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第379話 フリーズ・ガール


 フェミさんとマニィさんに見送られ僕たちは冒険者ギルドを後にした。そしてもう一人…。


「う、うぐぐぐぅ…。デートぉぉ…」


 ハンカチを千切れるのではないかと思うほどに噛み締めながらこちらを見ているフィロスさん。他のエルフの例に洩れず整った顔立ち、卓越した魔法技術…、どこか残念な言動さえ無ければモテモテだと思うんだけど…。


「もしかしたら…残念な行動が致命的なんだろうか?」


 ふとそんな事を思ってしまった。…強く生きて欲しい。


 そうこうしてる間に僕たちはマオンさん宅に着いた。マオンさんは家に戻る。護衛をサクヤ達4人の精霊に頼み僕はシルフィさんと町の外の森に向かって出かける事にした。


 わざわざ町の出入り口である南門に回る事もないと西側の町外れまで歩くとシルフィさんが手をつないできた。そして世界が揺れる。


 ヴゥンッ!!


 次の瞬間、僕たちは町外れに沿って流れる川の向こうにいた。彼女の目視できる場所に瞬時に転移できる短距離瞬間移動(ブリンク)の魔法によるものだ。


 すぐ近くにある森に入りシルフィさんに先導するような形で森を進む。


「あ…、ここは…」


 似たような植生の森の中だがこの場所には見覚えがある。


「はい…。先日も…、ここで…」


 そうだ…、初めてシルフィさんと森に来た時にここに来たっけ…。その場所に連れて来てくれたんだ。そして思い出した、シルフィさんに抱きつかれて…。


 木漏れ日が差す森の中、どこか優しく静かな時間。


「シルフィさん、さっそく敷物を広げて座りましょうか。今日はちょっと変わった甘味がありましてね」


 そう言って僕は二人で過ごす準備をするのだった。



「マニィさんも言ってましたが今日は少し暑いですね」


 僕は敷物の上に座りシルフィさんに声をかけた。ノースリーブにいつもより裾の短いスカートのシルフィさんが敷物に座る。深緑色の敷物の上に白い肌のシルフィさん、ドキッとするくらいの透明感のある美しさだ。


「はい、少々お待ちください」


「えっ?」


 シルフィさんは何やら魔法を唱えた。すると僕たちの周りを風が吹き始めた。


「これで少しは涼しくなるでしょう」


「ふわあ…、魔法って凄いんですね」


 僕も敷物の上に座りながら応じた。


「ゲンタさん….」


 座った僕の隣に寄り添うようにシルフィさんが座った、軽く肩が触れる。とてつもない美人のシルフィさん、そんな彼女に寄り添われると僕はたちまち胸が高鳴りとても平然とはしていられない。こんな時に僕は上手い事も、気の利いた事も言えない。思わず僕は手にしていた保冷バッグを開いた。


「あ、あの、シルフィさんっ!」


 中はヒンヤリとしていて僕の持ってきたものが思惑通り冷えたままのようだ。


「こ、これを!」


「これは?」


(いちご)を凍らせたものが入っています」


 僕が保冷バッグから取り出したのはタッパー。


「苺?それはあの…『とチおとメ』ですか?」


「はい」


 なんか久々だな、とちおとめみたいな日本語の固有名詞は片言に聞こえるの…。僕は家から持ってきたガラスの器に練乳を敷いた。さらにその上に苺を5ミリ程にスライスして凍らせたものを盛りつけていく。仕上げにスプレー缶に入った生クリーム…。


「さあ、シルフィさん」


 スプーンを添えて彼女に手渡す。


「まあ…、甘くて軽い食感…冷たくて。初めての食感です」


 横に二人並んで食べる。


「それと少しですが…」


 僕は一本の小瓶を取り出した。


「これは…お酒ですか?」


「はい、林檎酒(シードル)です」


「シードル?」


「林檎という果実から作ったお酒です」


「果実から…」


「それとシルフィさん…、このお酒は…その」


 僕は少し言いよどむ。


「少し泡が出るお酒でして…」


「あ…」


 シルフィさんが少し赤面し戸惑いを見せる。以前にスパークリングワインを飲んだ時の事を思い出したのだろう。


「ですから…、少しずつ…」


「あ、はい。少し…ずつ」


 そう言って僕は紙コップにシードルを注いだ。


「んっ…、葡萄酒(ワイン)の時とは…違う」


「はい」


葡萄(ぶどう)の風味とは違う、また違った爽やかな酸味…」


 僕たちは少しずつ時間をかけてシードルを…、そして甘味を食べる。


「そう言えばゲンタさん、この甘味の名は?」


「あ、はい。(けず)(いちご)と言いまして…」


「けずり…いちご…」


 シルフィさんが呟く。


「削りとは言っても本当に削った訳ではないんですけどね…。苺を薄切りにして、それから凍らせた訳で…」


「そうなんですね、けずりいちごと言われると何か木を削ったもののように思えて…」


「ああ、確かに。正式な料理名ではないですね。…そうだ、新しく名前をつけてみますか?この削り苺に」


 そんな僕の何気なく言った一言にシルフィさんはシルフィさんは真剣に新たな料理名を考え始めた。真面目な性格だからなあ、色々な単語や言い回しを考えている。


「フリーズ・ガール…というのはどうでしょう?」


 しばらくしてシルフィさんは一つの名前を口にした。


「フリーズ…ガール?」


「はい、たしかゲンタさんはこの苺の名は『トちオトめ』、トチギという所の乙女という意味と言っていましたよね?」


「あ、はい。確かに」


「それを凍らせたものですので…」


「ああ、だからフリーズ・ガールなんですね。氷の乙女みたいな感じですかね…。うん、良いと思います」


「良かった…」


 シルフィさんが可憐に微笑む、それを見て僕も思わず頬が緩むのを感じていた。


(ふうん…、フリーズ・ガールね…)


 僕は服の中に氷を突っ込まれたような感覚に襲われる。身が凍るような…、聞き慣れた無邪気な少女の声が聞こえた。


(この声…。ま、まさか…カグヤ…?)


(ふふ、あ、た、り…。ついてきちゃった…)


(な、なんでカグヤが?どうして声が聞こえるの?)


(私は今、ゲンタの背中に触れているの。そこを通じて心に直接話しかけている…)


(そ、そんな事が…)


(できるよ…。闇精霊(シャルディエ)はね、ただ辺りを暗くするだけじゃないんだよ…、闇の中にも….ゲンタの住む世界にも…そして人の精神面にもどこにだって入り込んでいける。だから今ゲンタが何を考えているかも分かるんだよ…)


(そ、そんな…)


(くすくす…。怯えないで…怖くない、怖くないよ…。今のところゲンタのそばに…、どこにでもついていけるのは私だけだから…)


 ど、どこに…でも?


「…さん。ゲンタさん」


「え、あっ!?シルフィさん」


 シルフィさんの声が聞こえた、どうやらカグヤの声に気を取られて現実の感覚が薄れていたらしい。


「どうしたんですか?急に動きが止まって…。それこそまるでフリーズ…、ゲンタさん凍りついたみたいに…」


 シルフィさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。


「す、すいません。な、なんか緊張してたみたいで…」


「ゲンタさんもですか?その…、私も恥ずかしながら…」


 いつものクールビューティーからは想像がつかないくらいシルフィさんの表情が多弁だ。そのいくつもの表情に彼女の思いが、そして魅力が溢れている。そんな彼女が僕の肩の上にその整った頬を乗せた。


 まずい!!その姿勢、もしかしたら何かの拍子に僕の背中に視線が行くかも知れない。そしたら背中に触れているカグヤの存在が…。


(大丈夫…、今はゲンタの影の中に身を潜めている…。闇精霊(シャルディエ)なら瞬時に…簡単にできるんだよ…。もちろんシルフィには見つからない…だから安心して良いんだよ…。気づかなかったでしょ、ゲンタも精霊が見えるはずのシルフィでさえも…。ついてきていたんだよ…、家からずぅっと…。影の中に潜んで…、何をするのかずっと見てた)


 ついて来ていた?ずっと見ていた?


(ねえ、シルフィと手をつないだ時…嬉しそうだったよね…?私に触れる時とどっちが嬉しい?)


 そ、それは…と頭の中で言葉を組み立てようとしたのだが上手くまとまらない。そんな時、くすくすとカグヤが笑ったような気がした。


(良いの?シルフィとデートしてるのに…今はシルフィの事だけ考えなきゃ…。それなのに頭の中では他の…、私の事を考えていて…)


 ドキリ…とする、なんだか冷たい手で直接心臓を掴まれたようだ。


 まさにフリーズ・ガール…。もしかするとカグヤは僕にとっての凍れる少女なのかも知れない。




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[良い点] 待ってました! [気になる点] カグヤのヤンデレが進行してきましたな
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