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第37話 未知と出会う宴会 〜酒と先割れスプーンと商談と〜

「次は主菜(メインディッシュ)ですからね、まだお腹いっぱいになったらダメですよ、それとパンもありますからね」


 僕の声に一番に反応したのはナジナさん。


主菜(メイン)か!まったく兄ちゃんは俺を嬉しがらせる天才だぜ!っと?エールが無くなったな」


 六缶目のビール『夕日(ユウヒ)ウルトラドライ』を(から)にしたビール党達が「美味かったな」と言いながらも残念そうにしている。そこに1.8リットルペットボトルに入った焼酎のボトルを出した。


「ん、(わけ)えの。これは水か?」

 雑貨屋のお爺さんが興味深そうに聞いてくる。


「いえ、これはお酒ですよ。透明なんで水に見えますが、ちゃんと酒ですので酔えますよ。先程のビール…、いえ、エールよりかなり強い酒です」


「強いだとぉ〜!?馬鹿(ばかぁ)言っちゃいけねえよ、こんな水と変わらない色してよ…んぐっ!〜ごぶるうぉッ!?」


 手酌(てじゃく)で軽く一口分くらいをタンブラーに注ぎ、口をつけた途端に、一瞬吐いたかと思うような声を上げた。


「な、なんだこりゃ!?(つえ)え!(つえ)えぞッ!!」


「ねっ、強かったでしょ?」


「ねっ!じゃねえよっ!てやんでいっ!」


 お爺さんはちょっとだけむくれている。だから強いって言ったのに。


「だが、爺さんはこれじゃすぐに酔い潰れちまうな…。俺やグライトはまだいけるだろうがよ…」


「だから、爺さんじゃねえよッ!」


「ナジナさん、これは緑茶で割ったり出来ますよ?」


「なにッ!?緑茶(みどりのこうちゃ)でか?」


 ナジナさんが弾かれたように反応する。


「だが、この酒精(アルコール)が強いまま飲んでみてえし…」


「じゃあ、オレが試しに飲んでみるよ。ダンナ」


 名乗りを上げたのはマニィさん。


「おお、そうか!じゃあ俺はそのままで…。くあ〜!(つえ)ぇ!腹の中にキューッて染み渡っていくねえ!」


 ナジナさんは25度の焼酎をそのままぐいっといった。強い。そして、僕はマニィさんに緑茶ハイを作る。


「へえ〜、薄緑で綺麗だね。じゃあ早速…」


 女子では珍しいタイプだろうか、男っぽくゴクッゴクッと喉を鳴らしタンブラー半分くらい一気に()った。


「うわあ、飲みやすいぜ!酒と緑茶(みどりのこうちゃ)の二つ混ぜたのに互いの味も香りも邪魔してない。緑茶(みどりのこうちゃ)好きにはたまらない飲み方になるぜ!」


「おう、姉ちゃん!なんだ、その緑茶(みどりのこうちゃ)ってなあ?」


「ゲンタのダンナの新しい紅茶さ!口に含んだ苦味と渋み、それと飲んだ後にスッキリするのがたまんねえんだ!」


「ほお…、苦味か!姉ちゃんッ、一つ()いじゃくんねえか?」


 トクトクとお爺さんのタンブラーに緑茶が注がれていき…、


「こりゃあ、良いな!頭が冴え渡る気分だぜぇ!」

「おっ!分かるかい!」


 緑茶ハイを気に入った二人が意気投合している。楽しそうで何より。


「しかし、(わけ)えの。お前さんには恐れ入ったぜ!この緑茶(みどりのこうちゃ)といい、先割れスプーンといい、タダ(モン)じゃねえ。一体、何者(ナニモン)だい?」


「僕は駆け出しのパン売りですよ」


「へっ!こんな(すげ)え駆け出しがいるかよォ!まっ、でもそういう事にしておいてやるか!ところでよ、(わけ)えの…。この先割れスプーン…だったか?ウチの店に(おろ)しちゃくんねえか?」


 お爺さんの突然の提案だった。



「先割れスプーンを…、ですか?」


「ああ、こいつは(すぐ)(モン)だ。丈夫な金属で、これ一つでスプーンにもフォークにもなる」


 酔っ払いお爺さんの上機嫌の緩んだ顔から、赤ら顔だけれどキリッとした商売人の顔になって話し始める。


「売りに出すと言うなら、オレにも売って欲しいな」


「ウォズマさん!?」


「俺もだ、兄ちゃん」


 ウォズマさんに続き、ナジナさんも名乗りを上げる。


「一つで二つの事が出来る物ってな、俺達冒険者にとっちゃ何よりありがてえモンなんだ」


「オレ達は少しでも身軽である事を重視する。それがたとえほんのわずかでも。軽い、小さいみたいにね。そして、丈夫であればさらに良い。大抵の者は、木製の食器を使っている。その意味ではこの先割れスプーン、まさに理想と言えるだろう」


「それよ!それ!俺ン(トコ)は冒険者が買ってく店だ。こりゃあ冒険者に流行(はや)る!だから、扱わせて欲しいってな」


 なるほどなあ…。そんなニーズが…。それに、パン以外にも取り扱う品物が有っても良いかも知れない。

 …と、なると…。


「分かりました。いつでも納品出来るとは限らないけど、それで良ければ…。それと、ナジナさん、ウォズマさん」


「ん、なんだい?ゲンタ君」


「そのスプーンはお二人に差し上げます」


「何っ!良いのか?」


「はい。そのかわり、なるべく人目のある時はそれを使ってもらって良いですか?」


「なるほど…。オレ達が使う事で人目に付き、その便利さを他の冒険者が見れば…」


「欲しがる冒険者(やつ)が出て来るって訳か…」


「はい!その通りです。そして、そのスプーンをどこで買ったんだって話になれば…」


「俺ン(トコ)で買ったと聞いた冒険者が来る…って訳だな」


僕はコクリと首肯(うなず)いた。


「ぷっ…、くくく…。こら面白(おもしれ)え!(わけ)えの、なかなかどうしてやり手の商人(あきんど)じゃねえか!何より俺達全員に(メリット)がありやがる!俺は乗るぜ、この話!儲かるニオイがプンプンしやがる!」


「俺達も異論は無いぜ」


「では、商談成立ですね」


 僕達は改めてグラスをカチンと合わせた。こうして僕はパン以外の商品を売る初めての機会を得たのだった。



「さあ、主菜(メインディッシュ)ですよー!」


 湯煎(ゆせん)にかけ、熱々になったハンバーグを大きな皿に盛る。ポテトや人参などの付け合わせが無いのが残念だが、無いものはしょうがない。商品名の『お肉屋さんのこだわり』、ここに期待して主菜(メインディッシュ)として出させてもらう。


 またまた盛り付けが終わった皿を順に皆さんに回していってもらう。今回はマオンさんにも皿に盛るのを手伝ってもらう。冷めないようにスピード重視。さすがにパンを焼いていたマオンさんは手先が器用で、初めて見るであろうハンバーグのレトルトパウチを見様見真似(みようみまね)で開け手際良く皿に盛っていく。それをミアリスさんが中継し、みんなに渡していく。


「さあ、本日の主菜(メイン)、ハンバーグです」


 周りから「わあっ」と声があがる。


「うほっ!こ、こりゃあ、肉料理か!?兄ちゃん?」


「はい。肉を細かく刻み、玉葱や香辛料(スパイス)を加えて練り形を整えて焼いた物です」


「香辛料と言うと…、やはり黒胡椒かい?」


 香辛料に興味を持ったのかウォズマさんも聞いてきた。


「胡椒もありますが、肉豆蒄(ナツメグ)が一番入ってますかね」


「『なつ…め…ぐ』?それも香辛料(スパイス)なのか、まったく兄ちゃんは良く知ってるというか、思いもよらないというか…」


「あっ!そうだ。ハンバーグを切るのにはこのナイフをどうぞ」


そう言って食器(カトラリー)のナイフを皆さんに回す。


「まったく、至れり尽くせりだぜ。ニクい男じゃねえか!」


「ありがとうございます。さあさあ、お熱いうちにどうぞ!」



「肉の旨みが(すげ)え」「いや真に凄いのは肉の甘みだ!」「このソース、王都有数の王侯貴族御用達の店ですら

出せるかどうか…」「肉ばかりでは有りません、この玉葱(オニオン)こそ肉特有の(あぶら)のしつこさを和らげ食べやすくしている影の主役」「違うぜ、青二才(ヒヨッこ)共が!嗅いだ事の無いこの『なつめぐ』とか言う香辛料(スパイス)が獣肉独特の臭みを抑え、さらに甘みを…」「ナイフがすっと入る柔らかさ、同じ肉でも串焼きみたいな粗野な感じがしないですぅ」「あったかくておいしいね」「そうね、あっ、口元にソースがついてるわ」「お魚も良いけど、お肉も大好きです」「こんな美味しい物があるなんて、長生きするもんだねえ…」


 ハンバーグを食べた皆さんの感想が耳に入ってくる。


 湯煎をしていた鍋を外し(かまど)に魚焼き網を置き、そこで次々に食パンを焼きながら、急遽(きゅうきょ)始まったハンバーグ談義に耳を傾けているが高評価のようだ。



 炭火の遠赤外線効果なのか、あるいはドワーフ秘伝の石組み竈による熱の伝導効率が良いのか、すぐにパンの熱した小麦独特の香ばしい香りが立ち上る。ひっくり返してみると綺麗な焼き色がついている。


「パンをもう一度焼いているのかい?」

 マオンさんが驚いたように聞いてくる。


「はい、こうする事でサクッとしますし、香りも楽しめます」


歯触(ばさわ)りに香りかい…、ゲンタは凄いねえ…。そんな事を思いつくなんて…。柔らかいから出来る事だよねえ…」


 どんどん食パンを焼いて大きめの平皿に乗せて宴席の中央へ。


「ま、待て!…こいつぁ…」

「素晴らしい小麦の香りです」


 ナジナさんとシルフィさんの声に今の今まで侃々諤々(かんかんがくがく)、ハンバーグへの熱い議論を交わしていた全員が動きを止めた。

 その視線が一点、パンに注がれる。


「四角い…、パンですね…」

 ミアリスさんが(つぶや)く。

「だが…、ジャムとか何も無さそうだぜ…」

 マニィさんも思わず…と言った感じで口にする。


ざわ…、ざわざわ…。

…具の無いパン。これは…、何だ?

 まさかゲンタは具を入れ忘れたのか…?そんな印象を持ったのか、昨日まで具の無いパンが当たり前の日常だった彼らがそんな事を口にする。

 それほどまでにジャムパンをはじめとする具の入ったパンは彼らに鮮烈な印象を与えていたのだ。昨日までの常識を易々(やすやす)と破壊する程に。


 だが、そんな彼らの不安や戸惑いを一刀両断する一つの声。


「兄ちゃんはそんな失態(ヘマ)なんかしねえよ」


 ナジナさんだった。


「こいつぁ…、俺達への挑戦だ」


「な、なんだって!!」


 全員が気持ち良いくらいにユニゾンする。


「具の無いパン。確かにこりゃあ意外だった。しかし、兄ちゃんはこう言ってるんだ。ジャムや『ういんなあ』が無くても…、俺のパンは絶品だと」


 い、いえ、そこまでは言わないですよ!


「そ、そうか!これはオレ達への…」


「挑戦状!?」   


 ニヤリ。ナジナさんが不敵に笑い、焼いた食パンを手に取る。


「だからよォ、俺がこうして先陣を切るぜぇッ!」


 ナジナさんが勢い良くトーストに(かじ)りついた!

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