第385話 エピローグ 画伯、三角のあの食べ物に出会う
野に咲く〜♪
お。おに◯りじゃなかったんだな…。
ミーンの町は上から見るとだいたい四角形をしている。その西側から川が流れてきてミーンの北西部に接すると町の西側の外周をなぞるように南に向かって流れている。そして町の南西…、四角形で例えれば左下隅に当たる角でその向きを真東に変え今度は町の南側の外周をなぞるように流れている。
この川が町の外では農業の為の、そして町の内側には飲み水を初めとして人々の生活を支える水として使われている。また、町の西側から南側にかけての堀の役目も果たしている。
幸いな事にここ数十年は外敵や盗賊団などが町に押し寄せた事はなく、川が堀としての機能を果たした事は無い。せいぜい川に沿って建てられた西側の柵と南側の外壁と共に町の外にある森から猪などの猛獣が町に迷い込んで来たりしないようにする為の害獣よけの役に立っているくらいか…。
そのミーンの町に無くてはならないこの川は町の北西部の隅あたりで西へと向く。その先が上流であり、また川の流れに沿うようにして道は西へと続いている。シルフィさんによればゴッホルソさんはそちらに向かったという。
数回の短距離瞬間移動を繰り返す。この瞬間移動はシルフィさんの目視できる地点までのもので、最大距離としては数百メートルくらいだそうだ。僕の感覚としては見通しの良い所なら一回に五百メートルくらい瞬間移動しているような気がする。町の外に出た事は数える程度だが、西側はほとんどない。せいぜいガントンさんが川の底から砂鉄とジャンボタニシを獲った時くらいか…、少なくとも町の西側へとここまで足を伸ばした事は無かった。
「ゴッホルソさん!!」
町から3キロか4キロぐらい進んだあたりだろうか、その街道の傍らにゴッホルソさんは座り込んでいた。
「あ、ゲ、ゲンタ君なんだな。と、隣にいるのは一昨日の、お、お祭りの日にいたエルフの人なんだな。や、やっぱり」
声をかけた僕たちに気づいてゴッホルソさんが口を開いた。
「お腹が空いているんでしょう?まずはこれを…」
「こ、これは…。し、し、白くて、さ、さ、三角の形を…し、しているんだな」
「サンドイッチと言います。ハムとかいくつかの具を挟んだものです。水もありますからまずは食べて下さい」
そう言って僕は紙コップに水精霊のセラに水を注いでもらいゴッホルソさんに差し出した。
「んぐんぐ…。…ごくごく。…お、美味しいんだな。そ、それにしても、パ、パンに、お、お肉とかが挟まっているなんて、は、初めて食べたんだな」
「ゴッホルソさんはパンを食べきってから次の物を…、料理を食べていましたから。なので、サンドイッチなら具を挟んだものならパンも他の物も一緒に食べられますから」
「パ、パンも…、ほ、他の物も、い、一緒に…」
「はい、最初にパンを食べたらすぐにお腹が膨れてしまいます。ゴッホルソさんはパンを食べたその後はあんまり他の物を食べてないようでしたから」
「ぼ、ぼ、僕は食器の、あ、扱いとかが苦手なんだな。そ、それにぱ、パンと、ほ、他の物があると、ど、どういう順番で、た、食べたら良いのか、わ、分からなくなってしまうんだな。だ、だからパンを食べきってから、つ、次のものを食べていたんだな」
「そうだったんですね…。でも、それならこのサンドイッチのようにパンに何かを挟んで食べたら良いですよ。そうすれば食べる順番は関係なくなります。なんたってパンと一緒ですから」
「そ、それなら、ぼ、ぼ、僕も食べ方を気にしなくても、だ、大丈夫なんだな」
「あと、聞きましたよ。昨日は絵の製作に没頭するあまり食事を摂らなかったとか…。昨日から何も食べずそのまま町を出たらお腹も空いて倒れてしまいますよ」
「た、たしかにそうなんだな。だ、だけど、ぼ、僕が絵を描くとそれを聞きつけた人が、だ、だいたいどこからか人が集まってきて、え、絵を描け、絵を描けと言うんだな。そ、それがイヤで普段は、ぼ、僕はその場では絵を描かず、み、見たものを、お、覚えて後で一気に描くんだな」
「それは…なんとも大変ですね」
「だ、だけど、今回はゲンタ君からたくさんの色がついた、か、紙をもらったんだな。だ、だからすぐにでも描きたくなって…」
ザンユウさんやゴクキョウさんの話ぶりからするにとても有名な絵描きさんみたいだし…、きっとその絵は高値がつくのだろう。
「そう言えば、町を出るのに食べ物は持ってなかったんですか?」
僕はゴッホルソさんに尋ねた。
「も、持ってなかったんだな。ぼ、僕は、た、旅をするうちに草とか木の実…、た、食べられるものを見て覚えたんだな。だ、だから道すがら手に入ると思っていたんだけど…か、川は、あ、危ないから、は、入れないし、こ、こっち側は、は、畑なんだな。は、畑は、た、耕している人がいるんだから、そ、そこから何かを、と、取って食べたら、ダ、ダメなんだな。だ、たから何も食べる物にありつけなかったんだな」
「そうだったんですね」
「しかし、森に入れたとしても食べ物が確実に手に入るとは限りません。季節によっては手に入らないものがほとんどですし、草だって育ち過ぎていては食べるに適さない固さになってしまいます」
シルフィさんもゴッホルソさんの場当たり的な食料調達を心配している。僕は自分のリュックの中をガサゴソと探る。中には朝食用のパンが入っていた。
「ゲンタさん、私の分のパンを…」
シルフィさんが申し出る。中にはシルフィさんが朝食、そして夕食に充てるジャムパンが二つあった。
「良いんですか?」
「私は町に戻れば食べ物を得る手段はいくらでもありますから」
「分かりました。ゴッホルソさん、このパンをどうぞ。お腹が空いたら食べて下さい。森に入れても食べられるものがすぐには見つからないかもしれませんから。良いものが見つかったら背中の袋に入れて…、パンから先に食べるようにして下さいね」
「わ、分かったんだな。食べられるものを見つけたら、ふ、袋に入れておくんだな」
僕がジャムパンを手渡すとゴッホルソさんは大事そうにリュックに入れていた。
「…!?何か近づいてきます…、これは馬車?ずいぶんと急いでいるようで…。おかしいですね、この先は山道…。こんな速さで走らせたら次の村に着く前に馬がバテてしまうでしょう」
長い耳に手を添えてシルフィさんが接近してくるものに気づいたようだ。
「き、きっと、ぼ、僕を追いかけてきたんだな。ま、前も、よ、欲張りな商人が、え、絵を描けとうるさかったんだな」
「1マイルくらいまで近づいていますね」
「か、隠れるんだな」
「隠れる?川と黒麦畑しかないから隠れる場所なんか…」
「私が姿隠しの魔法を…」
「ま、魔法をかけられるのは、こ、怖いんだな」
「だ、大丈夫なんだな。ぼ、ぼ、僕には良い方法があるんだな」
そう言うとゴッホルソさんは麦畑に数十メートルほど入っていき足を止めた。そして両手を真横に広げたのだった。
……………。
………。
…。
長閑な田舎道には似合わないやたらと飛ばす派手な馬車。ブド・ライアー商会が所有する馬車だ。
「ゴッホルソ先生〜!!」
「画伯〜ッ!!どこだぁ!!パンを持って我々が駆けつけて来たぞ〜!」
馬車の両脇の扉からブド・ライアーとハンガスが顔を出しゴッホルソを追っていた。
「ちぃッ!!いやがらねえ!こっちは麦畑が広がるだけ…。万が一にも見落としはねえ」
「こっちは川だ。誰もいない」
「おっ!!あれは人影か!?」
「いたか!?ハンガス氏!?」
「おうっ!馭者、止めろ!」
馬車を止めさせハンガスはさらに身を乗り出した。その後ろからブド・ライアーも顔を出した。
「クソッ!違った!ありゃあ案山子だ。小汚ねえ服なんぞ着せて間抜けなツラしてやがる」
「ならば先を急ごう!早く身柄を押さえねば!オイ、すぐに出せ!全速力だ!」
ブド・ライアーが大声で御者に命じると馬に鞭が当てられ馬車はその場を後にした。
「…い、行ったんだな」
案山子のフリをしてブド・ライアー商会の馬車をやり過ごしたゴッホルソさんが呟いた。シルフィさんが魔法を解除し僕たちも姿を現した。
「ブド・ライアー商会、それとハンガス商会ですか…」
「ゴッホルソさん、どうしますか?見つかったら面倒な事になりそうですが…」
「だ、大丈夫なんだな。さ、幸いもう少し行けば畑も終わって林なんだな」
ゴッホルソさんが指差した先、数百メートル先に林が見える。
「ぼ、僕はあの林に入ってこの板に下書きをするんだな」
ゴッホルソさんがリュックからA5サイズくらいの小さな板を取り出した。
「そ、そうすれば描いてる間に、あ、あの馬車も戻っていくんだな。そ、そうすれば、も、もう大丈夫なんだな」
□
林に入っていくゴッホルソさんを見送り僕とシルフィさんはミーンに戻る事にした。瞬間移動を数回して町の西外れに入るとシルフィさんの目の前に小さな精霊が現れた。
「ありがとう」
シルフィさんがそう言うと精霊は姿を消した。
「何かあったんですか?」
「ブド・ライアー商会の馬車が山道の手前に辿り着いたようですがゴッホルソさんが見つからず足を止めたようです。諦めたのか引き返す事にしたようですね」
「それは良かった。後はゴッホルソさんがやり過ごす事が出来れば…」
そんな事を話しながら僕たちは町を歩く。しばらくすると、
「…通り過ぎましたね。まあ、諦め悪く畑や川の辺りを見回しながらの帰途のようですが…」
まあ、通り過ぎたとあればもう大丈夫だろう。
「あ…、そう言えば朝食用のパン、なくなっちゃいましたね」
サンドイッチやジャムパンをゴッホルソさんに渡したから僕とシルフィさんの食べる分がなくなっていたのだ。
「そう…、ですね」
シルフィもその点は残念そうだ。
「あの…、もしよかったら…」
「はい」
「マオンさんが練ったパン種を少しもらって新しいパンを焼きましょうか。幸い、マオンさんの家はすぐ近くですから」
「パンを…」
「中身が無いけど…。いや、あれがあったな…。シルフィさん、一緒に作りましょう。ぶどうパンを」
「ぶどうパン?」
「ええ、練ったパンの生地に干葡萄を加えて焼くパンで…」
「干葡萄を…。ゲンタさんと一緒に…、嬉しいです」
そんな会話をしながらシルフィさんと町の中を歩いていた。なんていうか、ちょっと良い雰囲気でもある。
「あの…、シルフィさん…」
「ゲンタ…さん」
理由は無い、だけどなんとなく名前を口にしたいと思うような時間…。
「ゲンタ!!」
「「あ」」
甘い雰囲気になっていた僕たち二人、急に現実に引き戻されて少し間の抜けた声を洩らした。そこにはプクッと頬を膨らませたアリスちゃんが可愛く仁王立ちしていた。
「ズルい、ズルい!ゲンタ、他の人とデートしてるって聞いた!それも何人も!お嫁さんになるのは私!!」
「あああ…、アリスちゃん。これはね…」
なんだろう、ちゃんと結婚したとかそういう訳じゃないのに僕は今浮気がバレて平謝りする人みたいになってるぞ。
つんつん…。
「ん?」
シャツの胸ポケットのあたりを軽く突っつかれる感触。見ると胸ポケットの中にいるカグヤが何か言いたそうな表情で僕を見上げている。
「カグヤもか…」
どうやら僕はこの後にのんびりと朝食…というワケにはいかないようだ。思わず天を仰ぐとそこには澄み切った青空が広がっていた。
いかがでしたでしょうか?
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次章予告。(構想)
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ナタダ子爵夫人に夜会の饗応役の打診を受けたゲンタ。
受けるべきか、受けざるべきか考えていたゲンタだがとあるきっかけで受ける事にした。全ては仕える人の為、商人としてゲンタの戦いが始まった。
次章予定タイトル『他にはない、一つだけのもの』
遅筆ですがよろしくお願いします。