第380話 デート中に行き倒れた人を発見する
早朝のパン販売を終えた僕たちはギルドを後にして町の中を歩いていた。マオンさんも一緒にいるが護衛役のガントンさんやゴントンさん達と僕たちから少し離れて歩いている。
…もしかして気を使ってくれているのだろうか?そんなことを意識すると急に気恥ずかしくなる。ああ、ダメだダメだ。冷静に…冷静に…、深呼吸するような気分でひとつ息を吐いた。
今日はマニィさん、そしてフェミさんとのデートだ。
本来ならマニィさんのデートの順番は三番手、フェミさんは四番手であったが二人同時にデートをする事になった。ただし、それは今日と明日…つまり二日間にわたって行う。そうする事によって二日連続のデートにしようという目論見だそうだ。
マニィさんたち二人が受付を離れて大丈夫なのかとも思ったが今日の冒険者ギルドは午前中だけの営業で午後からは休み、いわゆる半ドンというものだ。それゆえに緊急の依頼だけを受け付けるのみだそうでシルフィさんとギルドマスターのグライトさんが事務仕事をしている。
ちなみに半ドンと言うのは『半分どんたく』という言葉を略したもので、どんたくとはオランダ語で休日という意味だそうだ。現在のような週休二日制が定着する前は日曜日が休み、そして土曜日は半日だけ出勤する人が多かったそうで午後からはお休み。それゆえ『土曜は半ドンだかさ…』みたいな会話がされていたらしい。
「へへっ、ダンナ!考えただろ?本来なら今日はオレ、明日はフェミの番だけどさ…」
「一緒にいれば今日も明日もゲンタさんと一緒ですぅ!」
「実質的に二日間デートできる!」
「ねー!!」
二人は僕の腕を左右両側から挟み込むようにして組んでいる、いわゆる両手に花の状態である。
そんな中、マオンさん宅にはもう少しで到着…具体的には
「ところで今日はどうして孤児院に最初に向かう事にしたんです?」
デートと言うには意外な場所に向かっている事を僕は不思議に思い二人に尋ねた。
「デート…だけどさ、行く場所って特に決めてはないんだ」
「うん、ゲンタさんとマニィちゃんと一緒にいられたら良いから…」
「それにあそこはさ…、オレたちのをふるさとみたいなモンだから…」
「なんか自然と足が向いちゃう。だから孤児院に行って…、その後は…町を歩きませんかぁ?」
そんなわけで僕たちはゆっくりと町中を歩く。仕事ではない余暇の時間を過ごす僕らと物を売ったり買ったり運んだり…、町の中は多種多様な人々が行き交っている。急ぐ必要のない移動、むしろゆっくりで良いんだ。一緒にいられる時間が一秒でも多くなれば…そんなことを思ってしまうぐらいだ。
そうこうしているうちに僕たちはマオンさん宅に着いた。
「あんたたち、今日はどこに行く事にしたんだい?」
「まずは孤児院に行って…、そこからはブラブラと町歩きをしようかと…」
「ああ、それなら今からパンを焼くよ。孤児院に持って行っておあげ」
そう言うとマオンさんは練り上げて熟成させているパン種を取りに行った。僕たちは石木のテーブルにつき、お茶を飲みながらパンが焼けるのを待ったのだった。
□
マオンさん宅から孤児院はそう遠くはない。子供たちの足でも楽に行き来できる距離だ。リョマウさんが運んできたトサッポン産の火山岩を粉末状にして竈の内壁にした特製のパン焼き窯によってふっくらとしたパンが焼き上がった。それを手土産に孤児院へと向かう。
子供たちが喜んでくれたら良いなと思いながら三人で歩いていく。今日はマオンさん宅での針仕事なども休みにしているから子供たちも休日のはずだ。そんなことを考えながら孤児院前に通じる小道に出る為の角を曲がった所でフェミさんが声を上げた。
「あれ?誰か孤児院の前で倒れていますよぉ?」
見れば人が一人、道端にうつ伏せで倒れている。
「行き倒れかな、行ってみようぜ」
フットワークも軽くマニィさんが小走りに倒れた人に近づいて声をかけた。
「オイ、どうした?気分でも悪いのか?」
僕たちも駆け寄り男性を介抱する。布製のくたびれたリュック、これまた同じようにくたびれた袖無しのシャツに膝までのズボン。親指と足首に引っかけて履くサンダル…。丸坊主の頭、その顔はそれなりの年月を感じさせる…いわゆる中年男性といった風体だった。
「うう…。お、お腹が…」
男性がなにやら辛そうな声を上げた。
「大丈夫ですか?お腹、痛いんですか?」
男性が薄目を開けてこちらを見た。
「お、お腹が…空いたんだな」
「「「…え?」」」
僕たち三人の声が綺麗にハモった。そんな僕らの戸惑いを他所に男性は鼻をヒクヒクとさせた。
「お、美味しそうなパンの…ニ、ニオイが…す、するんだな。ぼ、ぼ、ぼ、ぼくはパ、パ、パ、パンが…食べたいんだな」
孤児院の前で僕たちが見つけて声をかけたのは、まさかのマニィさんの予想通り…行き倒れた人だったのだ。