第386話 饗応役、謹んでお引き受けいたします
ナタダ子爵家が主催する夜会で饗応役を引き受ける事にした僕の日常は忙しいものとなった。早朝は冒険者ギルドでのパン販売、数時間の休憩を挟んで昼まではモネ様の傅育、午後は夜会…というか貴族社会におけるパーティのしきたりや位置付けを学ぶ為に関係各所を回った。
こういう時に頼りになるのが酒場や劇場、果ては上流階級向けの社交場と手広く扱っているヒョイオ・ヒョイさん。上流階級との交流もあるヒョイさんは夜会に出す料理から参加者の服装、小物に至るまでその知識や造詣は深い。
「今回はモネ様のお誕生日を祝う会、そして同時に社交界にデビューする前哨戦とも言えましょう」
ヒョイさんは今回の夜会の意味するところをそう一言で評しさらに言葉を続けた。夜会をするにあたり様々な事を教わること数時間、今は休憩というか軽い雑談の時間である。
「今は領地にてお過ごしの姫様もあと一年か二年もすれば王都にてお過ごしあそばれる事でしょう。そうなると今回の夜会…、いきなり王都でポンとデビューさせるのではなく、まずは近しいところに顔見せをしておいていずれ正式に…という事でしょうな」
やってくるのは近隣の貴族たち、どうやらモネ様にはまだ許嫁などもいないようで今回の夜会で目にする事で相手側から声をかけてくるひとつの判断材料にもなるのではないかという事だ。いわゆる品定め…言葉を悪く言えばそういう事になるのだろう。モネ様は幼いが聡明な方だ、そして母であるラ・フォンティーヌ様に似てきっと美しくなることだろう。
「モネ様のデビュー…」
「それだけではありませんよ、ゲンタさん」
「と、言いますと?」
「貴族の結婚はなにも当人同士だけの問題では終わりません。家同士、さらにはその周囲を巻き込んで影響を及ぼしますからねえ。相手側としても御息女を値踏みするだけでなくこの家と婚を通じてどんな利があるが…そう考えていることでしょう」
「それはまたなんとも…」
「つまり今回の夜会はナタダ家を探るひとつの機会と言えましょう」
夜会…、どうやらただのパーティでは終わらないものであるようだ。
(これは…、なんとも大変な役割だぞ…。ただお酒や食べ物を出せば良いというものじゃない。来訪者を饗応するだけでなく、ナタダ子爵家の権威というか…その存在を知らしめなければならない。ましてや当主であるナタダ子爵自身は仕事で王都を離れられないみたいだし…)
僕は今回の夜会の饗応役の重大さを改めて感じる事となった。
□
夜会の準備に忙殺される事およそ三週間余り、その甲斐あって夜会で出す料理などの準備もすっかり整った。いよいよ夜会は三日後に迫り、今はモネ様の日課であるマオンさん宅での傅育を終え、その送迎の馬車にシルフィさんと同乗しミーンの町の領主であるナタダ子爵のお屋敷に向かった。
三日後の夜会本番に向け準備が整った事、調理場など夜会で欠かせない部署との連携にも手抜かりがない事をラ・フォンティーヌ様に報告した。今はモネ様を交え夜会で提供する予定の酒食の最終的なチェックをお願いした。
「立食形式(ビュッフェスタイル…」
「はい。今回の夜会、主宰者である奥方様…そしてモネ様にご挨拶されたい方は多いことでございましょう。そうなると席に着いてというものより立食の方が招待客も動きやすいと考えまして…」
ラ・フォンティーヌ様の呟きに僕は応じた。
「大半の献立は予め作っておき、温かいうちに食べたり切り分けたりするものは厨房の方にお任せいたします。これならばたくさん作っておけば料理が途切れ食べるものが何も無くなるという事も避けられましょう」
「見事である。これならば皆、満足して帰るであろう。王城でもこれほどの味わい、珍しき物は口に出来ぬであろう」
奥方様のお墨付きを得て一安心、僕は護衛をしてくれているシルフィさんと共に御屋敷から出る事にした。そこで退出しようと挨拶をしようとしたところ…。
「ゲンタよ、すまぬが夜会まで妾は忙しくなってしもうての…」
「夜会の直前でございます。無理もないことでございましょう」
「そなたと会う時間が取れそうになくての…。それゆえ何かの際には…、コレット」
「はい、奥方様」
奥方様付きの侍女の一人が進み出た。
「このコレットが窓口となり取次をする。また、急を要する際は…ゲンタよ、そなたの判断で動いてたも。全て任せる」
「よろしくお願いします」
綺麗な動作でコレットさんが僕に頭を下げた。二十代前半くらいか、肩のあたりで切り揃えられた髪が彼女の几帳面な印象を僕に伝えてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕も挨拶を返した後、奥方様の元を辞去した。
「母上様、私は師父様をお見送りして参ります」
「うむ」
屋敷の出入り口、モネ様とコレットさんに見送りを受け護衛と補佐役を兼ねてついてきてくれたシルフィさんと外に出ようとしたところ表門から一台の馬車がこちらにやってくるのが見えた。
「あれは…」
モネ様がやってきた馬車を見て小さく呟いた。その馬車は豪華でナタダ家とは違う紋章が描かれている。どこかの貴族がやってきたのかと僕は考えた。
そうこうする間に馬車は屋敷前に到着し、中から典型的な執事服を着た中年くらいの痩身の男性が…続いて侍女のような人が降りてきた。先に降りた執事が声高に口を開いた。
「ルーグランカスター伯ご令嬢、アザレア・ヒス・テリック…(中略)…ムチ・ンドンド・ルーグランカスター様、御成ィィ〜!!」
よく噛まずに言えるな、そんな呼び終えるのに三十秒くらいかかるような長ったらしい名前…。僕がヘンな感心をしていると中から人が降りてくる気配。とりあえず僕はモネ様の後ろに控える事にして降りてくる人物を出迎える事にした。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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やってきた馬車から降りたのは…。
次回、第387話。
『パーティクラッシャー』
お楽しみに。