森鹿とかは美味しいんでしたわよねえ〜?ブフゥゥ〜」
膨れた頬に埋もれ窮屈そうな鼻から洩れる独特な吐息の音。大地に降り立った。
「アザレア様、モネにございます。お久しゅうございます」
モネ様がやってきた伯爵令嬢に挨拶をする。
「フゴッ!?」
挨拶をしたモネ様を見て伯爵令嬢は驚いた様子で鼻を鳴らした。
「驚きましたわ、ブフゥゥ〜。あんなに小さかったモネさんが…。たしか…最後にお会いしたのは…?」
「二年前です、アザレア様」
「そうだったかしら…二年前、二年前?あっ、初めて森鹿を食べた時でしたわね。ここミーンの町で…、あれを食べたのはこの町でしたか…。わたくしすっかり思い出しましたわ、ブフゥゥ〜」
視線を斜め上の方に向け何やら記憶を引っ張り出すようにしながらアザレア伯爵令嬢は呟いた。
「ところでアザレア様、やはり今回の御来訪の目的は夜会の…?」
モネ様が声をかける。
「ブフブフ!そうですわ」
鼻を鳴らして笑いながらアザレア伯爵令嬢が応じる。
「今回は父の名代としてやってきたのですわ」
「ルーグランカスター伯の…」
そんな二人のやりとりに僕は『あれ?』と思った。たしか今回の夜会は子爵夫人であるラ・フォンティーヌ様の誕生日を祝い、モネ様の社交界の事前デビューの二本立てとも言うべき内容だ。奥方様の誕生日はさておくにしても、モネ様の人物を見て自分の息子の嫁候補に…なんて他貴族の当主が見定めにやってくるような場ではなかったんだっけ…?それなのに名代…、それも娘を出席させる?ヒョイさんに聞いていた話とのズレに僕は違和感を感じた。
「ブフゥゥ〜、ズバリ今回のお目当てはこちらで狩猟れる森鹿と夜会に出席るのが目的ですの!お分かり?モネさん…ブッフウゥゥ〜!!」
一段と鼻息を荒くして伯爵令嬢が声を上げる。
「わたくしはパーティに参加するのが好きなんですのよ、ブフッ!伯爵家令嬢のステイタスッ!贅を凝らした衣装に装飾品ィィ〜ッ!!」
ドーンと胸を張る巨体に合わせて家畜に着ける首輪のようになったネックレスがキラリと光る。首回りが太すぎて肉にチェーンが食い込んでいる。
「さらには類稀なるこの美貌ッ!!モネさん、残念でしたわね…ブッフゥゥ〜。列席者の視線を集める夜会の主役はこのわたくしに決まっていますのよォォ、ブッフウゥゥ〜ッ!!」
「…………ッ」
モネ様がビクリと体を震わせた。
「…ブフゥゥ。さて。それでは…ナタダ子爵夫人にご挨拶をして参ります。あっ、宿はご心配なく、別に取ってありますので…。色々準備もありますから…。では、ごめんあそばせ…」
綺麗な動作で別れの挨拶をしてアザレア伯爵令嬢は屋敷の中へと通されていく。しかし、案内する子爵家の家人たちはどこか苦虫を噛み潰したような顔だ。
「モネ様、あの方は…?」
屋敷の中に入っていった伯爵令嬢一行の三人の姿が完全に見えなくなると僕はモネ様に問いかけた。
「…あの方はルーグランカスター伯爵家の長女、アザレア様です。我がナタダ家は有事の際、伯爵家の組下に入ります」
部下ではないが戦争などの際には兵を集めて協力しなきゃいけない…って感じか…。
「しかし、今回の夜会…ナタダ子爵家主催のはず…。その主役に収まろうなどマナー違反も甚だしいのでは…」
僕の横にいたシルフィさんも口を開いた。
「あくまで噂とは思っていましたが…、アザレア様は王都で開かれる夜会で主催者より目立っていると聞いた事がありました。かの伯爵家は大変豊かな領で美しく着飾るのは造作もないでしょう…。夜会壊し(パーティクラッシャー)…そんな呼び方をされる事もあるとか…。しかし、私もまさかそんな事はないだろうと考えていたのですが…。師父様…、私…」
小さなモネ様が震えている。いかに聡明であろうともまだまだモネ様は幼い、その不安はいかばかりか…、そして人の心に土足で入り込んでくる伯爵令嬢に怒りを覚えた。
「モネ様…」
僕はモネ様と会った時のように片膝を地面に着いた、シルフィさんも隣でそれに倣う。
「万事、私にお任せ下さい。何も心配には及びませぬ。このゲンタ、必ずやこの夜会の主役が誰か…出席する皆様にお示しいたしましょう」
片膝を着いたまま僕はまっすぐにモネ様を見つめて言った。
「しかし師父様…、かの伯爵家はたいそう裕福。身につけるドレス一つとってもその高価な事は一目瞭然、師父様がそれに匹敵するような物をご用意出来るにしても我が家にはそれに対する報酬を支払うあてはありませぬ」
モネ様は悲しげに言った。
「やりたくなったんですよ」
「えっ?」
「やりたくなったんです、僕は…。モネ様にはそんな悲しいお顔をしてほしくはないんです。…やってやりますよ、駆け出しの商人ですが僕にもできそうな戦いのようですし…」
頭の中で作戦を組み立てる。
「あの人が、有り余る金にモノを言わせてケンカを売ってくると言うなら…僕ができそうな事でギャフンと言わせる。相手が地位やお金をカサに着るって言うんなら最高じゃないですか!こちらは僕の土俵の上で戦う…。ご心配には及びませぬ、必ずやモネ様を揺るぎない夜会の主役におなりいただきます」
「師父様…」
僕は立ち上がる。
「コレットさん、残る三日お忙しい思いをしていただく事になるとは思いますが、よろしくお願いします」
「はい」
「…ではモネ様、コレットさん。この場はこれにて…。シルフィさん、お力をお借りしたいんですが…」
「お任せ下さい、ゲンタさん」
「今すぐ向かいたい所があります、よろしくお願いします」
さあ三日後の夜には大戦だ、時間も有限だし急ぐとしよう。
「向かって欲しいのは…」
シルフィさんに行き先を告げる、次の瞬間には僕たちはナタダ子爵邸から姿を消していた。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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ゲンタが向かったのは?
次回、第388話。『まずは敵を知り…』
お楽しみに。