第377話 同伴デート
早朝のパン販売を終えた僕はミミさんとの待ち合わせの時間までギルド内で休ませてもらう事にした。
「ホントに良いのかい?護衛無しで…」
マニィさんが心配そうに聞いてくる。
「はい。…と言うより護衛は既に…その、精霊のみんなが守ってくれるような感じで」
「そうでしたね。ゲンタさんには…」
そう言ったシルフィさんの視線が向いた先には宙に浮きながら笑顔で両手で持ったクッキーを食べているサクヤたち四人の精霊の姿が…。異世界に戻るとカグヤは早速サクヤ達と集まって何やら打ち合わせのような事をしていた。それから彼女たちはいつものリュックの中に入っての移動ではなく、僕の周囲を浮遊している。
「は、はい」
「良かったですね、ゲンタさん。…ところで、いつゲンタさんは精霊と言葉を交わす事が出来るようになったんですか?」
「えっ!?言葉….?」
「はい。精霊との意思疎通の為には言葉を交わせねばなりません。精霊は私たちが日常使っている言葉を聞いて理解する事は出来ますが、精霊達は本来言葉を交わさずに意思疎通が出来ますから…」
そう言えば精霊は音声を発しての会話をしない。喜怒哀楽はあるけれど…。
「なので彼女たちから申し出てくれたのを分かると言う事はゲンタさんも精霊の言葉が分かるようになったのかと…」
そう言っているシルフィさんの後ろでカグヤが音も無く『くす…』と笑った。
□
屋台を出したりする広場、ここで今日は待ち合わせ。
劇場か冒険者ギルドで落ち合えば良いかと思っていたが、ミミさんによれば待ち合わせがしたいらしい。広場の中心から少し外れた所にある大木、周りには茂みもある。
そこに長いウサギ耳をした肩のあたりまでの長さの青い頭の女の子が立っていた。
「お待たせしました」
「あっ、ゲンタ…」
すると後ろの茂みからガサッ、ガサッと音がしたかと思うとたくさん現れるウサ耳。
「待ってないよ〜!!」
「ゲンタさん、時間に正確〜!」
「ねえねえ、どんなデートする?」
「アタシ、ゲンタさんの左腕ゲット〜」
「働きたくないでござる〜」
「旦那様…、私も…」
「えっ!?えっ!?」
いきなり現れた兎獣人の集団、そして女魚人族のメルさんもいる。きゃっきゃっ、わいわい、辺りはたちまち騒がしい雰囲気になる。
「ど、どうして?」
「昨日、ミミが外から帰ってきたらなんかテンション高くて〜」
「で、聞いてみたらゲンタさんとデートって言うからぁ〜」
「アタシたちも来ちゃったんだ〜」
「ね!ね!みんなでデートしようよ!」
戸惑った僕が思わずミミさんの方を見ると…。
「うかつだった…。嬉しい気持ちが抑えられず…」
抑揚のない話し方だが若干テンションが低いようだ。
「私一人でこっそりさりげなくゲンタを宿屋街に誘い込む計画が…」
「それは言わないで欲しかった」
ちなみに回りの子たちはハイテンション、ミミさんは少し落ち込み気味。
「デートならさ、町歩きしたりとか何か食べたりだけどさあ」
「でもゲンタさんのご飯とか食べちゃうと他の物じゃ…」
「あ、それなら…」
そう言って僕は背負ったリュックを開けた。中にはクッキーがたくさん入っている。
「焼菓子ならありますからそれを食べましょう」
「「「良いの〜?」」」
「はい。もっとも皆さんだけでなく精霊のみんなも食べるものですけど…」
「「「やった〜!」」」
喜ぶ皆さん。
「だけど、ここじゃのんびりしにくいから社交場に行こうよ。ヒョイおじさんに許可もらってさ〜」
「そだね〜」
「じゃあ、レッツゴー!!」
「旦那様、腕をこちらに…。ふふっ、腕をずっと組んで行きますわ」
メルさんが空いていた僕の右腕を抱えた。
「くっ、両腕とられた。なら私は正面から…」
「ミ、ミミさん!?」
なんとミミさんは正面から抱きついてきた。両腕は僕の首に回され、両足は僕の腰に巻きつく。
「このまま…、このまま…」
抱きついているミミさんが耳元で囁く。
そして僕はあれよあれよと言う間にヒョイオ・ヒョイさんが経営する社交場に…。
「ヒョイおじさ〜ん、ゲンタさん連れてきた〜」
「え?ゲンタさん?」
「あ、ホントだ〜」
昼の社交場で働く担当の子がパタパタとこちらを見にくる。
「ほっほっ。これはこれはゲンタさん」
「あっ、ヒョイさん。すいません、お邪魔しています」
「ねえねえヒョイおじさん、個室貸して〜」
「デートに使いたい〜」
女の子たちはヒョイさんにも物怖じせずにお願いしている。
僕は個室の利用料などを払いデート場所として社交場を使わせてもらう事にした。昼から閉店までの長滞在、これで昼番の子も夜番の子とも過ごす事が出来た。
そんな彼女たちが僕に求めたもの、それは…。
「ねえねえ、ゲンタさん。この間の入場券みたいな絵が欲し〜い!」
「ゲンタさんとの二人のやつ!」
スマホで撮影した画像を鉛筆画風に加工した物だった。
僕は二十人余りの兎獣人族の皆さん、そしてメルさんとのツーショット撮影をした。それは後日写真プリント用のハガキに印刷し、一人ずつ手渡しをするつもりだ。
騒がしくも楽しい時間が過ぎ社交場を後にする時、気づけばミミさんと手をつないで歩いていた。
「また行く」
「はい、待ってますよ。それと今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「ゲンタ、今度は二人で…」
「町歩きでもしましょう。でも、宿屋街とかはダメですからね」
「ん…」
こうして僕は一番手、ミミさんとのデートを完了したのだった。