第382話 招かれざる客
元ネタは、
「You suck!」(お前最低!)(へなちょこ!)なんですが、少し変えてみました。
「You sick!」のsickはご存知と思いますが病気という意味という意味です。しかし、スラングで「ヤバイ」という意味を持つそうです、良い意味で…。
そこで文言を少し変えてユー、シックにしてみました。
ゲンタが孤児院でゴッホルソを誘っていた頃…、商業ギルドにて…。
「オイ、聞いたかッ!?冒険者ギルドが…、いやあの『かれー』売りが広場を借りたいんだとよッ!」
どすどすと足音を立てて副組合長のブド・ライアーがギルドの中に入ってきた。そしてそのまま勝手知ったる建物の中を歩き組合長室にノックも無しに入った。
「なんだ、ライアー氏か…」
先日のカグヤによる制裁と多大な損失を出した事ですっかり牙が抜け落ちた犬のようになったハンガスが覇気なくブド・ライアーを出迎えた。手酷い傷を負わされたハンガスだが、回復魔法を使える者を呼び大枚を叩いてやっと怪我を治したばかりだった。
「…知ってンよ。残念ながら申請を出された時に俺は療養中でね、だから断る事ができなかったンだよ…。クソ、忌々(いまいま)しいぜ」
ハンガスが不満を口にした。
「忌々しい?何を言ってるんだ、好機だぞ!」
「あん?好機だ?」
思わぬブド・ライアーの声にハンガスは語尾を半音上げて疑問の意味を含ませる。
「バラカイだよ、バラカイ!あのエルフの食通、バラカイもこの集まりに招待されてるんだと」
「はあ?だからどうした」
何言ってんだ、コイツとばかりにハンガスがブド・ライアーに応じた。
「あのバラカイに俺たちは散々にこき下ろされたじゃねーか!?そんな奴が招待されたからって俺たちに何のウマミがあるんだよ?またこき下ろされて終わりじゃねーか」
赤子でも分かるとばかりにハンガスが切り捨てる。以前の彼からは想像もつかない程のノリの悪さだ。
「そこだよ、今回はそこが狙い目になるんだ」
「…どういう意味だ?」
怪訝な顔をするハンガス。
「実は小耳に挟んだんだが、そのバラカイが師と仰ぐとさえ言われる人物がこの町を訪れているらしい」
「…ふぅん」
聞いてはいるが明らかに乗り気ではないハンガスが生返事をする。
「なんでもその師と仰ぐ人物ってのは絵描きらしくてな、あまりに絵に没頭するあまり服とか食いもんとか…あまりに無頓着らしい。時と場合によっては道端の草とかさえ食べるらしい」
「…で?絵描きが何の役に立つんだ?」
「分からねえかな?あの王家ですら意見を求める食通…、その舌を唸らせるのは大変だ。だけど、その師匠の舌ならどうだ?」
「…何が言いてえんだ?」
「…いくら凄腕の絵描きと言えども道端の草を食って満足するような貧乏舌だぜ?だったら何食ったって美味い美味いと褒めるだろうさ。そしたらどうよ、バラカイは食通であると同時に芸術家でもある。そんなバラカイが師匠が美味い美味いと食ってるものをこき下ろせるか?それこそ師匠の顔を潰す事になる。いくらバラカイでもそんなマネはしないだろう」
「あっ!そ、そうか、その師匠とやらに何がなんでもパンを食わせて….」
「美味いと言わせてしまえばこっちのモン…ってヤツだ。そうすればあのバラカイ…、バラカイ・ザンユウも頷かざるを得ない…。そうすれば…、そうすれば…ウチで出すものは全て天下御免の折り紙付きだ」
ブド・ライアーはニヤリと笑った。
……………。
………。
…。
「へえ…、そんな事を言ってるんだ…」
くすっ…、手の平に乗るほどの小さなサイズの黒髪の女の子が僕の呟きに応じて唇の端を上げた。
「うーん、それならどうしようかな…。丁度良いことに今は僕一人だし…」
夕方からの催し事に備えて…とばかりにマニィさんとフェミさんは現在二人で入浴中。ちなみに僕はそんな二人に服をプレゼントした、今日のデートの為のアイテムと言ってもいい。
「さて…、ちょっと日本に戻るか…。買い物と…、僕の演出の為に…。カグヤ、一緒に来てくれる?」
返事代わりにカグヤは僕の肩に乗り、その手で僕の頬を撫でた。
□
「うははははっ!!食いモンは美味え!酒も美味え!」
「さすが坊やだ!嬉しい事してくれるぜえ!」
「見ろよ、あの小屋くらいあるデカい酒樽をよォォ!あれ全部飲んで良いらしいぜえ!」
「くぅ〜、ドワーフに生まれたかったぜ!そうすりゃ、酔い潰れずにしこたま飲めるのによォ」
屋台などをした火除け地でもある町の広場で僕は感謝祭と銘打って催しを行なった。招待したのは冒険者ギルドの関係者、それに仕事柄なにかと力を借りたりお世話になっている皆さん。雑貨屋のノームのお爺さん…はすでに酔い潰れて鼾をかいている。
他にも社交場のオーナーのヒョイさんやそこで働くミミさんたち…、猫獣人や犬獣人の皆さん、川漁師のセゴドさんにこの町に滞在している川船頭のリョマウさん一行もいる。その横にいるのはジュウケイさんか、ゾウイさんやガントンさんらドワーフの一行とさっそく飲み比べのような事をしている。
「ゲンタのにいちゃ〜!!」
まだ幼く、舌っ足らずのポンハムが駆け寄ってきた。彼女は孤児院の子供たちの最年少、みんなの妹分だ。その後ろから子供たちや母親代わりのシスター、みんなのお姉さん格のミアリスさんもいる。ゴッホルソさんも一緒だ。
「な、なんだか、ゆ、夢みたいなんだな。ぼ、ぼ、僕は、よ、夜が苦手なんだな。お、お化けが、で、出てくるかも、し、しれないし、く、暗いから、け、景色がよく、み、見えないから、ぼ、僕は苦手なんだな。だ、だけど、よ、夜なのに、あ、明るいんだな。不思議なんだな」
「あ、それは精霊のみんながいるからですよ」
僕が数メートル上空を指で指し示すとサクヤを初めとして光精霊がクッキーや果物などを片手に思い思いに宙を舞っている。光精霊だけではない、ホムラやセラなど火精霊や水精霊は料理を作る屋台などに、カグヤたち闇精霊は広場の境を流れる下水を兼ねた小川の悪臭を抑えたり広場の声や音などを周囲に出さないようにしている。
「す、凄いんだな。お、王都でもこんな華やかなお祭りは、み、見た事が、な、無いんだな。パ、パンも美味しいし、ぼ、ぼ、僕は幸せなんだな」
「もし良かったら他の料理とかと一緒に…」
「だ、大丈夫なんだな。ぼ、僕はパンが大好きなんだな。だ、だから、パンだけを味わうんだな。…むぐっ、むぐっ、お、美味しいんだな。ほ、他の料理は、パンを食べ終えたら、い、いただくんだな」
「では、食べ終えたら是非他のものも楽しんで下さいね」
「あ、ありがとうなんだな」
やはり満面の笑み、ゴッホルソさんはパンを頬張りながら礼を言った。
□
今は飲み比べに忙しいガントンさんらドワーフの皆さん。しかし、この感謝祭が始まるまでにステージを設営したりなど既に大活躍だ。
ちなみに今日のデート相手であるマニィさんフェミさんは支度に手間取っているらしく現地集合となった、もう少し待つ必要がありそうだ。僕は来てくれた人に挨拶に回っていた。
そのステージ上では次々と様々な催しが行われている。
ミミさんたち兎獣人族のライブに始まり、メルジーナさんの独唱。上半身裸になったガントンさんとゴントンさんによる相撲対決(この勝敗を賭けの対象にしている人もいた)。
蛇獣人族の巫女であるヴァティさんは神様からお告げを受ける能力がある事からよく当たる人生相談を開催した。そこに名乗りを上げ参加したのはエルフの魔法姫の異名をとる凄腕冒険者のフィロスさん。相談内容はもちろん恋愛について…。
「わ、私も17歳ですし、じゅ…19歳くらいまでには結婚したいなぁ…なんて…」
「…え、ええと…。神は…さ、最後まで希望は捨てちゃいかんと…。諦めたら…」
いつも冷静沈着なヴァティさんだが、今夜は何やら歯切れが悪く客席もなぜか微妙な雰囲気に。相手が…悪かったんや…。
そんな空気を意外な人物が吹き飛ばす。
「この金貨の王のカードを手にして指を鳴らすと…」
ぱちんっ!!
ちゃりちゃりちゃりりぃぃ〜んッ!!
「はい、カードが13枚の金貨に変わりました」
タキシードが似合う『ザ・紳士』といった感じのヒョイオ・ヒョイさんが見事な手品で人々を沸かせ称賛を受ける。
うおおおおッ!!
爺さん、スゲェェ!!
さすがヒョイおじさ〜ん!
「手の…、力です…」
僕が持ち込んだ怪しげなBGMも相まってヒョイさんが凄腕手品師になっていた。
そして今はステージ上では食通であるザンユウさんや、ゴクキョウさんなど四人のエルフの皆さんが今夜提供した料理について語り合っている。中世ヨーロッパのような異世界、日本食などは当然馴染みはない。そんな料理に使われている材料等がどんなものかを当てるとエルフの皆さんが名乗りを上げたのだ。司会はマオンさんである。
「…この『ちくぜんに』という煮物だが単純そうに見えて実に複雑玄妙…。野菜とキノコ、そして丸鳥の肉を炊き合わせた…一見簡単に見えておいそれとはこれだけの物は作れぬ…」
「せやな、このプルプルするモンが芋から作られているなんて…。なんちゅう事を…、なんちゅう事をしてくれるんや…ゲンタはんは…」
煮物をフォークで突き刺しながら食べるエルフ、違和感ありまくりだ。
「ぬううっ、そしてこの穴の空いた食材は何だっ!どっしりと地中深く根差していたものでなければ培えぬ味だ」
「だが、それだけではない。瑞々しさも…、また独特の歯切れの良さと粘り気のようなものも感じる…。や、野菜のようだがこれはなんや?」
「ううむ…、私には分かりかねるが…」
「ハラオーシャシュ部族長もですか?実は私もサッパリ…」
「おや、貴殿もですか?トミー副部族長…」
長い時間を生き、植物に詳しいエルフ族と言えども蓮根は分からないようだ。しかし、ザンユウさんは目を閉じ味わいを深めながら考えをまとめていた。
「さあ、降参かい?ゲンタの用意したこの穴空きの正体はさすがのエルフ族も分からないかい?」
マオンさんが煽るようにアナウンスする。ちなみに音声は風の精霊たちによりスピーカーのように参加者たちに届く。
「ワ、ワイには分からんっ!」
「これは花の部分でも枝でも…果実でもない…。粘り気と水気…、ぬううっ!こ、これは畑作で作った物ではない…、だが深い地中で育ったような…、畑ではないが…沼かッ!?泉のようだ澄んだ水面ではない、泥の濃く混じる沼で育つのではないか?そんな中で育つから強く水を吸い上げる為にに身に細かい筋が走る事で水をよく通し瑞々(みずみず)しさと、そして泥独特の強い風味も生まれる…、そうだろうっ!?」
「おお、正解だよっ!」
「ふ、ふふふ!あの小僧め、またもや私を試しおって…。生意気な奴だ、うわっはっは!!」
そんな上機嫌にザンユウさんが笑っている所に突如駆け込んでくる影があった。
「そちらのご老人ッ。あなたがザンユウ・バラカイ氏の師にあたる方ですね!?」
「さっきからバラカイ氏があんたには常に丁寧な言葉を使っていた、敬意を払っている証拠だ!」
商人のブド・ライアーとハンガスがステージ上に乱入しエルフの部族長であるハラオーシャシュさんに詰め寄る。
「さあ、このパンを食べてくれ!」
「そうだ、食えっ!」
二人は初対面であろう部族長さんにとんでもない事を要求している。僕もちゃんと話をするのは今日が初めてだったがこんな事は許しちゃいけない!!カグヤによってこの二人が乱入してくるのは分かっていたので僕はラジカセに仕込んでいた曲を再生させステージに向かう。。
ぱっぱらぱっぱらぱっぱらぱぱぱ〜♪
ぱっぱらぱっぱらぱっぱらぱぱぱ〜♪
軽快な、それでいて闘志がわいてくるようなイントロ。そして重く低い曲調に変わる。そのタイミングで僕はステージに乱入した。
だーだん♪
「「「ユーシック!(お前最高!)」」」
だーだん♪
「「「ユーシック!(お前最高!)」」」
だーだん♪
「「「ユーシック!(お前最高!)」」」
だーだん♪
「「「ユーシック!(お前最高!)」」」
僕がステージに上がるとみんなから歓声が上がった。シック…いわゆる病気というのが本来の意味だが、スラングとしてヤバいみたいな意味で使わる。こういう時は好意的な意味で使われ、お前ヤバい(くらいにイカしてるぜ)みたいな使い方をされる。
思わぬ盛り上がりに気を良くし両手を広げてステージ上でくるくると回った。僕の周りではサクヤたち四人の精霊が僕の真似をして同じように回ってみせている。
「おおっと、ここで登場、ダァァンスッ・ウィィィズ・スピルルルルルイィィッッッツゥゥ(精霊と共に踊る)…ゲェェンタァァッ……ンヌッ!!」
巻き舌で有名なアナウンサーののような呼び出しをマオンさんがしている。ホント、辻売りというのは声のプロなのかも知れない。
いずれにせよ僕はこうしてリング…、ではなくステージに上がった。
「さて…、今日は貸し切りなんですよ。冒険者ギルドと、…お世話になっている方々だけのね。僕が言いたい事、分かります?」
そう言って僕は乱入者二人に向き合った。
ちょっと質問なんですが…。
皆さんは男女比極端モノとか、あべこべモノとか、貞操逆転モノってお好きですか?